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後編
74.最後の夜(2)
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その後、エラ達が素早くステージを退出し、本物の王子様役と歌姫役が舞台にあがる。完全なアドリブだったが、彼らは流石にプロで、うまく話がまとまった。最後に熱いキスを交わすと、オーケストラの壮大なファンファーレと観客の歓声に包まれて幕を閉じた。
誰もが知っている悲しい物語が感動のハッピーエンドに終わった。観客は大いに盛り上がった。
_1時間後、エラは『歩く月』に破壊された壁の前に立ち、魔術書を読んでいた。周囲では劇の片付けが行われている。そんな中エラは物の修理に関する魔法がないか調べていた。
エラは今はカゴを被っている。もう今のエラならばカゴの中身を見られて色々言われても気にしない。だが、カゴを被ると安心するのは確かだった。
あれから、蛇女の『歩く月』の手下達は全員生かしたまま拘束することができた。死んだのは蛇女だけだ。捕らえた人たちは弟ドラ達の伝手でどこかに監禁するらしい。少し心配だが、エラ達が女王の元へ辿り着くまでの短い間だ。
エラは魔術書を読みながら小さくため息をついた。
本当は、心の底から安堵している。人を自分の手で殺さずに澄んだからだ。実はエラは敵が死なないように加減をしていた。氷や吹雪をぶつけたり、火の魔法をわざと誰もいない所で爆発させて相手をひるませたりしていた。
戦いは怖い。城や崖の上の処刑場で魔獣に襲われた時は自分が死ぬのではないかという恐怖にかられていた。魔力が強くなった今は、今度は自分が誰かの命を奪ってしまうのではないかという恐怖にかられている。
(復讐してやるってあれだけ息巻いておきながら、私ってほんとダメね……。私の中途半端な覚悟が仲間を危険な目に合わせてしまうかもしれないのに……。)
『魔法使いのうろ』での、復讐への誓い。今になってその重さがわかった。エラよりも四つも年下の針鼠は長い間この重さを一人で背負ってきたのだ。
「イシ……。」
聞き慣れた青年の声が後ろから聞こえてくる。エラは振り返らずに本を読み進める。
「……一時はどうなるかと思ったけれど、なんとかなって本当に良かったわ。あなたも、無事で本当に良かった。」
エラが声を発すると途端に、針鼠から深い悲しみの感情が流れてくる。決して表情には出さないが、また耳がペタンと垂れていた。
「……ああ、これね。……………。ふふっ…私の声、まるで歌いすぎて枯れちゃった人みたいね。」
エラは静かに笑った。
エラの美しかった声は、いつのまにか呪いによって奪われてしまった。今は、老婆のようにしわがれた声となった。歌おうとしてもなかなか声がうまく出ない。エラはもう二度と『愛の歌声』を歌えなくなってしまった。
「良いのよ。どんなに奪われようとも、私はもう自分自身の光を見失わない。真っ直ぐに前を向こうと思ったの。」
「……。」
針鼠は、本を読むエラを後ろから抱きしめた。
「わっ……ちょっと……。」
エラが針鼠の二の腕を叩くが、針鼠は放そうとしない。
「……ごめんね。あなたは私に魔法を使わせたくないのよね。でも、劇場車だけは直さないと。せっかく、皆のおかげで劇を成功させられたのに、劇場車が壊れたままでは怪しまれて城に入れてもらえないわ。」
エラをぎゅうっと抱きしめながら針鼠はコクリと頷いた。
「あの、魔法を使いたいんだけど放してくれない?」
「……。」
針鼠はさっきから無言でぎゅううっと抱きついてきて、離れさせられない。片付けをしている劇団の人々がチラチラとこっちを見てきて少し恥ずかしい。
「今日は甘えたなのね……。もう、しょうがないわね。」
エラは抱きつかれた状態で杖を取り出し、魔術書を参考にしながら劇場車を修理する。数分後には、完璧に車が直った。その間針鼠はずっとエラに抱きついていて離れなかった。
劇場車が直ると、エラはやっと心の底から安心した。正直、魔法が成功するか不安だったのだ。安心したら、途端にドバッと疲労感が押し寄せてきた。魔法を使った事による疲労感もあるが、精神的肉体的にもかなり疲れた。
