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9話
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アンガスとローラ、リーバイとグレンダの4人はグイベル家の馬車で街へ出かける事になった。
アンガスには見慣れた街並みでも、リーバイとグレンダは違う。 カウントリム様式の建物でも、所々にブリティニア様式が使われていたりしていて、2つの異なった様式が混じり合っている。
まずは馬車停めに馬車を停めて、4人は街中を目的もなく歩く事にした。
馬車から4人が降り立つと、周囲の視線が集まり、若い女性がアンガスとリーバイを見て黄色い声を上げる。 2人が並んで差し出しなれた様に、ローラとグレンダが馬車の降車の介助をする。
紳士然としたアンガスとリーバイへ、集まって来た若い女性たちがうっとりと溜息を吐いて見つめて来る。 女性たちの視線が背中に突き刺さり、アンガスの表情から感情が抜け落ちる。
(……変に目立ってしまいましたね……急いで場所を移しましょう)
貴族たちの煌びやかな様子に、声を掛けて来る平民はいないので、アンガスたちはすんなりと集まって来た衆人の中から抜け出せた。 何事もなく抜け出させた事に安堵し、アンガスはグレンダへ振り返った。
「では、最初はどちらへ向かいますか?」
街へ出かけたいと言い出したグレンダの意向を尋ねた。
「……そうですね」
グレンダは扇子を広げ口元へ持って行くと、リーバイの方へ視線を動かした。 グレンダの視線が自身に注がれている事に気づき、リーバイは眉を小さく動かす。
立ち止まっている4人に、すれ違って行く女性たちから秋波を送られてくる。 中にはローラやグレンダに秋波を送って来る紳士もいた。 が、アンガスの冷たい視線とぶつかっただけで、紳士たちはそそくさと立ち去っていく。
「普段、リーバイ様が行っている所がいいですわ」
普段、リーバイが行っている場所はローラの家だ。 にっこりと笑っているが、分かっていて言っているのか、グレンダの瞳は笑っていなかった。
リーバイは分かりやすく狼狽えた。 嘘はつけなさそうな男である。
「い、いやっ、俺は、普段はグイベル領へは来ないからっ」
「あら、そうですの?」
「ああ、そうだっ。 だから、ここもあまり来た事がないっ」
「まぁ、花街へは来た事がありますのに」
4人の間に流れる空気が一気に張り詰め、リーバイは完全に固まった。 アンガスは頭を抱え、溜息を吐いた。
(全く……行き成り、険悪な空気にしないでほしいですね……)
「その話は終わった事ですから、今更、突っ込みませんよ。 取り敢えず、通りの店を見て回りましょう」
「そ、そうですね。 そうしましょう」
ローラが頬を引き攣らせてアンガスに同意した。
(何故、私がこんな奴に気を回さないといけないんでしょう)
アンガスが先に歩き出すと、ローラが後を追いかけて来て、気まずそうにリーバイも追いかけて来る。 早速、爆弾を投げて来たグレンダは、感情の読み取れない笑みを浮かべて着いて来た。
4人は通りの店を順番に眺め、誰かが気になった店を見つけると、入って行った。
背後から気になる視線を感じ、気づかれない様に視線を動かす。 いつくかのグループがアンガスたちを尾行して来ている事に気づいた。
白銀の前髪で隠れた額に、白へびの鱗が浮き上がる。 金色の瞳が赤目の獣目に変わり、視界に色の着いた熱が色々な箇所に映し出された。
熱感知で調べた所、怪しい熱を発している者たちが付いて来ていた。 アンガスの護衛が居るのは分かっている。 グレンダも他国という事で、護衛が一緒に来ている事は知っている。
(後は……シュヴァルツ子息の監視ですかね……まさかとは思いますが、殿下はついて来てないでしょうね……)
◇
グレンダが来訪して来た夜、珍しくジェレミーから来訪したいという連絡が来た。 いつも来訪する時に知らせてくれたらいいのにと、思わずにはいられない。
アンガスは、目の前でジェレミーの声が聞こえて来る妖精を模した伝書に話しかけた。
「何っ! 明日はカウントリムから客人を街へ案内するから私の相手は出来ないだとっ」
「ええ、ですから、我儘を言われても、明日は殿下の相手は致しませんからね」
「むっ、普通は我の相手が先だろう……」
妖精の伝書が口を尖らせて抗議をして来る様子に、脳裏にジェレミーの不機嫌な顔が浮かぶ。
「承知しました。 お部屋を用意しておきます。 陛下のお許しは出ているので?」
「ああ、今回はちゃんと許可を取っている。 だから、転送魔法陣を使用できるから、直ぐに行けるぞ」
