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第三章 二人の会話

20.かき乱す

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「あの、お母さん」
「なに?」
「今の会話って、私と俊成君がまるで付き合っているみたいに聞こえるんですけど」
「あら。そこまで言ってないわよ、お母さんは」

 さらりとかわして、スーパーの袋から魚を取り出す。

「お母さんっ」

 大人って、こういう人の心をかき乱すこと言うだけ言って平気な顔するんだ。

「なんで親が子供の恋愛に口はさんでくるのよ。それに私と俊成君の間には、そんなものはありません。ただの友達なんだから」

 そしてその友達関係ですら、危うくなっているんだから。

 またもや落ち込みそうになる気持ちを抑え、お母さんを睨み付けた。けどやっぱりお母さんには効果は無かったようで、平然と夕飯作りは続いてゆく。

「その割には卒業式の日に泣いて帰ってきて、夕飯も食べないで部屋にこもっちゃったじゃないの。あれ、俊ちゃんの進路聞いたからなんでしょ? お母さん、せっかくあずさのために唐揚げ作ったのになー」

 やっぱり恨んでいたんだ。後でちゃんと謝ったのに。

「だからあれはごめんなさいって言ったでしょ。俊成君の話、突然聞いて動揺したのと、卒業でみんなと別れるのが寂しかったのとが一緒になっちゃっただけなの」
「ふーん」

 さも興味なさそうにうなずくと、お母さんはコンロの火を消して温めていた鍋の蓋を開けた。昨日作ったカボチャの煮物。二日目の今日は味が染みてより美味しそうに見える。それを見越していたのか昨日はちょっとしか夕飯に出してくれず、まだまだ鍋には大量にカボチャが残っていた。

「本当に、それでいいの」
「なにがよ」
「別にあずさがいいって言うならいいけれど」
「だからただの幼馴染だって言っているでしょ」
「桜の下で」
「へ?」

 青い鉢に煮物を盛ってゆく手を止めて、お母さんは唐突につぶやいた。その横顔はとても優しくて、まるで何か昔の情景を思い出しているかのようだ。

「桜の下、なに?」

 中途半端に言葉を切られて、意味が通じず繰り返す。でもお母さんはそれに答えることなく作業を再開すると、盛り付け終わった鉢にラップをかけ、私の目の前にずいっと差し出した。

「今のあんたになにを言っても無駄でしょう。さ、これ倉沢さんちへ持って行ってちょうだい。お母さんの自信作。お祝いにもならないですが、箸休めにどうぞって」
「なんで私が」
「だってお母さん、夕飯作るのに忙しいんだもん」

 だもん。って、ねぇ。

 しばらく無言でカボチャの煮物を見つめてしまった。この情景にはおぼえがある。あれは小学生五年生のとき。気まずい私と俊成君の仲を変えようと思って、そのとき手にしていたのはお稲荷さんだった。

 けど、あれから七年たった今、私はカボチャを前に途方にくれている。俊成君に会いたいけれど、会いたくない。今のこの状態で会ったとしても、あのときみたいに素直にごめんねって俊成君に言えない。

「なにためらっているのか知らないけれど、俊ちゃんならさすがにまだ帰っていないと思うわよ。かわりに百合さんが家にいるはずだから」

 その言葉に顔を上げると、お母さんはグリルで魚を焼き始めていた。

「行けない? 友達なんでしょ。お使いくらいなんてこと」
「無いわよ。行くってば」

 挑戦するようにお母さんの後姿に向かって言い放ち、私は盛鉢を抱えた。みんなに気を使ってもらっているのに、一歩も動けない自分が嫌。でもやっぱりまだ、俊成君に直接会う勇気は無い。「ごめんなさい」も「おめでとう」も言えないのに、会うことなんて出来ない。

 それならせめて、おばさんにこのカボチャ渡すくらいのことはしたい。おばさんにだったら「おめでとうございます」って言えるから。きっと、多分。



 勢いつけて外に出たけれど、玄関出てすぐに考えを改めて引き返した。久しぶりに天気が逆戻りしたような寒さだ。マフラーまではしなかったけれど、コートを羽織って出直す。小走りで倉沢家まで行くと、チャイムを鳴らしながら、中にいるだろうおばさんに向かって呼びかけた。

「すみませーん」

 台所にいれば私の声は聞こえるはずなのに、おばさんからの返事が無い。あれ? って思いながら引き戸に手をかけると鍵は掛かっておらず、留守ではないようだった。中まで入ってもう一度声をかける。

「ごめんくださーい」
「はい」

 だけど、予想に反して二階から下りてきたのは、俊成君だった。



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