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第二章 二人の距離

18.戸惑いと亀裂

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「もう一校のさ、私立の女子高にも受かっただろ? あずさ、そっちに行きなよ」
「そんな……」

 困ってしまって中途半端に言葉を切る。なんで圭吾は俊成君がらみの話になると、こんなに神経を尖らすんだろう。

「倉沢は、ただの幼馴染だよ」
「知っている」

 言葉を切って目を伏せる圭吾。でもすぐに睨み付けるように私を見て、宣言する。

「でも嫌なんだ」
「なんで? 倉沢は圭吾とは関係ないよ?」

 安心させたくて、以前お姉ちゃんに「冷たい」といわれた言葉をあえて使ってみた。でも、圭吾には効かなかったみたいだ。

「あずさとは関係あるだろ? 嫌なんだよ、あずさがちょっとでもあいつの事を考えるのが」
「だって稜和に行くのは私と倉沢だけではないよ。佐々木君だって行くし。佐々木君のことはいいの?」
「勝久とあずさは関係ないだろ」
「倉沢だって関係ない」
「じゃあ、倉沢と話はするな。あいつと視線も合わせないって、約束してよ」
「圭吾……」

 話をしていくうちにどんどんと悲しくなってきた。言葉が、通じない。感情はぶつけてくるのに、そこに気持ちが伝わらない。なんで圭吾と私の間に、俊成君を挟み込まさなくてはいけないの?

「なんで」

 なんでそんなに私と俊成君の間を圭吾が離そうとするの? なんで私と俊成君の距離を、圭吾が決めようとするの?

「圭吾は、倉沢とは関係ないんだよ?」

 私と俊成君の間の距離を決めるのは、私と俊成君の二人だけだよ。

 でもそれは私と圭吾の間にもいえることで、恋愛以外にも家族や友達とか、少しでも気持ちをつなげていたいと思う相手となら、誰とでも当然のこと。
 
 そう続けていきたかったのに、私は圭吾に肩を掴まれると、一気にベッドに押し倒されてしまった。

「圭っ……!」

 ガツッという衝撃が頭に響いて、口の中、鉄錆びた味が広がった。くちびるに何か柔らかい感触がする。でもそれは妙に生々しくって、不快で。

「んーっ!」

 息が出来ない。涙がにじむ。一生懸命圭吾の体を押し返そうとしたのに、男の子の体はびくともしなかった。

 怖い。怖い。怖いっ。

 しだいに震えてくる体に精一杯の気力を振り絞って、こぶしを握って目の前に振りかぶった。

「ってーっ!」

 そんな声と共に、自分の体に覆いかぶさっていた影が消え、視界が明るくなる。ベッドの前には左頬を押さえて、こちらを見ている圭吾がいた。

「ぐーで殴ることは無いだろっ? ぐーでっ!」
「じゃあ、ぱーだったら素直に止めてくれたのっ?」

 思いっきり叫んで、肩で息をした。

「え? ……いや、どうだろ」

 虚をつかれたようにつぶやいて、圭吾が一瞬黙り込む。

 ぐーだとか、ぱーだとか。

 こんな状況なのに、言葉の響きは気が抜けていて、妙な間が流れてしまう。

「……なんか、馬鹿みたいだな」

 圭吾がまた小さくつぶやいて、かすかにそっと笑い出した。空気を震わすために、この嫌な空気を振り落とすために。圭吾が息を吐き出すように笑っている。

「あずさ」

 ひとしきり笑ったあと、圭吾がうつむき加減のまま呼びかけた。

「うん?」
「俺、すっごいわがままだから、自分が好きになった女には、俺以外を見ては欲しくないんだ」
「……うん」
「ごめんな。やっぱり俺、あずさとは無理だ。どんどん、駄目になっていく。これ以上お前のこと、好きになりたくない」

 返事が出来なくて、黙ったまま私もうつむいていた。圭吾はそんな私をちょっとの間見つめると、ふいに気がついたようにティッシュを数枚差し出す。

「くちびる、切れている」
「え?」

 慌てて触って、そのぴりっとした感覚に眉を寄せた。どうりで血の味がすると思った。

「傷つけて、ごめん」
「いいよ、そんな」

 どっちが傷ついたんだか分からないくらい、圭吾の顔だって蒼ざめている。そんな彼の表情を見ていたら、責める気にはなれなかった。

「ここから、一人で帰れるか? 送っていけなくて、……悪い」

 もう二度と。

 まだ風邪治っていないとかそんなんじゃなく、圭吾が私を送るためにあの公園まで付き合うことはもう無いんだ。

「いいよ」

 それ以上何かを言うことが出来なくて、私は立ち上がった。カバンを抱きしめて、圭吾の横を通り抜けて、部屋を出る。圭吾は無言で私の後を付いてきて、玄関まで見送ってくれた。

「じゃあね」
「うん」

 言葉を、もっと何か言葉を相手に与えたいのに、何も出てこない。圭吾の表情は、多分今の私と同じ表情だ。

「ごめんね」

 この言葉だけを思いついて、最後に口にした。圭吾の顔が困ったように小さくゆがんで、

 パタン。

 私は扉を閉めた。


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