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後編
65.朝の弱い針鼠を起こしにいくと……(2)
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(いよいよね……。)
エラは一人緊張しながら孤児院の廊下を歩いていた。夕食を済ませ、近くの川で水浴びをしてきた所だ。
針鼠達の作戦通りならば、明日劇場車に乗ってロウサ城に忍び込む。今日が骨を休められる最後の晩となるだろう。
「……?」
エラが孤児院に戻るとリビングの方が妙に騒がしい。エラは扉を開く。
「あ!やべっ……帰ってきちゃった。」
顔が赤くなった白銀がエラを見て笑いながら叫んだ。
___見ると、エラ以外の全員で酒盛りをしていた。
「……えええ……。」
エラは愕然とした。
「悪いなぁ、イシ。酒の量そんななくてさぁ、イシがいない間に飲んじゃおうって話になったんだ!」
白銀が悪びれる事なく、ガハハハと高笑いする。
「いや、私は別に飲まないけど……あなた達明日最終作戦なのよ?そんなの飲んじゃったら作戦に支障が出るわ。」
「なぁに、景気づけに飲んでるだけよ!そんなに沢山飲んでる訳じゃねえ!」
「……顔真っ赤じゃない。……っあ!!」
エラは急いで針鼠の腕を掴む。針鼠は今まさに酒に口をつけようとしていた。
「なんだよ。」
「あなた16歳でしょ!?」
「だから?」
「……『だから』?!_この国の法律ではお酒を飲んでいいのは20歳からなのよ!」
「女王に復讐しようって奴が今更法律とか気にすんなよ。それに、法なんてものは破るためにあるんだぜ?」
「少し前まで王様になろうとしていた奴のセリフだとは思えないわね……。」
「おねえちゃん、酒が飲みたいんなら俺のを分けようか?」
「いや別に飲みたいなんて一言も言ってない……ってああああ!!!」
エラは猛ダッシュで翡翠の腕を掴んだ。翡翠もまたジョッキを持っていた。
「だめ!! それだけはだめえ!!!」
「……あ。」
エラは翡翠からジョッキを取り上げる。翡翠は12歳だ。
「……おねえちゃんお願い。……返して。」
(お、おねえちゃん……。)
翡翠がうるうると緑色の瞳を潤ませてエラをじっと見つめる。エラは、うっと怯む。針鼠の『おねえちゃん』は明らかにエラを馬鹿にした呼び方だが、翡翠の『おねえちゃん』はエラの中でくるものがあった。
「おい、翡翠真似すんなよ。」
「真似……? イシは年上の女だからそう呼んだだけだ。」
何が気に食わなかったのか針鼠は不機嫌そうに翡翠を睨んだ。
「……ダメよ。返さない。針鼠がたとえ病気になろうと、急性中毒になろうと、依存症になろうと、もうそれはしょうがないことだけど_」
「おい。」
「_翡翠は絶対だめ……!」
エラは被っているカゴを少し上にずらしグビっと飲んだ。
「おおー!!」「一気にいったなあ。」と白銀と弟ドラが勝手に盛り上がる。
初めて飲む酒の味は、正直うまさがわからない。ひたすらに苦い感じがして、薬を飲んでいる気分だった。エラは一気に飲み干すと、途端に気持ち悪さが身体中を駆け巡る。
「うぇっ……ッ……ちょっと……行ってくる。」
どこに、とは特に言わなかったが、急いで部屋を出ていくエラを男達は気にしない。酒がなくなり落ち込む翡翠を白銀が笑いながら慰めた。だが、自分の分は渡す気がないらしく、結局翡翠は飲まずじまいだった。
「しっかし、呪われさえしていなけりゃ、イシはぜってえいい女だよ。ガハハハ!」
「突然なんの話ですか?」
白銀の突然の話題に神父は困惑した。
「恋バナだよ、恋バナ!」
「私達いいおっさんじゃないですか。」
「いいじゃねえか! 最後の晩酌にはうってつけだろ。なあ、翡翠もイシはいい女だと思うよな?」
「おっぱいでかい。……いい女だと思う。」
「流石俺の息子だ!」
「……。」
白銀は翡翠の頭を乱暴になでまくる。神父は微妙な顔で酒を一口飲む。
「呪いが解けりゃ、元の姿に戻るかもしれねえんだろ?大体こういう時ってべっぴんさんが出てくるもんだ。」
「呪いにかかった時、一番最初に奪われたのは顔だって聞きました。という事は相当の美人だったという事ですよね。」
「逆にいうと、それ以外取り柄なかったって事だろ。」
盛り上がる白銀達に針鼠は水をさす。
針鼠はさっきから何故か不機嫌そうだ。
と、いう事を察しているのは白銀以外だ。
