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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です 第十章 蝶の夢(下)
第三十九話 黄泉から帰る(上)
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ユーリスが目覚めた時、目の前にはシルヴェスターがいて、ユーリスの目が開くと同時に痛いほど抱きしめられた。
シルヴェスターは泣いていた。
「すまない、ユーリス、すまない。私が愚かなばかりにお前にいらぬ苦労ばかりさせた。本当に本当に」
その言葉に、口調に、ユーリスはシルヴェスターが記憶を取り戻したことがすぐに分かった。
それから自分の手足を見つめる。
胸を何かに貫かれた後、自分は暗闇の中に落ちていった。
痛みもなく、ただそこは静寂で、どこまでも暗い世界。その中に落ちて、落ちていった。底を知れぬ場所をただ落ちていく。
あれは黄泉を渡る感覚だったのか。
そう。あの時、白銀竜エリザヴェータの“白銀の芽”に身体を貫かれて、ユーリスは絶命したはずだった。
それなのに、今、生き返っている。
一体どうやって自分は復活したのだ。
疑問の表情を浮かべるユーリスの前で、シルヴェスターは説明を始めた。
ユーリスが死んだ後、白銀竜コンラートとエリザヴェータが、真っ白い珠に姿を変えたこと。
そしてその珠を使って、ユーリスを復活させたこと。
「白銀竜達が、そんなことを」
白銀竜達は、珠にその身を変えず、ユーリスを復活させず、死なせたままでいることだって出来たはずだった。
でも、彼らはそうしなかった。
シルヴェスターに仕えることを望みとしていた白銀竜達である。何故そうしなかったのか分からない。そして自殺のように、自らの身を珠に変えたその行動も理解できない。
シルヴェスターは、ユーリスの身をきつく抱きしめ、もう一度謝罪の言葉を口にした。
「私は不甲斐のない男だ。お前の身を守ることも出来ず、白銀竜達に、ただ、だまされていた。そしてお前が殺されたときだって私は本当に何も出来なかった」
それは、シルヴェスターが白銀竜達の術中にあったからだ。
だまされているという意識すらなく、むしろ白銀竜達を信頼できる者と認識していたのだ。
記憶も塗り替えられ、ユーリスとの過去もすべて忘れている。
シルヴェスターが、ユーリスの身を守ることなど不可能だった。
ユーリスもまたシルヴェスターの背に手を回し、強く抱きしめ返す。
「そうですね。今度ばかりは私もヴィーを許せないかも知れません」
そんな言葉をユーリスがシルヴェスターの耳元で静かに告げると、シルヴェスターはビクリと身を震わせた後、苦し気に眉を寄せた。
「…………私の事が許せないか。ああ、でも、ユーリス、お前と別れることは勘弁ならぬからな。絶対に私はお前とは別れぬぞ。私に愛想が尽きたとしても、私はお前を手放すことなど出来ぬからな!!」
何故かそんなことを宣言するシルヴェスターを、ユーリスは呆れたように見つめた。
何を言っているのだという眼差しでシルヴェスターを見た後、ユーリスは笑い声を上げる。
「ヴィーが私に千回、いえ、万回の愛を囁いてくれたら許して差し上げます」
番のその言葉に、シルヴェスターは目を瞠る。
そしてシルヴェスターの中の、黄金竜ウェイズリーが憤懣やる方ない声で、騒いでいた。
(ユーリス、お主は甘い。甘すぎるぞ。シルヴェスターをそんなことで許してしまうのか!!)
