文字サイズ
小
中
大
特大
12 / 47
11.招待
「へー。それで招待されちゃったの! すごい、おとぎ話みたいな展開」
「笑い事じゃないよ……。いやもうマジで嫌なんだけど。王様って! なんかやらかしたら処罰されちゃうんでしょ!?」
ヴォルクの招待の翌日。ケイは休憩室で、ラスタと小声で悲喜こもごもな会話を交わしていた。
「いや、侯爵様が一緒ならそんな滅多なことにはならないでしょー。ココちゃんも一緒?」
「ううん。ココは小さいし、ヴォルクさんのとこで預かってくれるって。でも私、こっちの常識も礼儀作法も知らないし、何話せばいいかも話していいかも分からないよ……!」
「だから大丈夫だって。どうせ挨拶だけでしょ。……服は? さすがに侯爵様が用意してくれるんでしょ?」
「うん、何着か堅苦しすぎないドレスを用意しといてくれるって言ってたけど……。私、結婚式すらやってないのにいきなりドレスなんて大丈夫かな。顔こんな地味なのに」
「あー……、うん……」
じっ、とラスタの赤茶の目がケイのぼんやりとした顔を見つめた。まつ毛ビシバシのゴージャス美女は、ケイの言葉を否定も肯定もせずその顔を見て思案する。
「え。まさか髪結いと化粧も付くわよね?」
「…………。いや、言われてない……。えっ、どうしよう。一人で着られる? ていうかメイク道具大したの持ってないけど!?」
「あー……。侯爵様、そういうとこ抜けてそうだものね。いや一人で着れるわけないでしょ」
呆れたようにラスタに言われ、ケイはうなだれた。着替えはともかく、この地味な顔をどうにかしないと絶対にドレスに負けてしまう。勝てないことは分かっているが、せめてヴォルクに恥だけはかかせないようにしたい。
持っている数少ないメイク道具を思い浮かべて絶望の表情を浮かべるケイに、ラスタは大きく息を吐いた。
「いいわ、あたしが手伝ってあげる。貸し一つね。そうと決まれば院長に休みもらわないと」
それから数日後。侯爵邸に馬車で招かれたケイとラスタは、敷地内の別邸に通された。ココは先に寄った本邸の方で預かってもらっている。
初めて訪れる壮麗な邸宅にきょろきょろするケイと違って、ラスタは落ち着いた様子だ。館の主のような振る舞いの彼女をケイはなかば尊敬のまなざしで見上げる。
「なんでそんなに落ち着いてるの?」
「あたしは前にも配膳のお手伝いで来たことあるからね。……あ、ここね。はい、あとはやっとくから時間になったらお迎えお願いします」
案内役の使用人にラスタが手を振り、支度のために用意された部屋に入る。するとそこには、色とりどりのドレスが数着並べられていた。
「すごーい……」
「……わね。あつらえじゃないにしろ、これ全部一級品よ? さすが侯爵家。持ってるものが違うわ」
あちらの世界のドレスとはデザインがだいぶ異なり、全体的に古風な印象だ。と言っても、ケイが歴史や美術の教科書や映画で見たことがあるようなデザインでもない。
どちらかというと東欧寄りの、肌の露出が少ないドレスの数々はファンタジーの世界のもののようでケイは思わず見とれた。そんなケイを横目に、ラスタはてきぱきと準備を整える。
「さ、ものを選ぶのはあとよ。まずは脱ぎなさい! それから決めるから」
「えっ。いきなり!?」
「体型見ないと選びようもないでしょうが。ほら脱いで。経産婦の女同士なんだから恥ずかしいことなんてないでしょ」
「いや普通に恥ずかしいよ!? 分かった、自分で脱ぐから引っ張らないでって!」
「そうそう、さっさとそうすればいいのよ。一応コルセットも着けるからね。脱いだらこっちに来て――」
上着を無理やりまくられそうになり、ケイは慌てて飛びのいた。下着姿になってラスタの前までいくと、彼女は大きく目を見開く。
「……あんた。なにそれ」
「え?」
「胸! なにそれ!? そんなの聞いてない!」
「は?」
ラスタが驚愕したように叫ぶ。ケイが自身の胸元を見下ろすと、ラスタはそのふくらみを鋭く指さした。たわわに実った、丸い果実のような胸元を。
「はぁああああ!? そんなの持ってるならさっさと言いなさいよ! ていうか見せなさいよ! いっつもゆったりした服着てるから全然気付かなかった!」
「えっ。いや、見せるもんじゃないでしょ!? 全然良くないよ、こんなの!」
「良くないわけないでしょ!? 何その宝の持ち腐れ! 顔は地味なのに胸だけ豪華とかどんな落差よ!?」
「ひどっ! 本当のことだけどヒドい!」
ケイの胸は、人より少しばかり大きかった。膨らみが目立つのが嫌でいつもゆったりとした服を着ていたし、こちらの世界に来てからもそうだった。つい背中を丸めて縮こまってしまいそうになるのを、なんとかこらえてこの歳まで生きてきたのだ。
そんな胸をありがたがるラスタに対し、ケイはぶすっと反論する。
「……いいことなんて全然ないよ。重いし、肩凝るし、走ると痛いし。シャツの前は開いちゃうし、似合う服少ないし! 授乳してるときなんてもっと膨らんでほんと大変だったんだから!」
「なにそれ自慢?」
