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第三章 二人の会話

9.告白したこと

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「どうしたの?」
「あの石碑さ、昔に蹴飛ばしたことあるんだよ。その時土台の部分が欠けたんだけど、あれ、どうなったかなと思って」

 石碑の前まで辿り着くと、俊成君は慎重に見つめながら、ぐるりと周りを回る。

「これだ」

 一緒になってその欠けた土台を見つめながら、私は記憶をよみがえらせた。

「これって、あのときのでしょ? 中学三年のお祭りのとき」
「え?」
「谷口さんに、告白されたんだよね」

 そういって、私は俊成君を見上げた。

「……ああ、そうだっけ」

 もうちょっと反応あるかと思ったのに、俊成君の返答は素っ気なかった。なんだかこの石碑についての思い出は、蹴飛ばして欠けちゃったのがメインで、告白されたことなんかどうでもいいことみたいだ。

 この人にとって、女の子ってどんな存在なんだろう。素朴な疑問が沸いてしまった。

 俊成君は彼女が出来ると、いつもさりげなく私たちから離れていった。勝久君と私、そして美佐ちゃんとの四人で行動をすることを止めてしまう。でも、その間その彼女とべたついているかというと、決してそうではないみたい。淡々と、求められたらそのときだけ相手をする。女の子からしてみれば、付き合えば付き合うほど不安になるパターンだ。だからいつも駄目になっちゃうんだけど。

 自分から動くことって無いのかな。

「いつも告白されてばかりだけれど、俊成君って自分から告白したことあるの?」

 気が付くと、そんな問いを口にしていた。

「告白?」
「あ、いい。ごめん、別にいいよ」

 なんだか妙に焦って手を振る。今更こんな恋愛がらみの話をあらためて聞くのは、こちらの方が恥ずかしくてやってられなくなる。

「あるよ」
「え?」

 でも俊成君の落ち着き払った返事に、思わず聞き返してしまった。今、あるって言ったんだよね?

「どうなったの?」
「どうにも。本気にされなかった」

 うわ。それは辛い、かも。

 こちらを真っ直ぐ見て答える俊成君を、逆にどうなぐさめて良いんだか分からなくてもてあます。最近の話じゃなければ良いんだけどなぁ。

「いつの話?」

 困った顔して質問を続けたら、俊成君にくすりと笑われてしまった。

「教えない」
「えー」

 一応抗議をしながら、それでもなんとなく助かったって思った。自分で振った話のくせに、逆に俊成君に気を使わせてしまった。駄目だな、私。

 表面上はなんてこと無い振りして、もうこの話は止めにしようと思っていたのに、心は結構動揺していたみたいだ。意味の無い笑顔を浮かべながら歩き出そうとしたら、いきなり石碑につまづいてしまった。

「わっ」
「あず」

 慌てて腕を掴まれて、後ろに引かれる。前のめりに転ぶことはなくなったけれど、今度は逆に後ろに倒れこむようになってしまった。

「大丈夫か?」

 ばふっと背中に柔らかい衝撃があって、俊成君の声が耳元で聞こえた。

 て、あれ?

 前に回された俊成君の腕をぼんやりと眺めていた。ちょっと待って。この体勢、私今、俊成君にすっぽり抱きかかえられてますか?

「ご、ごめんっ。あの、ありがとうっ」

 慌てて離れようとしたのに、意に反して私の体はびくともしなかった。俊成君の腕が、体が、さっきよりも強い力で私を抱きしめてきたからだ。

「……俊成君?」
「あず、小林と会ったって、本当?」
「え?」

 耳元でまた声がして、私の体がぴくりと身じろいだ。俊成君の声、ちょっと硬くて怖い。

「なんで、知ってるの?」
「勝久。小林から聞いたって、わざわざ俺に報告くれた」

 そう言いながら、俊成君は自分のおでこを私の肩に乗せた。その仕草に、余計に私の胸がどきどきする。

 これって、どういう意味なんだろう。なんで私、俊成君に抱きしめられているんだろう?

 って、ああ、そうか。

「圭吾とは、あらためて友達になったんだ。……もう大丈夫だよ」

 三年前のちょうど今頃の、圭吾にふられた直後を思い出した。あの時は俊成君に心配をさせた。多分俊成君の中に、あの弱っていた私が残っているんだと思う。だからこうやって抱きしめてくるんだ。

「心配してくれて、ありがとうね」

 緊張のあまり強張らせていた体から力を抜き、肩越しの俊成君の頭をぽんぽんとなでた。そうすると、不思議とコロに後ろから抱きつかれたような、とてもたわいもないようなことに思えてくる。

 俊成君は大きく息を吐き出すと、私の体に回していた腕をゆっくりと外した。

「行こ」
「ん」

 そっと声をかけると、俊成君が歩き出す。続いて歩こうとしたら手を取られ、握られた。

 なに? なんで?

 疑問がいっぱい広がりすぎて、声に出せない。黙って俊成君を見上げたら、一瞬だけ目が合った。

「転倒防止。これ以上転ぶなよ」

 なんだか不機嫌そうな表情でそれだけ言うと、俊成君はもう私を見ようとはせず歩いていく。

「……うん」

 でも単純に握られるだけだった手はすぐに指と指が絡みあい、より深くつながれた。

 心臓が、ぎゅって握られたような感じだ。もはや顔を上げることも出来ず、ただ黙って後を付いてゆく。恋愛じゃないって結論付けたのに、まるで私、恋人と一緒に歩いているようだった。

 私と俊成君、ただの幼馴染なだけなのに。


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