僕は君のことを忘れるけれど、ボクはキミのことを忘れない

香澄 翔

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知らない君を探して

18.つまりはそういうこと

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 ふらつく頭のまま、僕は病院へと到着していた。

 今日はもともと定期診察の日だ。だからちょうどいい。いつもはいくつか検査をして具合が悪くないかを確認されるだけだけれど、今日は先生に病気のことを質問してみよう。

 自分に何が起きているのか知りたいし、先生なら何か知っているかもしれない。

 病気の話は以前にはストレス性の適応障害だといっていたけれど、もっと深いことを確認してみたら何かがわかるかもしれない。

 そう思い病院へとたどり着いたとき、彼女は僕の目の前に現れていた。
 会いたいとは思っていた。でも会いたくないとも思っていた。

 どう接したらいいのか、僕にはわからない。胸の中が再びばくばくと鼓動を強くしていた。

「こはる?」

 だからただ一言だけ彼女の名前を呼んでいた。

「うん。ボクだよ」

 彼女は長い髪を風で揺らしながら、ささやくような笑顔を僕に向けていた。
 もう沈もうとしている夕日が彼女を照らしていたが、光の加減で陰のようにも見える。

 君は誰なんだ。僕は声を漏らしそうになって、でもその言葉をぐっと飲み込む。

 それは僕だけが覚えている感情。彼女はきっとずっと覚えていたはず。

 こはるがこはるであることはわかっている。でも僕の知らないこはるとのやりとりがかつてあった。たぶんあったのだろう。

 僕は君を知らない。覚えていない。君についてどう思っていたのかもわからない。

 だから君が誰なのかわからない。それでも揺れる気持ちに、僕は彼女とどう接していいのか理解できなかった。
 そんな僕のことをまるで包み込むかのように、彼女はただ笑っていた。

「ここで待っていたら君と会えると思っていたんだ。学校の中じゃどんな邪魔が入るかわからないからね」

 こはるはどこか照れたような、それでいてどこか寂しげに見えるような小さな笑みを向けながら、僕を迎え入れる。

「今日は病院での診察の日だよね。ボクは知ってる。あ、とはいってもストーカーとかじゃないからね」

 彼女は何か照れをごまかすかのように笑うと、それから僕の隣へと立っていた。

 こんなに可愛い子が隣にいるというのに、そのこと自体には違和感を覚えなかった。それ自体はとても自然なことのように感じる。ライムに残された会話が、こはるとの関係を推測させていたのかもしれない。

 僕はやっぱり忘れているだけなのだろう。この距離感が心地よいとすら思えてくる。

「変なことを言うけど、ボクも一緒に診察に立ち会っちゃだめかな」

 彼女の言葉に僕はどう答えていいかわからなかった。

 彼女は僕の家族ではないし、僕はこはるのことを助けた時のことしか記憶に残していない。つまりほとんど他人だ。

 先生に聞きたいことはやまほどある。だけどその場に彼女がいたならば聞けないこともあるかもしれない。あるかもしれないけど。

「いいよ」

 僕は無意識のうちにうなずいていた。

 たぶんそれが必要なことだと思った。彼女は覚えている。だから僕よりもいろいろなことを知っているはずだ。その彼女が診察の時に話してくれたら、もっといろんなことがわかるかもしれない。そんな気持ちもどこかにあったかと思う。

 僕がこのふらふらの頭ですがるように病院に来てしまった原因が、彼女にあることは間違いない。だから本当は良くなかったのかもしれない。でもそれはこはるのせいではないし、それよりも誰か近くにいて欲しいと思ったのもあるとは思う。

 でもどこか理屈以外のところで、彼女と一緒にいたい。いてほしいと思った。

 かつてこはるは僕の恋人だったというから、僕の中にその気持ちが残っていたのかもしれないし。いまの記憶がないことに恐れを抱いていたからかもしれない。

 忘れてしまった記憶の中に答えがあるのかもしれないけれど、僕はとにかくそうするべきだと感じていた。
 わからないことばかりで、知らないことばかりで、頭が沸騰しそうになる。

 でももしかしたらとっくに沸点なんて超えてしまっていて、正常な判断が出来なくなっているのかもしれない。
 だから僕はこはると一緒に病院へと向かっていた。

 診察までの時間はまだ少しある。だから今のうちにこはるに何かきけることをきいておいた方がとも思う。でも何を訊いていいのかわからなかった。

 こはるも特に何も言わなかった。ただ彼女もどこか緊張した面持ちで、僕の隣で静かに呼び出しを待っていた。

 何も言わないまま時間が過ぎて、看護師さんの呼び出しにこはると共に診察室に入る。

「あれ、たけるくん。その子は?」

 先生は入ってきた僕とこはるの姿を見るなり、不思議そうな顔をしていた。
 なんと答えていいものかわからずに、戸惑いつつもこはるの方へと顔を向ける。

 でもこはるは冷静な声で答えていた。

「ボクは覚えているけれど、彼はボクのことを覚えていません。つまりそういうことです」

 こはるの言葉は何がそういうことなのかはわからなかったけれど、先生はそれで納得したようだった。

「なるほどね。確かに彼女にも話をきいた方がよさそうだ」

 やっぱりこはるは僕のことを知っているし、僕よりも僕の病気のことも知っているのだろう。先生は一人うなずくと、それから僕の方へと向き直った。
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