妖精を模した伝書が背中をのけ反らし、両手を腰に手を当ててふんぞり返った。 ジェレミーが伝書の向こうで実際にふんぞり返っているのだろう。 妖精は声だけでなく、相手の様子も模写する。
「……ですが、殿下が来ては令嬢が緊張してしまいますので、来訪は明後日にして下さい」
アンガスは足を組み替え、腕を組んで顎へ手を当てた。 ジェレミー側の妖精の伝書もアンガスと同じように動いているだろう。
「私も外国からの客人をもてなしたいぞ」
「殿下の客人ではありませんから」
「誰の客だ?」
「シュヴァルツ伯爵子息のお客様です」
アンガスの話を聞いた妖精の伝書がにやりと微笑んだ。 ジェレミーが伝書の向こうで悪知恵を働かせたのではないかと、アンガスの胸に不安が広がった。
◇
アンガスを尾行している視線は、まだついて回っていた。 簡単な熱感知の魔法なので、個人の特定は出来ないが、アンガスがグレンダを街案内すると聞いたジェレミーは自身も行きたいと言っていた。
ジェレミーが一緒だと、目立つ上に気を使い、仕事をさぼる口実に来たいと言っているだけだと分かっているので、丁重にお断りしていた。
(殿下は、諦めない方ですからね。 『自分も外国からのお客様をもてなしたい』と言っておられたが、正直……邪魔にしかならないですし)
ローラが気になった雑貨屋へ入ったアンガスたち一行。 ローラとグレンダが楽しそうに小物入れや、小瓶を眺めている姿が視界に入る。 アンガスは額の鱗を収め、ローラの後ろ姿を店の入り口近くで見つめていた。 隣で一緒に立っていたリーバイはいつの間にか、グレンダに腕を取られ、店の奥の方へ連れていかれていた。
(今更、気づきましたが……ローラとはお茶会ばかりで、出かけた事がなかったですね)
ローラのそばへ近づき、番の刻印が刻まれたローラの手が持っている小物入れに視線を移した。
「それが欲しいのですか?」
「あっ、アンガス様……その」
ローラが持っていた小物入れは、白地の陶器に金色で縁取りされ、小さい花柄の物だった。 真っ赤になったローラは陶器が割れない様にそっと元へ戻した。
「いえ、綺麗だなと思って見ていただけですから」
「そうですか。 では、別の物も見て回りましょうか?」
「はい」
『馬鹿っ、そこで買ってあげようかって言うものなんだよっ』
ボソッと誰かが呟いた声がアンガスの耳に届いた。 振り返ったアンガスの視界の先には誰もいない。 歩き出そうとしていたアンガスは足を止めて首を傾げた。 一歩先に進んでいたローラは、アンガスが足を止めたので、振り返って不思議そうにしている。 ローラには声は聞こえなかった様だ。
「アンガス様? どうされました?」
「……いえ、何でもないです」
気のせいかとアンガスはローラと一緒に店の奥へ進んで行った。
「ふぅ~、危ないっ! 見つかる所だったっ」
「……殿下、後をつけるなんて……悪趣味ですよ」
どうしてもリーバイの客人が気になり、ジェレミーはアンガスに内緒でグイベル領へ来ていた。
アンガスと視線が合いそうになった瞬間、ジェレミーとアダムは毛糸や生地が並べられた手芸コーナーの商品棚の影へ身を隠した。 生地が並べられた商品棚に張り付いたジェレミーの隣には、呆れた様な表情のアダムが肩落として立っていた。
「でも、来て良かったよ。 あの朴念仁っ! 買ってあげるとか言えないのかっ」
「……ローラ嬢もあの小物入れをものすごく欲しかった訳ではないと思いますよ」
「そうなのかい? でも、手に取るって事は気になったって事だろう?」
平民の恰好をしている2人は、怪しい動きで周囲から目立っていた。 生地を見たい他の客の邪魔をしている事にも気づかず、2人は商品棚に張り付いたまま、話を続ける。
「推測ですが……白地に金色がアンガスを連想させたから、無意識に手に取ったんでしょう」
「何故、そんな事が分かるんだ?!」
「ローラ嬢が小物入れを手に取る前、考え事をしているアンガスを見ていたので、そうだろうと。 アンガス本人は気づいていませんが」
「私も気づかなかったっ?!」
周囲に人が集まり、怪しまれている視線に気づいたアダムは、溜息を吐いた後『もう帰りましょう』と、ジェレミーに表情で訴えた。
「いや、まだだ。 面白いものが見られるかもしれないからなっ」
今まさに周囲の客から怪しまれ、ジェレミーとアダムが面白おかしく囁かれている事に、ジェレミーだけが気づいていなかった。
◇
ある程度、通りの店を覗いた後、アンガスたち一行は花街の近くまで来ていた。 休憩を取ろうと、飲食店が建ち並ぶ通りに向かっていた。 飲食店が建ち並んでいる通りは、花街のそばにあるので、必然と花街へ向かう事になる。
「この通りに、私の家が懇意にしている甘味処のお茶屋があるので、そちらで休憩しましょう」