「そろそろ発車するぞ! 準備しろ!」
片付けが一通り終わり、劇団員が呼びかけをしている。いよいよ劇場車を動かし城へ向かうのだ。
「針鼠、この後は……?」
エラが聞くとようやく針鼠は口を開いた。だが、抱きしめる腕は放さない。
「……女王襲撃は明日だ。今夜中に劇場車は城に入城する。次の日の昼、ロウサ城内で限られた貴族だけで観劇する事になる。その時、女王は他の貴族や兵士達から離れた特別な席で観劇する。俺達はそこに忍び込む。」
「……そう。」
エラはそれを聞いて少し安心した。かなり魔力を消耗して、体力も限界がきていた。この後すぐに女王と闘うのは、正直きついと思っていた。
エラの体の力が抜けていき、次第に針鼠に体重がのしかかった。
(なんだろう……。針鼠って暖かい……。チビと同じ。子供体温ね。)
エラのまぶたが自然と重くなる。
「ごめん……少し疲れたわ。……」
「……眠って良いよ。」
針鼠が言うと、エラは静かに規則的な寝息を立てて眠ってしまった。
針鼠はエラを抱き抱え立ち上がった。劇場車の中にある仮設の寝台まで抱えていき、寝台にゆっくり乗せる。そしてエラの頭のカゴをとってやる。やはり醜い彼女の顔がそこにはあった。だが、針鼠は目をそらす事なく、愛おしそうに顔をなでた。
「ごめんな、イシ……。」
針鼠は一言呟いた。___そして、静かに額にキスをした。
針鼠は立ち上がる。
「もう良いのか?」
蜘蛛の声が後ろから聞こえる。振り返ると、蜘蛛だけでなく他の仲間達も立っていた。
「これが最後かもしれねえんだ。おっぱいくらいもんでも良かったんじゃないか?」
ガハハ! と笑う白銀の頭に蜘蛛がチョップをくらわす。
「本当にこれで良かったのですか? 復讐は彼女の悲願です。彼女を置いて行くなんて……。私達の闘いがどんな結末を迎えようとも、きっと彼女は納得しないはずです。」
神父は悩ましそうにエラの寝顔を見た。
いいんだよ、と一言言って針鼠は舞台でつけていた仮面をかぶった。
今は神父と蜘蛛は貴族の服を脱いでいる。だが、まだ針鼠は煌びやかな服装に身を包んだままだ。
「_女王は金髪の美青年がお好みらしい。」
針鼠は口角を吊り上げて嫌な笑みを浮かべた。
「美青年って、自分で言うなよ。」
ツッコミをいれる仲間達の口元も笑っていた。
「_____さあ、俺達の復讐劇を始めようか。」
誰もが知っている悲しい物語が感動のハッピーエンドに終わった。観客は大いに盛り上がった。
_1時間後、エラは『歩く月』に破壊された壁の前に立ち、魔術書を読んでいた。周囲では劇の片付けが行われている。そんな中エラは物の修理に関する魔法がないか調べていた。
エラは今はカゴを被っている。もう今のエラならばカゴの中身を見られて色々言われても気にしない。だが、カゴを被ると安心するのは確かだった。
あれから、蛇女の『歩く月』の手下達は全員生かしたまま拘束することができた。死んだのは蛇女だけだ。捕らえた人たちは弟ドラ達の伝手でどこかに監禁するらしい。少し心配だが、エラ達が女王の元へ辿り着くまでの短い間だ。
エラは魔術書を読みながら小さくため息をついた。
本当は、心の底から安堵している。人を自分の手で殺さずに澄んだからだ。実はエラは敵が死なないように加減をしていた。氷や吹雪をぶつけたり、火の魔法をわざと誰もいない所で爆発させて相手をひるませたりしていた。
戦いは怖い。城や崖の上の処刑場で魔獣に襲われた時は自分が死ぬのではないかという恐怖にかられていた。魔力が強くなった今は、今度は自分が誰かの命を奪ってしまうのではないかという恐怖にかられている。
(復讐してやるってあれだけ息巻いておきながら、私ってほんとダメね……。私の中途半端な覚悟が仲間を危険な目に合わせてしまうかもしれないのに……。)
『魔法使いのうろ』での、復讐への誓い。今になってその重さがわかった。エラよりも四つも年下の針鼠は長い間この重さを一人で背負ってきたのだ。
「イシ……。」
聞き慣れた青年の声が後ろから聞こえてくる。エラは振り返らずに本を読み進める。
「……一時はどうなるかと思ったけれど、なんとかなって本当に良かったわ。あなたも、無事で本当に良かった。」
エラが声を発すると途端に、針鼠から深い悲しみの感情が流れてくる。決して表情には出さないが、また耳がペタンと垂れていた。
