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24、魔王と勇者

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 こんな状況でもデイノルトはアルノルトに会えて堪らなく嬉しかった。

 一年ぶりに見た我が子は大きく成長していた。
 背も高くなったし、ガッシリしてきた。

 この一年でずいぶん大人っぽくなったものだ。
 俺様の欲目かもしれないが、惚れ惚れするような凛々しさであった。

 だが、勇者と思えないほど暗い雰囲気を身に纏っている。
 アルノルトは太陽のように明るい子だったのに、この世の終わりのような暗い顔をしているのが見ていて辛い。
 自分で決めたことじゃないのか、アル。

 真っ白な鎧が魔物の返り血を浴びて紅く染まっている。

「よくぞ帰ってきた。アル」

 デイノルトはアルノルトに近寄ろうとした。
 何があったかは知らないが、よくぞ無事に帰って来てくれた。
 それだけで俺様は十分だ。
 どんな結末が待っていようと俺様はアルの選択を信じる。

 アルノルトが泣きそうな顔をしてデイノルトを見つめている。
 緑色の瞳が恐怖に歪んで、何かに耐えるように唇を噛んでいる。
 よく見ると唇から血を流していた。

「ち、近づかないで」

 アルノルトはデイノルトから距離を取るように後退りをした。

 一体何を恐れているのだ。
 アルは俺様の息子じゃないか。
 勇者と魔王の関係であっても、アルが俺様の自慢の息子であることに変わりはない。

 デイノルトはアルノルトを安心させるように抱きしめて、アルノルトの柔らかな銀色の髪を撫でた。

「アル、いい子だ」

「と、とうさ……」

 アルノルトが父様と言いかけると、苦しそうに咳き込んだ。
 デイノルトはアルノルトの背中を優しくさすった。

「俺様はアルから逃げたりしない」

「魔王デイノルト、俺に触るな」

 デイノルトは目を見開いて、激しい痛みがある部位を見つめた。
 デイノルトの腹に聖剣が刺さっている。

「アル……」

 アルノルトの美しい緑色の瞳から絶えず涙がこぼれ落ちている。

「邪悪な貴様に話すことはない」

 アルノルトの激しいショックを受けたような表情とは裏腹にアルの口から冷たい言葉が発せられた。

「アル……」

 ゴボッとデイノルトの口から血がこぼれる。

 アルノルトが静かに涙を流している。
 何かを言おうとしているが、言葉にならないようだ。

「グッ……」

 アルノルトが苦しそうに隷従の首輪を外そうと藻掻いている。
 アルノルトの首から血が滲んでいた。

 俺様はアルノルトの涙を血に塗れていない左手で優しく拭った。

 アルの口を封じているのはあの禍々しい首輪か。
 やはり危険な人間界など行かせるのではなかった。
 せめて、アルの魔力が解放する16歳まで待つべきだったな。
 今更後悔しても遅いか。

 俺様は自分の血を首輪に塗りたくって、力を込めた。

 俺様は知っていた。
 この忌々しい首輪の解除方法を。
 その首輪は自分より大切な者の為に命をかけると解除されることを身を持って知っていた。

 首輪が粉々に砕け散った。

 解除されたということは俺様の寿命は既に尽きかけているのだろう。

「父様!」

 アルノルトの戒めが解かれたようだ。
 慌てて俺様の腹から聖剣を抜こうとしたが、俺様はアルの手を止めた。

 アルが涙に濡れた瞳で俺様を見つめる。
 俺様は首を横に振った。

 アルが声にならない声を上げて泣いている。
 俺様はアルを抱きしめた。
 あんなに腕にすっぽり収まるくらい小さかったのにな。

「父様……」

 小さな声でアルが呟いた。
 アルがそっと抱き返してくる。

「アル……」

「父様! いやだ! 何処にも行かないで」

 アルのそのセリフ、久しぶりに聞いたな。

 俺様が視察に行こうとするたびに、俺様のマントを引っ張っていたっけ。

「アル、泣くな……」

「嫌だ。俺を一人にしないで」

 俺様はアルの頭を優しく撫でた。

 アルといると、いつも何だか良く分からない感情に支配されていた。

 自分よりずっと大切で、失ったら生きていけないと思うほどの激しい感情。

 今、分かった。
 これは……
 気恥ずかしくて俺様の口からは言えないな。

「アル、16歳の誕生日をお祝いをしてやろう」

 俺様は痛みに耐えながら、アルを抱きしめた。
 アルの涙で俺様の肩が濡れる。

「俺様の子として生まれてきてくれて感謝する」

「父様」

 アルは顔をグシャグシャにして泣いている。

 泣くな……アル。
 せっかく俺様に似て男前なのに、もったいないぞ。
 こんな最期も悪くない。

 俺様は血だらけのアルの手を握りしめた。
 もしかしたら、アルは自分を責めるかもしれない。
 だが、俺様はアルと人生を共に出来て幸せだったよ。
 本当にアルの親になれて良かった。
 俺様には後悔も何もない。
 ただ、アルがこの先も幸せでいてくれるだけで十分だ。

 伝えたいが、俺様の口はもう動かないようだ。

 俺様の人生になんて縛られなくて良い。
 自分の人生を楽しく生きて欲しい。
 それが俺様の最期の我が儘だ。
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