Blissful Kiss

雪原歌乃

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Chapter.9 言葉の代わりに

Act.4-01

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 アパートに着くと、部屋に入るなり、私は早速テーブルにお弁当を広げた。飲み物は用意していなかったから、途中でコンビニに寄り、ペットボトルのお茶を購入した。
「さすがだな」
 高遠さんはまじまじとお弁当の中身を眺める。おにぎりや唐揚げ、ポテトサラダにきんぴら、アスパラガスとパプリカを豚肉で巻いたものにプチトマトと、量だけはあるけれど定番と言えば定番の内容だと思う。
「食べれなくはないと思います」
「食べれなくないどころか美味いだろ、絶対」
 そう言って、高遠さんは割り箸を手に取り、「いただきます」とご丁寧に挨拶してから、最初にきんぴらに手を伸ばした。
「美味いよ」
 お世辞なのかな、と一瞬思ったけれど、箸が止まることがなかったから本当に美味しいと思ってくれているようだ。
 極端に不味いものは作らない自信はあったけれど、口に合うかどうかはまた別だ。自分が美味しいと思っても、相手が美味しいと感じるとは限らない。味覚がそもそも違う。
「絢の料理を毎日食えたら幸せだろうね」
 高遠さんが不意に口にした言葉に、私の胸がドキリとする。深い意味はなかったのかもしれない。でも、高遠さんの年齢的に、もしかしたら、なんて考えてしまっても無理はない。
「絢、食べないの?」
 高遠さんに言われ、ハッと我に返った。
「急に元気なくなったみたいだけど? もしかして、具合悪いの?」
「あ、違います! ちょっとぼんやりしただけで……」
 私は慌てて割り箸で唐揚げを掴んだ。
「ほんとに大丈夫? 人混みに疲れたんじゃないの?」
「大丈夫です。人混みは得意じゃないですけど、そんなに疲れてませんし」
「じゃあ、何か考えごとでもしてた?」
 高遠さんは食べるのを中断し、私にジッと視線を注いでくる。
 高遠さんの視線が痛くていたたまれない。ぼんやりしてしまった理由を言うのは恥ずかしいし、どうしていいのか分からない。
「――何でもないですから」
 何とか躱そうとするものの、今日の高遠さんはいつになく食い付いてくる。
「ほんとに何でもないの? それとも、俺といるのが苦痛になったとか?」
 予想外の台詞に、私も思わず目を剥いてしまう。何故、そんな哀しいことを口にするのだろう。
「――苦痛だなんて全然思ってません」
「じゃあ、どうしたの? 他に気になる奴が出来た?」
「どうしてそんな突飛なこと……」
 心の中に苦い思いが広がる。
「――私のこと、そんなに信用出来ませんか……?」
 つい、喧嘩腰な口調になってしまった。
 そこで高遠さんも拙いと思ったのか、「ごめん」と力なく謝罪してきた。
「つい、馬鹿げたことを言ってしまった……。絢のこと、信用してないわけじゃないんだよ。ただ……、俺自身に自信がないだけだから……」
 高遠さんは哀しげな笑みを浮かべた。
 胸の奥に痛みを感じる。自信がないのは私も同じ。私の知らない高遠さんの過去の恋人のことを考えただけで苦しくなる。
 私は高遠さんに抱き着いた。言葉にするのは難しい。けれど、黙って抱き締めることなら出来る。食べている途中なのに行儀が悪い、と自分で思いつつ、触れ合うことで高遠さんの愛を確かめたかった。
 きっと、高遠さんも同じだったのだと思う。私が高遠さんの胸に顔を埋めると、高遠さんは私の背中に両手を回し、強く抱き寄せた。
「絢を、このまま壊してしまいたい……」
 切なげな声音で高遠さんが私に囁いてくる。
 どうしようもなく私の中で好きが溢れ出る。
 高遠さんに壊されたい。私は強く想いながら、高遠さんと深い口付けを交わした。
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