「ガハハ! なあに言ってんだ。美人でおっぱいがでかくて魔法が使えて教養があって、笑わねえが気立てはいい。これだけそろってりゃいい女だろ。なあ、蜘蛛、確かお前とイシ、年齢が近いよなあ。呪いが解けたら貰ってやったらどうだ?」
ぐびぐびと酒を飲んでいた蜘蛛が、突然話をふられて少しこぼしてしまう。蜘蛛が酒を飲み込んで何か話そうとする前に、針鼠が口を挟んだ。
「あのなあ、イシは俺の女だから他の男にくれてやるつもりはねーよ。」
「ガハハハハハハハ!! ………………………………………………え?」
白銀の目が点になる。
一瞬、場の空気が静まり返った。
針鼠の頭の中では、
『あなたは私にとって一番大切(byエラ)』→『じゃあイシは俺のだな』
という思考回路なのだが、そんな事情は知らない他の男達は表情を凍りつかせる。
「あら、なんだか盛り下がってるみたいね。どうしたの?」
ガチャリと扉を開けて、エラが中に入ってくる。
「い、いや、えーと。恋バナしてたんだ。イシは好きな人とか……いるか?」
慌てふためいた白銀がさっきまでの会話の流れでとんでもない質問をする。全員が固唾をのんで見守る。
「___。別に、私が誰かを好きになったって……。というか、そもそも私が女だろうが男だろうが誰にとってもどうでもいい事でしょ。」
エラは震える声で静かに言った。全員息をのんだ。この話題は今のエラにとって禁句だったようだ。
「ごめんね。私先に寝るわ……。」
エラは居てもたってもいられず部屋を出て行った。
「……呪いで顔が醜くなった事も髪がなくなった事も相当響いてるみたいだな。」
蜘蛛が言うと、さっきまでぼーっとしていた弟ドラがやっと思考が回り出したのか、口を開いた。
「おい、針鼠。」
「……んだよ。」
「女が傷ついてるんだ。お前が慰めてやるんだよ。」
弟ドラは右手の人差し指と親指で輪っかを作り、左手の人差し指を輪っかにさした。
「するかよ。ボケナスが。」
針鼠は立ち上がってさっさと出て行ってしまった。
「……なんだよ。『俺の女』とか言っといて、結局ヤる勇気もねえのかよ。」
針鼠のいなくなった部屋でぼやく弟ドラに神父は言った。
「……大切すぎてどうすればいいかわからないんですよ。針鼠は強いし頭がキレるし頼りになるリーダーだけど、あれでもまだ16歳。子供と大人の境を延々と彷徨い続けているただのガキなんですよ。」
エラは一人緊張しながら孤児院の廊下を歩いていた。夕食を済ませ、近くの川で水浴びをしてきた所だ。
針鼠達の作戦通りならば、明日劇場車に乗ってロウサ城に忍び込む。今日が骨を休められる最後の晩となるだろう。
「……?」
エラが孤児院に戻るとリビングの方が妙に騒がしい。エラは扉を開く。
「あ!やべっ……帰ってきちゃった。」
顔が赤くなった白銀がエラを見て笑いながら叫んだ。
___見ると、エラ以外の全員で酒盛りをしていた。
「……えええ……。」
エラは愕然とした。
「悪いなぁ、イシ。酒の量そんななくてさぁ、イシがいない間に飲んじゃおうって話になったんだ!」
白銀が悪びれる事なく、ガハハハと高笑いする。
「いや、私は別に飲まないけど……あなた達明日最終作戦なのよ?そんなの飲んじゃったら作戦に支障が出るわ。」
「なぁに、景気づけに飲んでるだけよ!そんなに沢山飲んでる訳じゃねえ!」
「……顔真っ赤じゃない。……っあ!!」
エラは急いで針鼠の腕を掴む。針鼠は今まさに酒に口をつけようとしていた。
「なんだよ。」
「あなた16歳でしょ!?」
「だから?」
「……『だから』?!_この国の法律ではお酒を飲んでいいのは20歳からなのよ!」
「女王に復讐しようって奴が今更法律とか気にすんなよ。それに、法なんてものは破るためにあるんだぜ?」
「少し前まで王様になろうとしていた奴のセリフだとは思えないわね……。」
「おねえちゃん、酒が飲みたいんなら俺のを分けようか?」
「いや別に飲みたいなんて一言も言ってない……ってああああ!!!」
エラは猛ダッシュで翡翠の腕を掴んだ。翡翠もまたジョッキを持っていた。
「だめ!! それだけはだめえ!!!」
「……あ。」
エラは翡翠からジョッキを取り上げる。翡翠は12歳だ。
「……おねえちゃんお願い。……返して。」
(お、おねえちゃん……。)
翡翠がうるうると緑色の瞳を潤ませてエラをじっと見つめる。エラは、うっと怯む。針鼠の『おねえちゃん』は明らかにエラを馬鹿にした呼び方だが、翡翠の『おねえちゃん』はエラの中でくるものがあった。
「おい、翡翠真似すんなよ。」
