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後編

56.夜にふと自分の呪いが怖くなったエラ。針鼠の寝室に行くと......

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 その日の昼、エラは初めて小動物を狩った。
 犬みたいな猫のような見た目の小さな動物だ。あのうろの主は『いぬねこ』と名付けていた。沼に1匹でいた所を火の魔法で仕留めた。エラは初めて生き物を殺す感覚に吐きそうになったが堪えた。だが、その後の解剖で今度こそエラはもどした。解剖は『魔法使いのうろ』で行った。針鼠に皮剥ぎや血抜き、内蔵の取り出しなどを教えてもらうために何度も寝室とキッチンを行き来した。針鼠は「なんでそんな事もしらねえんだよ。」とイライラしていたが、割と懇切丁寧に教えてくれた。そんなこんなで、獣の狩りよりも調理にかなり時間がかかり、料理の完成(というより、人が食べられる形になったの)は夜がふけた頃だった。

 料理を食べ終わり、エラは寝る体勢に入る。『魔法使いのうろ』にある唯一のベッドは針鼠が使っているので、エラはリビングのソファで薄い毛布にくるまって寝ることにしていた。夜は少し肌寒いが、暖炉が魔法なのかずっとついているため、暖かく眠れた。

(なんだか1日があっという間ね……。生きるだけで精一杯って感じ……。)

 ただでさえ、危険な『迷いの森』にいて、王都に戻れば逆賊として追われてしまう。針鼠が回復するまではここにいるより他ない。だが、寿命が残りわずかであるエラは焦らずにはいられなかった。針鼠が回復したとして、『迷いの森』から脱出できるかも怪しかった。エラはまたあの白い蝶に、王都へ導いてもらえると思っていた。だが、本当に導いてくれるだろうか?もしかして、このままここに閉じ込められて呪いが進行し、死んでしまうんじゃないか?

(そういえば、目が見えなくなってから、呪いが少しも進行してないわね……?)

 ふと、エラは疑問に思った。『顔』を奪われてから『視力』を奪われるまではわずか2、3日くらいだった気がする。ところが『視力』を奪われてから今日に至るまで、もう既に二週間は経過していた。

__ひょっとして、自分では気づいていないだけで、もう既に体内で何か奪われているんじゃないか?

 エラは背筋が凍った。一旦その考えが沸き起こると、どうしても頭から離れない。そういえばなんだか体重が前より軽い気がしなくもないし、息が苦しい気もしてきた。エラはいてもたってもいられなくなって、ソファから飛び起きる。
 エラはたまらなくなって針鼠の寝室に来てしまった。

「な、なんだよ急に。」

 慌ててきたのでカゴを被っていなかったが、暗いしいいや、と諦めた。針鼠は相変わらずベッドで横たわっていたが、寝てはいなかったようだった。

「おねえちゃん、怖くて一人じゃ眠れないの?」

 針鼠はニヤニヤして言った。

「ち、違うわよ。ちょっと眠くなくて来ただけ。」

 エラが中に入ってきても針鼠は特段嫌がるそぶりは見せなかった。ベッドの側に置いてあった椅子にこしかけた。

「なんかお話してよ。そうしたら眠くなるかも。」

「はあ? やだよ。」

 針鼠は心底面倒臭そうな顔をした。

「私、あなたの命の恩人なんだけど。」

 針鼠はそっぽを向いて、エラをまた無視する。

「じゃあ、私の話を聞いて。聞き流してて良いから。」

「……。」

 エラはベッドに両腕をのせてその上に頭を置き、ベッド横にある暖炉を眺めた。不思議な力によって延々と燃え続ける暖炉の火は穏やかにエラの頬を暖めた。

「私、前に言ったわよね。私達は皆人のために生きるべきだって。そしたらあなたは、人はそれぞれ自分のために生きるべきだって言った。」

「……。」

「あの時は私、あなたが自己中心的だと言って非難したわ。でも、今は、少しだけ、…………一理あるなって思った。認めるの……すごい嫌だけど、確かに周りに振り回されて頑張って生きてきたのが、今の私の姿。滑稽よね…。」