「自慢じゃない! とにかく、胸が大きくて良かったことなんて一度もない!」
最後は本気の怒りをブチまけたケイにラスタが気圧される。彼女は目を閉じてため息をつくと、上がったケイの肩を両手で撫でた。
「……大切な自分の体のこと、そんな風に言うもんじゃないわ。少なくとも、いいことは一つあるわよ。……あんた、きっとドレスが似合うわ。あたしが最高の女に仕立ててあげる」
それから約一時間後、本邸から馬車がやってきてケイとラスタは並んで出迎えた。
馬車から飛ぶように降りてきたのは本邸にいるはずのココだった。そのあとで、なんとヴォルク本人が直々にケイを迎えに来た。
「うわ~! ママきれい! おひめさまみたい!!」
「……っ」
予想以上の反応を返してくれたココに対し、ヴォルクはケイを見るなり目を見開いて固まってしまった。
今のケイは、若草色のドレスを身にまとい、まだアップにはできない長さの髪にパールの髪飾りをつけていた。襟元はレースで覆われ露出は抑えてあるが、腰を締められたおかげで豊かな胸が強調されている。
そして極めつけは顔だ。元の薄い顔立ちは言い換えれば自由自在なキャンバスとなり、濃い目のメイクが施されている。パーツは地味だが配置は悪くなかったため、ゴージャスではないがミステリアスな美女に仕立てられていた。
己の仕事に胸を張るラスタと対照的に、ケイはヴォルクの反応に不安になってしまう。
『ねえ、やっぱり化粧濃すぎじゃない? ケバいって絶対……!』
『それぐらいじゃないと負けるから! 大丈夫大丈夫、360度どこから見ても完璧だから!』
小声で囁き合うも、ヴォルクはいまだ無言のままで。ケイはたまらずこちらから話しかけることにした。
「あの、こんにちはヴォルクさん。ココまで連れてきてくれてありがとうございます。ご迷惑はかけませんでしたか?」
「あ……ああ。いや、大丈夫だ。使用人と楽しく遊んでいたようだ」
「うん! ココ、おいしいおかしもらった! おじちゃんもやさしかったよ!」
おじちゃんはやめて!と再び叫びそうになったが、ケイはぐっとこらえた。ここでココの機嫌を損ねては面倒だ。
ケイからの声掛けに我に返ったようなヴォルクがラスタに向き直る。
「ラスタ、手間をかけた。私の気遣いが足りずすまない」
「いえいえ。楽しかったですし、仕事扱いにして下さってこちらこそありがとうございます。どうですか侯爵様。あたし、いい仕事したと思いませんか!?」
「うむ……。そうだな」
ラスタの圧に押されたようにヴォルクが苦笑する。言わせてしまって申し訳ない…とケイが目を閉じると、ツンとドレスの裾をココが引っ張った。
「いいなぁ。ココもドレスきたい……」
「そっか。ごめんね、ママだけ着ちゃって。今度探してみようか」
「うん! ココね、プリンセスみたいになりたいのー! おじちゃんち、プリンセスのえがたくさんあったね!」
キラキラした目で無邪気に見上げられ、ヴォルクがしゃがみ込む。ココと目線の高さを合わせると、大きな手でその柔らかな頭を撫でてくれた。
「……ぷりんせすとは?」
「あ。えーっと、お姫様…ですね。元の世界でココがハマってて……たぶんドレス着てる人はみんなプリンセスに見えるんだと思います」
「なるほど。うちにある昔の肖像画をじっと見ていたのはそういうことか」
ココを見つめるヴォルクの目は相変わらず優しい。その目尻にうっすらと浮かぶ笑い皺にまたしてもときめきそうになり、ケイは腹に力を込めた。……いけない、いけない。
「侯爵様、そろそろ――」
「ああ、出立しよう。ココのことをよろしく頼む。ラスタも気を付けて帰ってくれ」
御者の声に促され、ヴォルクが立ち上がる。かっちりとしたダークグリーンの上着をまとった彼は、あつらえたような揃いの色味のドレスに身を包んだケイに手を差し伸べた。
「行こう。何も緊張することはない」
感想 0
あなたにおすすめの小説
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
冷徹公爵様は、身代わりの花嫁を檻(しんしつ)から逃さない 〜離縁するつもりでしたが、毎夜過保護に愛し抜かれています〜
「逃がすと思ったか? 20年待ったんだ、死んでも離さない」
没落寸前の実家を守るため、義理の妹の身代わりとして「冷徹公爵」と恐れられる軍事公爵スチュワート・バーンスタインに嫁ぐことになったリリアーナ。
結婚初夜、彼から冷ややかに告げられたのは
「君に構う暇はない。愛するつもりもない」
という非情な言葉。
怯えるリリアーナは「1年経ったら離縁して自由になろう」と心に決めた。
――はずだったのに。
なぜか翌朝から、スチュワートの様子がおかしい。
義務だと言いながら用意されるドレスや食事は、すべてリリアーナの好物ばかり。
庭でふらつけば、心臓を激しく脈打たせた彼に狂おしいほど強く抱きしめられ、
他の男(たとえ騎士であっても)と親しげに話すだけで、その綺麗な瞳を嫉妬で爛々と輝かせる。
(冷徹で恐ろしい公爵様のはずなのに……どうしてこんなに過保護なの!?)
