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第二章 二人の距離
19.当たり前の存在
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だらだらと、いつもの倍は時間をかけて、通学路を歩いていた。気が付けばもうすっかり日は落ちて、あたりは暗い。買い物帰りの親子連れに追い越され、ああもうそんな時間なのかと思った。
なんだかひどくぼんやりしている。放課後、真由美と沙希ちゃんの三人で帰ったところまでははっきりしているのに、そのあとからが夢のようだ。
商店街を抜けて公園に出て、そこからもうちょっとで自分の家という所まで来て、私の足は止まってしまった。
家に帰りたくない。
この時間まだお母さんはいないけれど、しばらくしたら帰ってきて夕飯の支度が始まる。そういう、人の気配が嫌だった。一人になりたかった。
冬の夜の公園は人気が無くて、ひどく寒々しい。ブランコに腰掛けると、ゆっくりと漕ぎ出す。小さい頃は力いっぱい揺らして遊んだブランコなのに、今は脚がつかえてうまく揺らせない。大きくなればなんでも出来るようになるって、思っていたのにな。うつむいて、息を吐いた。
「なにしてるんだ?」
ざりっという砂を踏む音がして、頭上から声がした。
「……ああ」
俊成君だ。
ゆっくりと顔上げて、ぼんやりと目の前の人を見つめて確認する。なんでここにいるんだろう?
「なんでここにいるんだ?」
私の疑問を俊成君が口にした。
「なんでここにいるの?」
答える気が無く、聞き返す。
「夕飯食いに、店に行く途中」
そこで言葉を切ると不審そうに目を細め、私の口元を指差す。
「切れてる」
「うん」
しばらく無言で俊成君を見つめた。結局、圭吾と私の仲は、この目の前にいる幼馴染の存在によって壊れてしまったんだよなぁ。
何も知らずにどこか心配そうな表情で私を見つめ返す俊成君を眺めているうち、だんだんと乾いた笑いがこみあげた。
「どうしたんだよ」
「うん」
やっぱりまだ答えたくなくて、俊成君をぼんやりと見続けた。小さい頃から見慣れた、俊成君の顔。好きとか嫌いとか、そんな区別をつける前から俊成君は傍にいた。私の中で俊成君は、そこにいるのが当たり前の存在。
それなのに、ね。
「私さ」
「ん?」
「カキフライ、好きなんだ」
「は?」
突然の私の告白に、俊成君はあっけにとられた様な顔をした。でも構わない。私は気にせず話を続ける。
「生ガキはね、駄目なの。あんなに生臭くってぐちゃっとしたのは食べられない。でも、カキフライは火が通っているし、旨みが凝縮されていて美味しいよね。揚げたてが一番好き。けど、うちのお母さん、揚げ物が苦手なの。へたくそだし台所が汚れるから揚げ物したくないって、カキフライ作ってくれないの。だから冬に『くら澤』行くと、いつもカキフライ頼んでいた。カキフライ、食べたい」
一気にそこまでカキフライへの情熱を語ると、私は睨み付けるように俊成君を見つめた。
「……で?」
私が何を言いたいかなんて分かるわけも無いのに、俊成君は笑い飛ばすこともせず先をうながしてくれる。いや、呆れているから否定しないのかな。まあ、いいか。
「圭吾は、『くら澤』に行くなって言った。俊成君と話すなって。でも私、『くら澤』のカキフライ、好きなんだ。圭吾と比べたこと無いけれど。でもどっちも好きだった」
うん。好きだった。カキフライも、圭吾も。
学校のアイドルだった男の子が急に振り向いて、自分だけを見て笑ってくれる。手をつないでくれる。一緒に帰ってくれる。好きになるよね、ならないわけが無いよね。
「今度ね、人を好きになるときには、『くら澤』でご飯食べるのも俊成君と話すのも否定しない、そんな人を好きになる。私」
宣言してから、ずうんと胸の奥が痛んだ。鈍い、鈍い痛み。
「本当に、……好きだったのになぁ」
顔を上げていられなくなって、うつむいた。好きだったんだよ、本当に。圭吾が求めるような、圭吾だけを見ているような『好き』は出来なかったけれど、私なりに精一杯やっているつもりだった。けど圭吾みたいにストレートに自分の感情伝えること出来なくって、いつでも受身にまわっていた。好きって気持ち、上手く伝えることが出来ないでいた。だから俊成君と私の関係、誤解したんだよね。私があと一歩踏み出せていれば、こんな風にならなかったかもしれないんだ。
なんだかひどくぼんやりしている。放課後、真由美と沙希ちゃんの三人で帰ったところまでははっきりしているのに、そのあとからが夢のようだ。
商店街を抜けて公園に出て、そこからもうちょっとで自分の家という所まで来て、私の足は止まってしまった。
家に帰りたくない。
この時間まだお母さんはいないけれど、しばらくしたら帰ってきて夕飯の支度が始まる。そういう、人の気配が嫌だった。一人になりたかった。
冬の夜の公園は人気が無くて、ひどく寒々しい。ブランコに腰掛けると、ゆっくりと漕ぎ出す。小さい頃は力いっぱい揺らして遊んだブランコなのに、今は脚がつかえてうまく揺らせない。大きくなればなんでも出来るようになるって、思っていたのにな。うつむいて、息を吐いた。
「なにしてるんだ?」
ざりっという砂を踏む音がして、頭上から声がした。
「……ああ」
俊成君だ。
ゆっくりと顔上げて、ぼんやりと目の前の人を見つめて確認する。なんでここにいるんだろう?