「……。」

「私がこういう風に生きてきたのには理由があるの。あのね、…私の家、ホール家は本当は結構すごい大貴族だったのよ。昔はお父様がホール家の当主だったの。お父様は自分にも周りにもとても厳しい方だったわ。幼い頃から私に貴族としての厳しい教育を施してきた。あれもだめこれもだめって怒鳴られてばかりで酷い時は殴られたりもしたの。お母様は…もう正直ほとんど覚えていないわ…。とても大人しい方で会話の記憶がないのよ。それで、幼少期の私は毎日が父との向き合いの連続だったわ。お父様はいつもおっしゃっていた。『ホール家に相応しい振る舞いをしなさい。』って。そんなお父様がお酒や若い女に溺れて金を浪費し、ホール家が降格するはめになった。おかしな話よね?お父様は貴族として振る舞うことに人一倍厳しい方だったのよ?」

「……お前の愚痴なんか聞きたくねえぞ。」

「…………違う。愚痴が言いたいんじゃないの。…なんて、言えばいいのかな。その……」

「……。」

「……お父様は寂しかったんじゃないかって今は思うの。自分も周りも厳しく否定しすぎて、周りからはどんどん人が離れて行った。人との向き合い方がうまく行かなくて、どうやったらうまくいくのかも思いつかなくて、ずっと苦しんでいた。だから何かに逃げたくなってしまったんじゃないかって。…大人になった今はそう思うわ。…なんだか変な感じ。赤の他人だったら嫌な人ねって思ってそれで一生関わらなければ済む話なのに。それが親だから…人との関係が上手くいかなくて……死ぬ程苦しんでいる姿を知っているから…。でも、結局自分が変わろうとは思えなくて、周りに求めてばかりの人だった。お父様はとても…憐れな方だった。…。」

「……なんで、急にその話したんだよ。」

「なんでって……」

 エラは少し考えた。なんとなく針鼠を見ていたら言いたくなった。針鼠が母親の話をしたから、自分も身の上話を言っておこうと思ったのだろうか?いいや、違う。

_死ぬまでに、ちゃんと自分の事を沢山人に話しておきたいと思ったからだよ。

 エラはふと、昇り藤の言葉を思い出した。
 ああ、そうか、とエラは納得した。エラは死ぬ前に誰かに自分の事をちゃんと知って欲しいと思ったのだ。恨みでも悲しみでも怒りでもない。ひたすら、穏やかに素直に、自分の過去を誰かに伝えたかった。

「多分、昇り藤にとっての私と、私にとっての針鼠は同じなのよ。……ええと、つまり、私、あなたの事をだと思っているの。」

「はあ!?」

 針鼠は思わず叫んだ。エラの言葉は彼にとって思いも寄らない物だったのだ。

「お前、なんか勘違いしてねえか?俺たちは利害が一致してるから一時的に協力しあってるだけだ。友人だのなんだの、勝手に深い関係にすんな!そもそも、人間、友人とか恋人、家族なんて言葉を使って美辞麗句を並び立てているが所詮自分が一番なんだよ。人同士の絆なんてものは存在しない。」

「……母親の仇をとろうとしているあなたに言われても説得力がないのだけど……。」

「違う! 俺は……女王に人生を滅茶苦茶にされたからその復讐をしたいだけだ!」

 エラの言葉を必死で否定する針鼠が、なんだかエラには意外だった。

「……あなたの言う通り、結局皆自分が一番なのかもしれない。でも、人同士の絆は必ずあるわ。現に私は叔父様や叔母様、チビ達を想う時、胸がキュっとするの。あなたの事も……胸がキュっとするのよ。」

「……。」

「……あなたは、誰かを大切に想う勇気がないのね。……それは、あなたの弱さに他ならないわ。」

 エラはその言葉を最後に静かになった。針鼠と話し、過去に浸っている間に睡魔に襲われたのだ。エラはベッドに突っ伏したまま眠りについた。

「ここで寝るなよ……。」

 針鼠は眠りについたエラを見て、一人物思いにふけった。
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