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第三章 二人の会話

21.新幹線で二時間十分

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 階段を下り廊下を通って、そして今、俊成君が私の目の前に立つまでを、まじまじと見つめていた。

「なに?」

 いつもの愛想の無い顔で、俊成君がたずねる。

「おばさんは?」

 愛想の無さに対抗するように、私も表情を強張らせ聞いてみた。

「店に行った」

 それだけ言うと俊成君はふいに困ったような顔をして、私の顔をのぞき込む。

「とりあえず、上がれよ」

 その言葉に、俊成君の表情に、私の頭はようやく少しずつ動き始める。

 そうか、俊成君かぁ。

「これ、お祝いのカボチャ。大学受かったって聞いたから。食べて」

 ぐいっと盛鉢を突き出して、無理やり俊成君に手渡す。戸惑うように受け取る彼を見て、私はじりじりとあとずさった。

「じゃあ、そういうことで」

 言い置いて、一気に走り去る。

「ちょっと待てよ、あずっ」

 俊成君が呼びかける声が後ろから聞こえたけれど、振り向かない。まるで一昨日の卒業式を繰り返しているみたい。だから駄目なんだってば。会いたかったけれど、会いたくて恋しくて寂しかったけど、でも三日くらいじゃ私は何も変わらない。おんなじことを繰り返してしまう。

「……おめでとうって、言えなかった」

 あっという間に家に着いて、ドアノブに手を掛けてつぶやいた。今家に帰ったら、おかあさんに「どうだった?」って聞かれるに決まっている。

 小さく首を振ると、私はゆっくり公園まで歩き出した。




 公園のブランコに腰掛けると、夜空に向かって白く息を吐く。

 もう俊成君、帰ってきたんだ。まだ夕飯前なのに。新幹線の力は偉大だ。

「でも、遠い」

 座る位置を直すように足を投げ出したら、ブランコがキィッと音をたてて揺れた。その無機質な音が冷えた夜の空気に染み込んで、余計に悲しくさせる。

 じっと月を見ていたら、白いものが降ってきた。雪だ。手のひらで受け止めるけど、あっという間に溶けて消えた。積もる雪ではないけれど、どうりで空気が冴えざえとしていたはずだ。鼻の頭とか頬のてっぺんとか、どんどんと冷えてゆくのは感じていたけれど、なんだかそれが心地よい。今の自分には合っている気がした。

 頭を冷やしたかったから。ついでに心も。

 俊成君の事を考えると、冷静でいられなくなる。うろたえて、みっともなくあがいて、結局今みたいに逃げ出してみたり怒鳴ってみたり。なんだか情けない姿しかさらしていない。清瀬さんのこと、抜け駆けしようと姑息なことも考えた。おばあちゃんとの約束を今更引き合いに出して、俊成君に詰め寄った。恋って全然きれいな感情じゃない。自分の中の欲望とか感情とか、全部噴出している。

 合格おめでとうって言えないのは、俊成君と離れてしまうのが寂しいから。一方的に怒鳴って逃げてごめんなさいって言えないのは、傷付いた自分を分かって欲しいから。このままじゃいけないって分かっている。俊成君が行ってしまうまでに仲直りをして、笑顔で送り出してあげなくちゃ。

 うつむいて、ぎゅっと目を閉じた。この寒さが自分の中に染み込んで、すこしでも熱を奪ってくれればいい。

「なにしてるんだよ」

 ざりって砂を踏む音がして、頭上から声がした。

「……別に」

 今一番会いたくて、でも会った途端に私のほうから逃げ出してしまった人が現れて、反射的に心が躍った。けれど、街灯に照らされた俊成君の表情はあからさまにむっとしていて、私はぶっきらぼうに答えながらも怯えてしまう。

「こんなところにいたら、冷えるだろ」
「すぐ帰るよ」
「じゃあ、送る」
「いい」
「あず」

 俊成君の手が伸ばされて、私の頬にそっと触れた。

「こんなに、冷たい」

 そういう俊成君の顔が苦しそうで、私は驚いて彼を見つめた。

 何で、そんな顔するんだろう。

「ごめんな、さい」

 なんだかよく分からないけれど、気が付くとそう言っていた。今の今まで、自分の感情しか考えていなかった。でも、私がしてきたことで俊成君をこんな顔にさせるのなら、謝りたい。何がいいとか悪いとかじゃなく。

 俊成君はそんな私をしばらくじっと見つめると、おもむろに短く言った。

「二時間十分」
「え?」

 意味が分からず、聞き返す。

「最短の、新幹線の乗車時間。確かに一番遅いのは三時間十八分かかるけど。でも最短に乗れば二時間ちょっとだ。」

 言い切られた後も、結局何が言いたいのかが良く分からなくて返事が出来なかった。つまりは、「新幹線で三時間」ってフレーズは違うってことなんだろうか。

「でも、それって新幹線の話でしょ? 家からは三時間以上かかるじゃない」

 どうしても突っ込まずにいられなくて、そう言った。なんだか自分が美佐ちゃんになった気分だ。俊成君は困ったように眉を寄せると、軽く息を吐き出す。その仕草に余計に責め立てている様な気になって、罪悪感が増した。

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