「真似……? イシは年上の女だからそう呼んだだけだ。」
何が気に食わなかったのか針鼠は不機嫌そうに翡翠を睨んだ。
「……ダメよ。返さない。針鼠がたとえ病気になろうと、急性中毒になろうと、依存症になろうと、もうそれはしょうがないことだけど_」
「おい。」
「_翡翠は絶対だめ……!」
エラは被っているカゴを少し上にずらしグビっと飲んだ。
「おおー!!」「一気にいったなあ。」と白銀と弟ドラが勝手に盛り上がる。
初めて飲む酒の味は、正直うまさがわからない。ひたすらに苦い感じがして、薬を飲んでいる気分だった。エラは一気に飲み干すと、途端に気持ち悪さが身体中を駆け巡る。
「うぇっ……ッ……ちょっと……行ってくる。」
どこに、とは特に言わなかったが、急いで部屋を出ていくエラを男達は気にしない。酒がなくなり落ち込む翡翠を白銀が笑いながら慰めた。だが、自分の分は渡す気がないらしく、結局翡翠は飲まずじまいだった。
「しっかし、呪われさえしていなけりゃ、イシはぜってえいい女だよ。ガハハハ!」
「突然なんの話ですか?」
白銀の突然の話題に神父は困惑した。
「恋バナだよ、恋バナ!」
「私達いいおっさんじゃないですか。」
「いいじゃねえか! 最後の晩酌にはうってつけだろ。なあ、翡翠もイシはいい女だと思うよな?」
「おっぱいでかい。……いい女だと思う。」
「流石俺の息子だ!」
「……。」
白銀は翡翠の頭を乱暴になでまくる。神父は微妙な顔で酒を一口飲む。
「呪いが解けりゃ、元の姿に戻るかもしれねえんだろ?大体こういう時ってべっぴんさんが出てくるもんだ。」
「呪いにかかった時、一番最初に奪われたのは顔だって聞きました。という事は相当の美人だったという事ですよね。」
「逆にいうと、それ以外取り柄なかったって事だろ。」
盛り上がる白銀達に針鼠は水をさす。
針鼠はさっきから何故か不機嫌そうだ。
と、いう事を察しているのは白銀以外だ。
「ガハハ! なあに言ってんだ。美人でおっぱいがでかくて魔法が使えて教養があって、笑わねえが気立てはいい。これだけそろってりゃいい女だろ。なあ、蜘蛛、確かお前とイシ、年齢が近いよなあ。呪いが解けたら貰ってやったらどうだ?」
ぐびぐびと酒を飲んでいた蜘蛛が、突然話をふられて少しこぼしてしまう。蜘蛛が酒を飲み込んで何か話そうとする前に、針鼠が口を挟んだ。
「あのなあ、イシは俺の女だから他の男にくれてやるつもりはねーよ。」
「ガハハハハハハハ!! ………………………………………………え?」
白銀の目が点になる。
一瞬、場の空気が静まり返った。
針鼠の頭の中では、
『あなたは私にとって一番大切(byエラ)』→『じゃあイシは俺のだな』
という思考回路なのだが、そんな事情は知らない他の男達は表情を凍りつかせる。
「あら、なんだか盛り下がってるみたいね。どうしたの?」
ガチャリと扉を開けて、エラが中に入ってくる。
「い、いや、えーと。恋バナしてたんだ。イシは好きな人とか……いるか?」
慌てふためいた白銀がさっきまでの会話の流れでとんでもない質問をする。全員が固唾をのんで見守る。
「___。別に、私が誰かを好きになったって……。というか、そもそも私が女だろうが男だろうが誰にとってもどうでもいい事でしょ。」
エラは震える声で静かに言った。全員息をのんだ。この話題は今のエラにとって禁句だったようだ。
「ごめんね。私先に寝るわ……。」
エラは居てもたってもいられず部屋を出て行った。
「……呪いで顔が醜くなった事も髪がなくなった事も相当響いてるみたいだな。」
蜘蛛が言うと、さっきまでぼーっとしていた弟ドラがやっと思考が回り出したのか、口を開いた。
「おい、針鼠。」
「……んだよ。」
「女が傷ついてるんだ。お前が慰めてやるんだよ。」
弟ドラは右手の人差し指と親指で輪っかを作り、左手の人差し指を輪っかにさした。
「するかよ。ボケナスが。」
針鼠は立ち上がってさっさと出て行ってしまった。
「……なんだよ。『俺の女』とか言っといて、結局ヤる勇気もねえのかよ。」
針鼠のいなくなった部屋でぼやく弟ドラに神父は言った。
「……大切すぎてどうすればいいかわからないんですよ。針鼠は強いし頭がキレるし頼りになるリーダーだけど、あれでもまだ16歳。子供と大人の境を延々と彷徨い続けているただのガキなんですよ。」
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