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12 焦り
しおりを挟む扉が閉まり、すぐ開く。
「おい、待てよ」
芳樹は渡された小さなスニーカーを潰すわけにはいかず、はだしで追いかけた。
群青の道の中、芳樹に気づいた雪芽は走り出した。スクリーンに群青と焼ける空、そして二人の影。
かけっこはすぐに終わり、雪芽は息を切らし立ち止まった。
追いついた芳樹の一声はこうだった。
「俺、今日の夜また島でないとなんだけど。ちゃんとお別れしたい」
「は…急すぎない。何時」
「亥の初刻」
それは島でコンビニが閉まる一時間前だ。言葉を濁したり和らげたいときだけは、方言が言いやすい……。
「とりあえず、はい。靴」芳樹が差し出す。
「……」
出された靴に何を言うでもなく、沈黙。
「要らない」
芳樹はため息を漏らした。
「いいよ。じゃあもらっちゃうよ。もう足汚いし、いまさら返してもらっても帰るまで履けないし」
「はあ。彼女にでもあげようかなあ」
「彼女なんているわけないじゃん」
「まあ、いないんだけど」
「だいたい、仮にもそんな事人にしないでね。悪趣味だよそんなの。テキトーなこと言わないの」
そう言うと雪芽は歩き出した。
芳樹は追いかけるように横に行こうとしたが、
雪芽は「あんまり近づかないで」と言ってしまった。
しばらくして雪芽は、誰もいない空に吐き捨てるように言った。
「昔、私が言ったこと覚えてる?」
「何が」と芳樹は喉の奥でつっかえたが、何も言わないで話を聞いた。
「二十歳になる前に島を出ないと、私、泡になっちゃうかも。って。ほら、文字が読めなくなった時」
「だけど私、今はここを出ていくのも怖くなって……現実を考えたら、全部行き止まりに見える」
「芳樹が連れ出してくれるなら、何とかなるかも。って思ってたんだけど……なんだそれだよ……それもどうかと思う」
「はあ。私どうなっちゃうのかな……」
爪切りで切った細い手の親指の爪みたいに、月の両端が尖っていて、二人の心を切なくさせた。
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