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Chapter.3 分かっているつもり
Act.2-02
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しばらく携帯に視線を落としていたら、男性ものの黒い革靴が目に飛び込んできた。まさか、と思い、ゆっくりと頭をもたげる。
「悪い、待たせてしまったね」
革靴の男性――高遠さんは、にこやかに私に声をかけてきた。
私は携帯を握り締めたまま、何度も首を横に振った。
「いえ、全然待ってません」
そう答える私に、高遠さんは、「嘘はダメだよ?」と肩を竦めて見せてきた。
「待ってる姿がずいぶん退屈そうだった。疲れてるだろ?」
「――疲れてないわけじゃないですけど……。でも、ほんとにそんなに待ってないです。時間潰しはいくらでも出来たし」
口にしてから、しまった、と咄嗟に思ったものの、もう遅い。時間潰し、などとうっかり言うつもりはなかったのに。
でも、気まずくなっている私とは対照的に、高遠さんは、あはは、と声を出して笑った。
「それぐらい正直でいいんだよ。そっか、待ってる間に時間潰し出来たなら良かった」
「――すみません……」
「どうして謝るの? 別に悪いことなんてしてないだろ?」
「そうですけど……」
いたたまれない思いになっている私に、高遠さんは、「気にし過ぎ」と頭をポンポンと軽く叩いてきた。
「君は真面目なんだな。まあ、そういうところも俺は好きだけど」
好き、とサラリと言われ、私の鼓動は一気に高鳴った。先ほどまでの待っていた間の緊張とは比較にならない。
もしかしたら、高遠さんにとっては大したことのない台詞かもしれない。表情を覗ってみれば、相変わらずニコニコしたままだ。これも大人の余裕というやつなのだろうか。何となく、ちょっぴり悔しい気もする。
「――狡い……」
思わず口を突いてしまった。
高遠さんは不意に真顔になり、不思議そうに私に視線を注いできた。
「どうした?」
「――私だけ、緊張しちゃってる気がして……」
つい、本音が漏れた。
「あー……」
高遠さんは困ったように自らの髪を掻く。そして、「そんなことないんだけどなあ」と続けた。
「俺もこれでも相当緊張してるんだけど。君のような若い子とデートなんてしたことないから、今も心臓バクバクしてるよ?」
「嘘だ……」
「嘘じゃないよ。まあ、こんなトコで、確かめてみて、なんてさすがに言えないけどな」
また、あはは、と笑う高遠さん。そんな高遠さんが可愛いな、なんて少しだけ思ってしまう。
「さて、いつまでもここにいても仕方ない。メシ食いに行こう。なに食いたい?」
素早く話題を変えてきた。
食べたいものを訊かれた私は、何がいいか考える。でも、確かにお腹は空いてはいるけれど、何となくわがままを言うのは悪い気がしてしまった。
「高遠さんに任せます」
結局、そう答えるしかなかった。
案の定と言うべきか、高遠さんは、「俺にねえ……」と困っている。高遠さんに判断を委ねてしまったのは、かえって失礼だったのかもしれない。
でも、高遠さんはすぐに、また質問を変えてきた。
「じゃあ、黒川さんが好きなものは?」
「えっと、甘いものは基本何でも好きです。あとは、チーズとかトマトとかお魚もお肉も好きです」
「酒は飲める?」
「はい、飲めるどころか実は結構好きです」
「へえ、意外だなあ」
「――お酒好きって、ダメですか……?」
軽蔑されたのではと思った私は、おずおずと訊ねる。
でも、高遠さんは、「いやいや」とにこやかに首を振った。
「俺はそんなことは全く気にしないよ。むしろ、一緒に飲んで楽しめるなら嬉しい」
「ほんとですか……?」
「うん。まあ、あんまり泥酔しない程度にしてもらいたいのが本音だけどね」
「――そこまで飲んだくれませんよ、私は……」
「そっか、それは失礼」
そう言いながら、また高遠さんは無邪気に笑った。
「よし、じゃあ今度こそ行こうか?」