ユーリスの可愛い約束事に、シルヴェスターは碧い目を和ませ、その唇に唇を重ねた後、早速、その約束の言葉の最初の一回目を、彼の耳元で囁いたのだった。
その後、ゴルティニア王国でシルヴェスター国王の治世はおよそ三世紀半続いた。三半世紀半の後、多くの国民や貴族、官僚達に惜しまれながら、シルヴェスターは退位した。退位後、ゴルティニア王国は貴族会議による統治が始まる。それからまた二世紀後には、広く民衆の間に“選挙”の制度が敷かれ、国民の代表と貴族の代表による合議体が成立した。いわゆる議会制である。ゴルティニア王国は、王国という名ではなくなり、ゴルティニア国と呼ばれるようになる。
その国にはかつて、黄金竜がいて、その黄金竜が国を護っていたという伝説がある。
黄金竜は王とその伴侶に加護を与え、王と伴侶は広大な領土を統治した。
二人仲睦まじく暮らした建国から三百年の時が、最も国が栄えたという話もある。
まるで御伽噺のように囁かれている話だが、ゴルティニア国の王城の奥にある秘密の部屋には、天空にある黄金竜の暮らす城に連絡するための、黄金造りの魔法のベルが置かれ、ゴルティニア国に何らかの危機が差し迫った時には、そのベルを鳴らすと、黄金竜が国に再び舞い降りて、その危機を解決してくれるという、嘘か真か分からない伝説が残されている。
シルヴェスターは泣いていた。
「すまない、ユーリス、すまない。私が愚かなばかりにお前にいらぬ苦労ばかりさせた。本当に本当に」
その言葉に、口調に、ユーリスはシルヴェスターが記憶を取り戻したことがすぐに分かった。
それから自分の手足を見つめる。
胸を何かに貫かれた後、自分は暗闇の中に落ちていった。
痛みもなく、ただそこは静寂で、どこまでも暗い世界。その中に落ちて、落ちていった。底を知れぬ場所をただ落ちていく。
あれは黄泉を渡る感覚だったのか。
そう。あの時、白銀竜エリザヴェータの“白銀の芽”に身体を貫かれて、ユーリスは絶命したはずだった。
それなのに、今、生き返っている。
一体どうやって自分は復活したのだ。
疑問の表情を浮かべるユーリスの前で、シルヴェスターは説明を始めた。
ユーリスが死んだ後、白銀竜コンラートとエリザヴェータが、真っ白い珠に姿を変えたこと。
そしてその珠を使って、ユーリスを復活させたこと。
「白銀竜達が、そんなことを」
白銀竜達は、珠にその身を変えず、ユーリスを復活させず、死なせたままでいることだって出来たはずだった。
でも、彼らはそうしなかった。
シルヴェスターに仕えることを望みとしていた白銀竜達である。何故そうしなかったのか分からない。そして自殺のように、自らの身を珠に変えたその行動も理解できない。
シルヴェスターは、ユーリスの身をきつく抱きしめ、もう一度謝罪の言葉を口にした。
「私は不甲斐のない男だ。お前の身を守ることも出来ず、白銀竜達に、ただ、だまされていた。そしてお前が殺されたときだって私は本当に何も出来なかった」
それは、シルヴェスターが白銀竜達の術中にあったからだ。
だまされているという意識すらなく、むしろ白銀竜達を信頼できる者と認識していたのだ。
記憶も塗り替えられ、ユーリスとの過去もすべて忘れている。
シルヴェスターが、ユーリスの身を守ることなど不可能だった。
ユーリスもまたシルヴェスターの背に手を回し、強く抱きしめ返す。
「そうですね。今度ばかりは私もヴィーを許せないかも知れません」
そんな言葉をユーリスがシルヴェスターの耳元で静かに告げると、シルヴェスターはビクリと身を震わせた後、苦し気に眉を寄せた。
「…………私の事が許せないか。ああ、でも、ユーリス、お前と別れることは勘弁ならぬからな。絶対に私はお前とは別れぬぞ。私に愛想が尽きたとしても、私はお前を手放すことなど出来ぬからな!!」
何故かそんなことを宣言するシルヴェスターを、ユーリスは呆れたように見つめた。
何を言っているのだという眼差しでシルヴェスターを見た後、ユーリスは笑い声を上げる。
「ヴィーが私に千回、いえ、万回の愛を囁いてくれたら許して差し上げます」
番のその言葉に、シルヴェスターは目を瞠る。
そしてシルヴェスターの中の、黄金竜ウェイズリーが憤懣やる方ない声で、騒いでいた。
(ユーリス、お主は甘い。甘すぎるぞ。シルヴェスターをそんなことで許してしまうのか!!)
ユーリスの可愛い約束事に、シルヴェスターは碧い目を和ませ、その唇に唇を重ねた後、早速、その約束の言葉の最初の一回目を、彼の耳元で囁いたのだった。
その後、ゴルティニア王国でシルヴェスター国王の治世はおよそ三世紀半続いた。三半世紀半の後、多くの国民や貴族、官僚達に惜しまれながら、シルヴェスターは退位した。退位後、ゴルティニア王国は貴族会議による統治が始まる。それからまた二世紀後には、広く民衆の間に“選挙”の制度が敷かれ、国民の代表と貴族の代表による合議体が成立した。いわゆる議会制である。ゴルティニア王国は、王国という名ではなくなり、ゴルティニア国と呼ばれるようになる。
その国にはかつて、黄金竜がいて、その黄金竜が国を護っていたという伝説がある。
黄金竜は王とその伴侶に加護を与え、王と伴侶は広大な領土を統治した。
二人仲睦まじく暮らした建国から三百年の時が、最も国が栄えたという話もある。
まるで御伽噺のように囁かれている話だが、ゴルティニア国の王城の奥にある秘密の部屋には、天空にある黄金竜の暮らす城に連絡するための、黄金造りの魔法のベルが置かれ、ゴルティニア国に何らかの危機が差し迫った時には、そのベルを鳴らすと、黄金竜が国に再び舞い降りて、その危機を解決してくれるという、嘘か真か分からない伝説が残されている。
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