スチュワートの重すぎる愛と異常な独占欲に翻弄され、戸惑うリリアーナ。
やがて耐えかねた彼女が離縁届を置いて城を出ようとした時、完璧だった公爵の仮面が、音を立てて崩れ落ちる――!
「君のすべてを買い取ったんだ。指先一本まで、二度と私の腕から逃がさない」
勘違いから始まる、冷徹(を装った)過保護公爵×健気な身代わり令嬢の、逃げられないほど甘く狂おしいシンデレラストーリー!
断る――――前にもそう言ったはずだ
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
黒の神官と夜のお世話役
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ド天然勘違い令嬢と狂愛公爵
薔薇の蕾がほころび始める初夏の午後、公爵邸の東屋(あずまや)には、冷ややかな空気が漂っていた。
「アリス、来週の王立夜会だが……共に参列する馬車の手配をしておいた。ドレスの色を教えてもらえれば、タイの色を合わせよう」
テーブルを挟んで座るアルフレッド・フォン・ローゼンベルク公爵令息は、完璧な仕立ての紺青の夜会服に身を包み、陶器のように滑らかな顔立ちで紅茶に口をつけていた。
氷の彫刻を思わせるアイスブルーの瞳には、一切の揺らぎがない。
その向かい側で、アリス・フォン・ベルンハルト伯爵令嬢は、優雅に扇を揺らしながら小さく頷いた。
腰まで届くプラチナブロンドの髪、彫刻のように整った鼻筋。
誰しもが見惚れる「氷の貴婦人」と称される冷ややかな美貌の裏で、アリスの脳内は大荒れに荒れていた。
(ああ……やっぱり。私のドレスの色なんて、どうでもいいのね。『タイの色を合わせる』だなんて、マニュアル通りの完璧な婚約者ムーブ。きっと心の中では、あの可憐なエリス男爵令嬢のことを想っているんだわ……!)
アリスの盛大な勘違いの根底には、ゆるぎない確信があった。
先日、王立庭園で見かけたのだ。
アルフレッドが、はかない雰囲気を纏ったエリス男爵令嬢から一輪の白いゆりを受け取り、それを胸ポケットに収める瞬間を。
実際には、その花には「公爵家の領地事業に関する極秘の暗号文」が仕込まれており、アルフレッドは冷徹なビジネスとして受け取ったに過ぎないのだが、アリスの脳内フィルターを通すと『身分差の恋に苦しむ切ない公爵男の密会』へと完璧に翻訳されてしまった────。
給仕係の私が触れた瞬間、王子様の番を探す水晶が光りました ~黒獅子殿下は半年前から、私を待っていたそうです~
黒獅子の王子レグルスの番を探す「番判定の儀」。
国中の令嬢が集められたその場で、給仕係のノエルは公爵令嬢に足を引っかけられ、思わず水晶に手をついてしまう。
その瞬間、水晶はまばゆい光を放った。
「不正だ」「誤作動だ」と騒ぐ令嬢たちを、王子はたった一言で黙らせる。
「この儀を望んだのは、お前たちの家だろう」
実は王子は、半年前から毎晩お茶を運んでくる彼女に気づいていて――。
没落男爵家の給仕と、一途すぎる黒獅子王子の番物語。
※この作品は、外部サイトでも掲載しております。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
子どものころから嫌いだった幼馴染は、私と結婚するつもりだったらしい
幼いころからアレクシスのそばにいるたび、リディアは周囲の令嬢たちから嫌がらせを受けてきた。何度も「嫌い」「離れたい」と訴えても、両親はそれを子どもの意地や照れだと思い、本気にしなかった。
十五歳で外国の高等学院へ留学したリディアは、魔道具職人として自立する道を見つける。そして十七歳の成人を迎えた日、彼女は伯爵家から離籍し、二度と故郷へ戻らないと決めた。
一方そのころ、アレクシスはリディアと結婚するつもりでいたことを明かす。けれどリディアは、そんな未来を一度も望んでいなかった。
これは、誰にも届かなかった「嫌だ」を抱えていた少女が、自分の人生を自分で選び取るまでの話。