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エピローグ 世界を照らす灯火

・エピローグ 5/5 - 兄貴には妹を見守る義務がある -

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「お兄ちゃんっ、来年から、2年生だねっ!」
「ああ、後輩が出来るな。年上にリチェル先輩と呼ばれてしまうな」

「え……っ、リチェルが、先輩……? お、おおっ、おそれおおい……っ!」
「先輩といえば……カミル先輩。卒業してしまったな……」

「うん……寂しい……」
「そうだな……。ま、いつでも会える」

 なんとかかんとかさんが退学になったのもあって、カミル先輩は念願の学年主席の座を手に入れ、先日マレニア魔術院を卒業した。
 故郷には帰らず、都ダイダロスで冒険者になるそうだ。

「お兄ちゃん……」
「なんだ?」

「お兄ちゃんはずっと……リチェルと一緒にいてね……? いなく、ならないでね……?」
「お兄ちゃんはリチェルとずっと一緒だ。ジュリオとトマスなんて目じゃないくらい、ずーーっと一緒だ」

「えへへ……結婚、するもんねーっ!!」
「お……おう……」

 トラムには運転手と3名ほどの同乗者がいる。
 そいつらがザワザワと騒ぎ始めた。

 子供の言うことだぞ?
 そう真に受けるな。
 兄貴は拒まず、ドンと受け止めればいい。

「本当に、してくれる……?」
「もちろんだ。大きくなってもリチェルの気が変わらなかったら――む?」

「あのねあのねっ、話、変わるけどねっ、ここに、名前、書いて!!」
「名前? これに名前を書けばいいのか……?」

 紙とペンを渡された。
 よく見えんが、俺はそれに自分の名前を記入してすぐに返却した。

 ザワザワと、また周囲が騒がしくなった。

「やったぁーっ!!」
「それ、なんだ? マレニアの外泊許可証とかか?」

「婚姻届!」
「そうか。……ちょっとそれ、もう1度、お兄ちゃんに見せてくれないか? てかどうやってそんな物手に入れたよ……っ?! すぐに渡しなさいっ!!」

「レーティアちゃんにね、相談したらねっ、こうしたらいいって教えてくれたのっ!」
「アイツめ……っっ」

 リチェルの年齢が年齢なので、その紙切れに有効力はない。

「これ見たら、お父さんもお母さんも、リチェルたちが本気だって、わかってくれると思う!」
「や……止め……止めて下さい……」

 ただ俺には非常に都合が悪かった。

「なんでー? 愛し合ってるのに、なんでー?」
「リチェル……お前……お前、成長、したな……」

「えへへーっ、そうかもー!」

 教訓。
 信頼しているからといって、なんでも言われるがままにサインをしてはならない。

「頼む、リチェル、それをこっちに渡してくれ……。母さんたちにそれを見せるのはまずい……」
「ごめんね……。リチェル、それはやだ!」

「お兄ちゃんを信じるんだ、リチェル!」
「やだ! ジュリオとトマスばっかずるい! リチェルもお兄ちゃんと、ずーっと一緒にいる!」

「そういう問題じゃないんだ、リチェル! 頼むからそれをちょっとだけ見せてくれっ!」
「やーーだーーっ!!」

 リチェルは有効力のない結婚届を、兄に1度たりとも渡すことはなかった。
 リチェルからしても、人間関係が永遠に続く証がただ欲しかったからだろう……。

 気持ちはわかるが、俺のハートは焦りに加速し、冷や汗とヒリヒリとした焦燥感が背筋を凍らせ、混乱した思考回路が気をおかしくさせた。

「結婚結婚っ♪ これで、お兄ちゃんと結婚っ♪」
「リ、リチェル……」

「えへへ……リチェル、本気だからっ!」

 リチェルは靴が飛んでしまわないか心配になるほどに足を揺すり、騙して書かせた婚姻届を幸せいっぱいに胸へと抱いていた……。


 ・