「なんでここにいるんだ?」
私の疑問を俊成君が口にした。
「なんでここにいるの?」
答える気が無く、聞き返す。
「夕飯食いに、店に行く途中」
そこで言葉を切ると不審そうに目を細め、私の口元を指差す。
「切れてる」
「うん」
しばらく無言で俊成君を見つめた。結局、圭吾と私の仲は、この目の前にいる幼馴染の存在によって壊れてしまったんだよなぁ。
何も知らずにどこか心配そうな表情で私を見つめ返す俊成君を眺めているうち、だんだんと乾いた笑いがこみあげた。
「どうしたんだよ」
「うん」
やっぱりまだ答えたくなくて、俊成君をぼんやりと見続けた。小さい頃から見慣れた、俊成君の顔。好きとか嫌いとか、そんな区別をつける前から俊成君は傍にいた。私の中で俊成君は、そこにいるのが当たり前の存在。
それなのに、ね。
「私さ」
「ん?」
「カキフライ、好きなんだ」
「は?」
突然の私の告白に、俊成君はあっけにとられた様な顔をした。でも構わない。私は気にせず話を続ける。
「生ガキはね、駄目なの。あんなに生臭くってぐちゃっとしたのは食べられない。でも、カキフライは火が通っているし、旨みが凝縮されていて美味しいよね。揚げたてが一番好き。けど、うちのお母さん、揚げ物が苦手なの。へたくそだし台所が汚れるから揚げ物したくないって、カキフライ作ってくれないの。だから冬に『くら澤』行くと、いつもカキフライ頼んでいた。カキフライ、食べたい」
一気にそこまでカキフライへの情熱を語ると、私は睨み付けるように俊成君を見つめた。
「……で?」
私が何を言いたいかなんて分かるわけも無いのに、俊成君は笑い飛ばすこともせず先をうながしてくれる。いや、呆れているから否定しないのかな。まあ、いいか。
「圭吾は、『くら澤』に行くなって言った。俊成君と話すなって。でも私、『くら澤』のカキフライ、好きなんだ。圭吾と比べたこと無いけれど。でもどっちも好きだった」
うん。好きだった。カキフライも、圭吾も。
学校のアイドルだった男の子が急に振り向いて、自分だけを見て笑ってくれる。手をつないでくれる。一緒に帰ってくれる。好きになるよね、ならないわけが無いよね。
「今度ね、人を好きになるときには、『くら澤』でご飯食べるのも俊成君と話すのも否定しない、そんな人を好きになる。私」
宣言してから、ずうんと胸の奥が痛んだ。鈍い、鈍い痛み。
「本当に、……好きだったのになぁ」
顔を上げていられなくなって、うつむいた。好きだったんだよ、本当に。圭吾が求めるような、圭吾だけを見ているような『好き』は出来なかったけれど、私なりに精一杯やっているつもりだった。けど圭吾みたいにストレートに自分の感情伝えること出来なくって、いつでも受身にまわっていた。好きって気持ち、上手く伝えることが出来ないでいた。だから俊成君と私の関係、誤解したんだよね。私があと一歩踏み出せていれば、こんな風にならなかったかもしれないんだ。
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