「……ああ、これね。……………。ふふっ…私の声、まるで歌いすぎて枯れちゃった人みたいね。」
エラは静かに笑った。
エラの美しかった声は、いつのまにか呪いによって奪われてしまった。今は、老婆のようにしわがれた声となった。歌おうとしてもなかなか声がうまく出ない。エラはもう二度と『愛の歌声』を歌えなくなってしまった。
「良いのよ。どんなに奪われようとも、私はもう自分自身の光を見失わない。真っ直ぐに前を向こうと思ったの。」
「……。」
針鼠は、本を読むエラを後ろから抱きしめた。
「わっ……ちょっと……。」
エラが針鼠の二の腕を叩くが、針鼠は放そうとしない。
「……ごめんね。あなたは私に魔法を使わせたくないのよね。でも、劇場車だけは直さないと。せっかく、皆のおかげで劇を成功させられたのに、劇場車が壊れたままでは怪しまれて城に入れてもらえないわ。」
エラをぎゅうっと抱きしめながら針鼠はコクリと頷いた。
「あの、魔法を使いたいんだけど放してくれない?」
「……。」
針鼠はさっきから無言でぎゅううっと抱きついてきて、離れさせられない。片付けをしている劇団の人々がチラチラとこっちを見てきて少し恥ずかしい。
「今日は甘えたなのね……。もう、しょうがないわね。」
エラは抱きつかれた状態で杖を取り出し、魔術書を参考にしながら劇場車を修理する。数分後には、完璧に車が直った。その間針鼠はずっとエラに抱きついていて離れなかった。
劇場車が直ると、エラはやっと心の底から安心した。正直、魔法が成功するか不安だったのだ。安心したら、途端にドバッと疲労感が押し寄せてきた。魔法を使った事による疲労感もあるが、精神的肉体的にもかなり疲れた。
「そろそろ発車するぞ! 準備しろ!」
片付けが一通り終わり、劇団員が呼びかけをしている。いよいよ劇場車を動かし城へ向かうのだ。
「針鼠、この後は……?」
エラが聞くとようやく針鼠は口を開いた。だが、抱きしめる腕は放さない。
「……女王襲撃は明日だ。今夜中に劇場車は城に入城する。次の日の昼、ロウサ城内で限られた貴族だけで観劇する事になる。その時、女王は他の貴族や兵士達から離れた特別な席で観劇する。俺達はそこに忍び込む。」
「……そう。」
エラはそれを聞いて少し安心した。かなり魔力を消耗して、体力も限界がきていた。この後すぐに女王と闘うのは、正直きついと思っていた。
エラの体の力が抜けていき、次第に針鼠に体重がのしかかった。
(なんだろう……。針鼠って暖かい……。チビと同じ。子供体温ね。)
エラのまぶたが自然と重くなる。
「ごめん……少し疲れたわ。……」
「……眠って良いよ。」
針鼠が言うと、エラは静かに規則的な寝息を立てて眠ってしまった。
針鼠はエラを抱き抱え立ち上がった。劇場車の中にある仮設の寝台まで抱えていき、寝台にゆっくり乗せる。そしてエラの頭のカゴをとってやる。やはり醜い彼女の顔がそこにはあった。だが、針鼠は目をそらす事なく、愛おしそうに顔をなでた。
「ごめんな、イシ……。」
針鼠は一言呟いた。___そして、静かに額にキスをした。
針鼠は立ち上がる。
「もう良いのか?」
蜘蛛の声が後ろから聞こえる。振り返ると、蜘蛛だけでなく他の仲間達も立っていた。
「これが最後かもしれねえんだ。おっぱいくらいもんでも良かったんじゃないか?」
ガハハ! と笑う白銀の頭に蜘蛛がチョップをくらわす。
「本当にこれで良かったのですか? 復讐は彼女の悲願です。彼女を置いて行くなんて……。私達の闘いがどんな結末を迎えようとも、きっと彼女は納得しないはずです。」
神父は悩ましそうにエラの寝顔を見た。
いいんだよ、と一言言って針鼠は舞台でつけていた仮面をかぶった。
今は神父と蜘蛛は貴族の服を脱いでいる。だが、まだ針鼠は煌びやかな服装に身を包んだままだ。
「_女王は金髪の美青年がお好みらしい。」
針鼠は口角を吊り上げて嫌な笑みを浮かべた。
「美青年って、自分で言うなよ。」
ツッコミをいれる仲間達の口元も笑っていた。
「_____さあ、俺達の復讐劇を始めようか。」
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