 その日、俺は夕食の席で、都で使われる本物の婚姻届けを家族の前に突き付けられるという、困難な試練に見舞われた……。

「グレイボーン、くん……?」
「これはどういうことです。これはあなたの字ですね? 説明を」

 いつもやさしいハンス先生から笑顔が消え、母さんが冷たい目で俺を見る……。
 ただ俺はサインをしただけだというのに、弁解も許されない。

 弁解はそれすなわち、リチェルを傷つけることになる。
 そればかりは断じて行えなかった。

「お兄ちゃんとリチェル、結婚するのっ!」
「俺を信じてくれ、母さん。ハンス先生も、そんな目で俺を見るな……」

「お兄ちゃんとリチェル、そーしそうあい、だから! ずーっと一緒なの!」
「……すまん、ちょっと1人で散歩に行ってくる。誤解するなよ、母さん、ハンス先生」

 リチェルに兄離れの気配はどこにもない。
 そろそろ兆候があってもおかしくないのだが、今でもリチェルは兄にベタベタだ。

 どうも、おかしい……。
 いや、前々から少しだけ、おかしいかなとは感じてはいたんだが……。
 やはりおかしい……。

 もしかして、まさか、俺の妹は……。

「ガチ、なのか……?」

 家を出て、明かりのほとんどない故郷の夜空を見上げて、俺はつぶやいた……。
 そんな自問自答に、故郷の風は何も答えてはくれなかった。

 いや……。


『別にいいじゃなぁーいっ!! とっとと結婚しちゃいなさいよぉーっ!! オホホホホホホッッ、アアタの人生最高ねぇーっっ!!』


 いや聞こえたような気もしたが、何も聞こえなかったことにして少し歩き、その後すぐに戻ってベッドへと入った。

 カマが選んだ世界で俺は明日も生きる。
 明後日も明明後日も、いくら目に入れても痛くない、世界で一番かわいい妹と共に。

 あの時薦めてもらったジゴロの人生も、学者の人生も、きっと悪くないものだったのだろう。

 だがカマの気まぐれで選ばれたこの人生には、誰よりも愛らしい妹と、大切な友人たちがいる。

 まだ始まって20年も経っていないが、最高の人生をありがとう神様と、そうつぶやいてしまいたくなるほどに、毎日が充実していた。

「お兄ちゃん……起きてる……?」
「ああ」

「ごめんね……。リチェル、嬉しくて……やり過ぎちゃった……」
「ははは……気にしてない、大丈夫だ」

「一緒に、寝ていい……?」
「ピィ……」

「リボンちゃんも、一緒に寝たいって……。いい……?」

 こんな状況でリチェルと寝たら、ますます母さんとハンス先生に疑われてしまうだろう。

「ピィィーッッ♪」

 だが俺は白くてフワフワの飛竜のタックルを胸で受け止め、リチェルをベッドの隣に誘った。

「お兄ちゃん、リチェルたち、ずーーっと、一緒だよ……?」
「ああ、お前が望むならそうしたらいい。兄貴には妹を見守る義務がある」

 ふわふわの気持ちのいいやつを間にはさんで、俺たちは目を閉じた。
 成長すればいつかはリチェルも気が変わる。

 きっと、たぶん、恐らくは、そのはずだ。
 今はそう信じて、妹の腹に掛け布団をかけた。
 たったそれだけの世話に、嬉しそうにはにかむ姿がやはり天使そのものだった。

 リチェルはこの世界を照らす灯火だ。
 視力0.01の何も見えない俺の人生に、リチェルは屈託のない笑顔と笑い声で光をくれた。

 だからリチェルが望むことはなんだって叶えてやりたい。
 まともに見えないもどかしさも、リチェルが代わりに世界を見てくれるおかげで、些細なことに変わる。

「おやすみ……お兄ちゃん……」
「ああ、おやすみ」

 俺は妹離れの出来ないダメな兄貴だ。
 もうお兄ちゃんは必要ないと、リチェルがそう感じるようになる日まで、俺は過保護で大げさなバカ兄のままでいよう。

 ちなみに婚姻届は、リチェルのバリアーの魔法によりコートされ、抹消困難であったと、付け加えておく……。
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