高遠さんに促され、私は、「はい」と頷いた。
私と高遠さんは並んで歩く。でも、付かず離れずといった微妙な距離感で、周りからは私達の関係をどう思われているのだろう、と不意に気になった。
「悪い、待たせてしまったね」
革靴の男性――高遠さんは、にこやかに私に声をかけてきた。
私は携帯を握り締めたまま、何度も首を横に振った。
「いえ、全然待ってません」
そう答える私に、高遠さんは、「嘘はダメだよ?」と肩を竦めて見せてきた。
「待ってる姿がずいぶん退屈そうだった。疲れてるだろ?」
「――疲れてないわけじゃないですけど……。でも、ほんとにそんなに待ってないです。時間潰しはいくらでも出来たし」
口にしてから、しまった、と咄嗟に思ったものの、もう遅い。時間潰し、などとうっかり言うつもりはなかったのに。
でも、気まずくなっている私とは対照的に、高遠さんは、あはは、と声を出して笑った。
「それぐらい正直でいいんだよ。そっか、待ってる間に時間潰し出来たなら良かった」
「――すみません……」
「どうして謝るの? 別に悪いことなんてしてないだろ?」
「そうですけど……」
いたたまれない思いになっている私に、高遠さんは、「気にし過ぎ」と頭をポンポンと軽く叩いてきた。
「君は真面目なんだな。まあ、そういうところも俺は好きだけど」
好き、とサラリと言われ、私の鼓動は一気に高鳴った。先ほどまでの待っていた間の緊張とは比較にならない。
もしかしたら、高遠さんにとっては大したことのない台詞かもしれない。表情を覗ってみれば、相変わらずニコニコしたままだ。これも大人の余裕というやつなのだろうか。何となく、ちょっぴり悔しい気もする。
「――狡い……」
思わず口を突いてしまった。
高遠さんは不意に真顔になり、不思議そうに私に視線を注いできた。
「どうした?」
「――私だけ、緊張しちゃってる気がして……」
つい、本音が漏れた。
「あー……」
高遠さんは困ったように自らの髪を掻く。そして、「そんなことないんだけどなあ」と続けた。
「俺もこれでも相当緊張してるんだけど。君のような若い子とデートなんてしたことないから、今も心臓バクバクしてるよ?」
「嘘だ……」
「嘘じゃないよ。まあ、こんなトコで、確かめてみて、なんてさすがに言えないけどな」
また、あはは、と笑う高遠さん。そんな高遠さんが可愛いな、なんて少しだけ思ってしまう。
「さて、いつまでもここにいても仕方ない。メシ食いに行こう。なに食いたい?」
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「高遠さんに任せます」
結局、そう答えるしかなかった。
案の定と言うべきか、高遠さんは、「俺にねえ……」と困っている。高遠さんに判断を委ねてしまったのは、かえって失礼だったのかもしれない。
でも、高遠さんはすぐに、また質問を変えてきた。
「じゃあ、黒川さんが好きなものは?」
「えっと、甘いものは基本何でも好きです。あとは、チーズとかトマトとかお魚もお肉も好きです」
「酒は飲める?」
「はい、飲めるどころか実は結構好きです」
「へえ、意外だなあ」
「――お酒好きって、ダメですか……?」
軽蔑されたのではと思った私は、おずおずと訊ねる。
でも、高遠さんは、「いやいや」とにこやかに首を振った。
「俺はそんなことは全く気にしないよ。むしろ、一緒に飲んで楽しめるなら嬉しい」
「ほんとですか……?」
「うん。まあ、あんまり泥酔しない程度にしてもらいたいのが本音だけどね」
「――そこまで飲んだくれませんよ、私は……」
「そっか、それは失礼」
そう言いながら、また高遠さんは無邪気に笑った。
「よし、じゃあ今度こそ行こうか?」
高遠さんに促され、私は、「はい」と頷いた。
私と高遠さんは並んで歩く。でも、付かず離れずといった微妙な距離感で、周りからは私達の関係をどう思われているのだろう、と不意に気になった。
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