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前編

32.針鼠が革命を起こす理由(1)

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 その日から、エラは少しずつ変わっていった。

 最初はお嬢様で何もできなかったのが、料理や皿洗い、洗濯、武器の整備など、色々な事を手伝うようになった。目が見えなくて不都合な事はあるが、弱音を吐いたり泣いたりしなくなった。昇り藤はエラの目が見えなくても根気良く色々な事を教えてくれたし、チビは一緒に家事を手伝ってくれた。黒目は相変わらず無愛想でここ最近は忙しいのかあまり白い教会に顔を出さなかったが、会った時はエラに魔法を教えてくれた。
 そうやって過ごす内に数日の時が過ぎ去った。その間、奇跡的にエラの呪いは進行する事がなかった。今の体に慣れるだけでも相当苦労しているのに、これで更に何かを奪われたら今度こそエラは立ち直れないだろう。この数日間はずっと緊張しっぱなしでろくに夜も眠れていなかった。
 白い教会では人の出入りが激しく、特にここ最近は皆慌ただしく動いていた。おそらくもうすぐ、彼らの『作戦』が決行されるのだろう。だが、エラは結局、彼らの『作戦』がどういうものなのか、どうやって革命を起こそうとしているのか知る事ができなかった。
 暮らしている内に、白い教会に住み着いているメンバーは針鼠以外とは大分打ち解けるようになった。

_犯罪者ギルド『白い教会』
 エラは最初もっと危険で恐ろしい集団なのかと思っていた。だが、彼らも冗談を言い合ったり、笑ったりと、普通の人と同じだった。

 しかし、針鼠は違った。彼はまるで血が通っていないようだった。エラが目が見えずに失敗する度に冷たい言葉を吐いた。『豚耳族』という単語が気に入ったのか繰り返しその言葉でエラを罵るようになった。また、ホール家の事、エラの顔の事なども馬鹿にしてきて本当に腹がたった。彼の取り巻きもあの虎顔の獣人など人相の悪い奴らばかりで針鼠がエラを罵る度に一緒になって笑った。エラはそれでも我慢し続けた。針鼠は『白い教会』のリーダーだ。彼の機嫌を損ねたら最後だ。

「あなたは何のために革命を起こそうとしてるの?」

 ある日エラは針鼠に聞いた。
 この日エラが誤って皿を一枚割ってしまった事を朝から晩まで針鼠に会う度になじられていた。こういう日に限って針鼠御一行に頻繁に出くわし、エラはヘトヘトになっていた。やっと解放されたと思ったら、今度は夕食後料理を片付けている時に、隣でねちねちと何かとケチつけてきた。エラはたまらなくなって話題を変えようとしたのだ。

「急に何の話だよ。」

「あなたが自分のためだけに生きると言うのなら、何のために『白い教会』を先導しているのか気になっただけよ。やっぱり、なんだかんだ言っても、貧しい平民達のために闘ってるのかなって…」

「_むかつくからだよ。」

 針鼠は八重歯を剥き出して笑った。

「…………え?」

 一瞬、時が止まったように感じた。元王子として『白い教会』のリーダーをやっているくらいなのだから、さぞかし大きな野望を胸に抱いているのだろうと思っていた。針鼠のあまりにも拍子抜けな解答にエラは唖然とした。

「お前も見ただろ? あのヒス女。あんなのが良い服着て、良い飯食って、良い男に抱かれてるんだぜ。王子であるこの俺を差し置いてだ。鼻につくったらありゃしない。あの女とは因縁があるんだ。まあ、平たく言えば復讐が目的だよ。」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 皆、家族や友人のために闘っているのよ?彼らを束ねているあなたがそんな理由で闘ってるなんてあまりにも……不誠実だわ……!」

「理由なんて人それぞれだろ。結局目的は一致しているんだ。」

「じゃ、じゃあ、聞くけど、『白い教会』の目的とは違って、あなたの場合、女王様を……こ、殺せばいいのよね?なら、わざわざ王様にならなくてもいいんじゃないの?あなた達これからロウサ城に忍び込んで『ある物』を盗むって言ってたけど、そんな小細工せずにあなたは女王様の寝込みを襲いに行けばいいんじゃないの?」

「いや、俺の目的は王になる事も入ってる。」

「な、なんでよ。女王様が気に入らないだけなら王様になる必要はないはずよ。」

「_だって、その方が笑えるだろ?」

「……っ」

「俺が王になればあのヒス女は周りから追い詰められて絶望の中で死んでいくんだ。そんなの……想像したら笑えるったら……ひ、ヒヒ……ぃ」

 針鼠は頭を抑えてまたあの奇妙な笑い方をした。エラは針鼠が心底気持ち悪かった。

「……復讐は何も生まないわ。」

「ひひ……ヒ……ひひ」

「……あなた、初めて会った時言ってたわよね、『白い教会』は正義のギルドだって。でも、今のあなたを見て、とてもじゃないけどそういう風には見えないわ。」

「ああ、あれなぁ。正義っていや、だろ?」

 エラは言葉を失った。

「……あ、あなたは『白い教会』を正義と信じている人達まで馬鹿にしているの……?黒目だって……。黒目……そうよ……、針鼠は前に黒目達が勝手にフリン牢獄を襲撃した時、命懸けで助けに来てくれたってきいたわ。それが正義心でないならなんだというの?」

「だから、俺はあいつらが勝手に襲撃しようが勝手に自滅しようがどうでもいいんだって。黒目を助けたのはあいつが『白い教会』の唯一の魔法使いだったからだ。魔法使いが欠けると色々と面倒なんだよ。」

 エラは唖然とした。あまりにも針鼠とは価値観がずれていた。

「……やっぱりあなたは自分勝手すぎるわ。『女王様が気に食わないから」_そんな理由で多くの人を傷つけるなんて……。他人を一体なんだと思ってるの?」

「人は自分のためだけに生きて然るべきだ。このご時世自分勝手に生きてないと、ろくな目にあわないぜ。散々他人のために生きてきたお前が良い例だ。」

 針鼠はケラケラと笑った。

「人間、人のためだとか正義のためだとか言ってんのは、結局エゴに帰結する。弱い人間程自分と向き合えないから美辞麗句を並び立てて自分を正当化しようとするんだ。弱い人間は自分と向き合わない。何も学ぼうとしない。だから弱い人間は馬鹿だ。馬鹿な人間はよく吠えるし、よく泣き喚く。」

 エラはこれ以上気分が悪くなる前に、食器を片付けて食堂から出ようと思った。しかし、片付け終わった頃には針鼠は姿を消していた。
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