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おまけ:二人の時間

くら澤にて②

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「トシにこの店の予約入れさせたの、ユキ、あんたでしょ?」
「そうだっけ?」
「ビーフシチューなんて時間が掛かってなおかつ数が限定されるもん、予約じゃないと受け付けない。って言っていたじゃない」
「それは俺だけじゃないだろ」

 自分の放った余計な問いかけで、こんな事態を招いてしまった。そう十分理解している母は、なんとかして共犯者を作ろうとしている。しかしビーフシチューが要予約なのは、良幸のせいではない。それでもってその予約をキャンセルせず、律儀に店で冷戦状態に入っている二人も、良幸の関与するところではない。

 勘弁してくれよと厨房の奥に引込もうとしたところ、父兼店のオーナーから指示が飛んだ。

「良幸、五番はもう食事済んだんだろ。さっさと食器下げて来い。」
「俺?」

 たずねたが、キャベツの千切り作業に移ってしまった父はもうこちらを見ようともしない。共同経営者の母は早く行って来いと言わんばかりに顎をしゃくる。

「ったく」

 前掛けを放り投げて、一従業員である息子はテーブル席に向かった。



「なに辛気臭い顔しているんだよ」

 五番テーブルの前。腕を組み、仁王立ちになって良幸が客に声をかけた。

「ユキ兄」

 今まで黙りこくっていた当事者の片割れ、あずさがどこかほっとしたような顔で良幸を見上げる。一方の俊成は露骨に迷惑そうな表情でちらりと兄を見たきり、目を逸らしたままだ。

「可愛くねーな」

 どう説教してやろうかと思案する。確かに、俊成の焦りは分からないことも無い。遠距離恋愛で普段離れているから、どうしても相手の些細な行動で不安になる。これが自分のまるきり知らない男なら、多分こうまで反応はしないのだろう。下手にあずさが昔付き合っていた男だと知っているから、そしてその男自身のことも知っているから、二人でいるところを想像出来てしまう。こうなるともう、理屈ではなく感情だ。しかし、その感情をあずさにぶつけるのはいただけない。

 もうちょっと冷静になれよ、俊成。

 そう言ってやりたいのだが、今ここでそんなことを言ったら余計に感情を逆なでし、逆効果になりそうだ。気が付くと良幸までもが二人の暗い雰囲気に引き込まれ、黙り込んでしまっていた。

「……俊成君は、私を信頼していないの」

 ふいにそんな言葉が聞こえた。

「はい?」

 慌ててあずさを見つめると、視線を落とし今にも泣きそうな表情をしている。

「信頼していないから、私の行動に突っかかるんだよね。でなきゃ、圭吾に送ってもらってみんなで遊びに行こうって誘われたただけで、こんな不機嫌になること無いもの」
「え?」

 いや、それ違うから。

 つい出そうになる言葉を良幸は飲み込んた。いくらみんなと一緒と言えども、元彼に遊びに誘われた話を聞かされて機嫌がよくなる男などいない。信頼云々の以前の話だ。試しに弟を横目で見ると、黙りこんだまま顔にはっきりと、「なんでそうなるんだよ」と書いてある。

 俊成の行動は、分かりやすい。今の弟は只の駄々っ子だ。だが、自分にやましいことが無いあずさには、それが分からない。一方的な感情に対して自分が納得できるような理屈をつけようとしているから、おかしくなる。どんどんと二人の間に距離が出来てしまう。

「お前達なぁ」

 息を吐き出すと、良幸はどっかりとあずさの隣の椅子に腰掛けた。

「あず、お前デザートはなににする?」
「え?」

 腰掛ついでにあずさの肩に手を回し、そのまま頭を撫でてやる。俊成の表情がさらに険しくなったが、構わない。
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