赤い壁と赤い塗板の装飾、飾り灯篭は花街を連想をさせるが、軽食も出す普通の甘味処だ。 店の赤い壁伝いに店へ入りきらない客の為に、ベンチが並んで置かれている。 ローラとリーバイが花街へ入ろうとしている所を見かけた時、ジェレミーたちと待ち合わせしていたお茶屋だ。
昼食前の時間帯なので、まだベンチで待っている人もいない。 丸い窓から見える店の中は、満席にはなっていなかった。 アンガスたち4人は、ガラスの両扉を開けて左側にあるカウンターへ進んだ。
「大人4人だが、個室は空いてますか?」
「はい、空いてますよ。 ご案内しますね。 どうぞ、こちらへ」
カウンターの扉から出て来た店員が快く返事をして、個室へ案内しくれる。 『4名様、1番の個室へご案内』と店員の声が店内で響いた。 他の店員から元気な返事が返って来る。
案内された個室は入り口から入って右側にある個室で、少し奥まった場所にある。 カーテンで遮られた入り口から入りると、ガラス板のテーブルが視界に入る。 4人が余裕で座れる大きさだ。
自然と、アンガスとローラ、リーバイとグレンダと別れて向かい合って席に着く。
リーバイは、またアンガスに先を越され、不機嫌に唇を尖らせていた。 リーバイの様子を子供だなと、アンガスは盗み見てほくそ笑む。 アンガスも十分に子供だった。
「ここは饅頭だけでなく、軽食も美味しいですよ。 小さい店ですけど、個室は落ち着くんです」
「本当にいい感じのお店です」
ローラは個室の中を見回して笑顔を向けて来た。 喜んでくれたローラを見て、自然に緩んでいる頬に、アンガスは自身も喜んでいるのだと、初めて自覚した。
「ローラ、何でも好きな物を頼んで下さい」
「……えっ、いいのですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
真剣にメニューを眺めているローラに小さく笑いを零し、アンガスは頷いた。 一緒に来ているリーバイとグレンダの事など、頭にないかの様な2人に、グレンダとリーバイは呆気に取られていた。
自分たちに引いているリーバイとグレンダに気づいていたが、アンガスは2人を無視して、ローラとメニュー選びを楽しんでいた。
ローラが結構な量を食べ終わった後、グレンダが再びアンガスに提案をしてきた。
「今度は観劇へ行きたいわ。 ね、リーバイ様」
グレンダはリーバイの腕にそっと手を伸ばした。 さりげなくグレンダの伸ばして来た腕を避け、『忙しいから無理だ』と口をもごもごと動かしている。
何となく気まずくて、アンガスとローラはリーバイとグレンダから視線を逸らした。
「では、アンガス様、ローラ様。 今度、観劇へ行きませんか? リーバイ様には振られてしまいましたし、ご一緒してくださいませ」
にっこりと笑ったグレンダの瞳に、『当然、応援してくださいますわよね』と訴える眼差しが滲んでいた。 グレンダの迫力に押され、アンガスとローラは曖昧に頷いた。
リーバイは舌打ちを打ち、『ローラが行くのなら僕も行く』と小さい声で呟いた。
「観劇は、チケットの空きがあるか……確認するので、返事は待って下さると嬉しいです……」
「分かりました、待ちますわ」
鋭い視線をリーバイへ向けると、リーバイはつんとアンガスから視線を逸らした。
(……っ、本当にこの男はっ……)
劇場の席はグイベル家で年間予約をしているので、本当はいつでも観劇できる。 しかし、連日、遊び歩くわけにも行かない。 アンガスの脳裏に怒れる補佐官の顔が浮かび、『遊んでばっかりいないで仕事して下さい』と叫ぶ声も聞こえて来る。 アンガスは仕方がないと、グレンダの提案は先延ばしする事に決めた。
アンガスには見慣れた街並みでも、リーバイとグレンダは違う。 カウントリム様式の建物でも、所々にブリティニア様式が使われていたりしていて、2つの異なった様式が混じり合っている。
まずは馬車停めに馬車を停めて、4人は街中を目的もなく歩く事にした。
馬車から4人が降り立つと、周囲の視線が集まり、若い女性がアンガスとリーバイを見て黄色い声を上げる。 2人が並んで差し出しなれた様に、ローラとグレンダが馬車の降車の介助をする。
紳士然としたアンガスとリーバイへ、集まって来た若い女性たちがうっとりと溜息を吐いて見つめて来る。 女性たちの視線が背中に突き刺さり、アンガスの表情から感情が抜け落ちる。
(……変に目立ってしまいましたね……急いで場所を移しましょう)
貴族たちの煌びやかな様子に、声を掛けて来る平民はいないので、アンガスたちはすんなりと集まって来た衆人の中から抜け出せた。 何事もなく抜け出させた事に安堵し、アンガスはグレンダへ振り返った。
「では、最初はどちらへ向かいますか?」
街へ出かけたいと言い出したグレンダの意向を尋ねた。
「……そうですね」
グレンダは扇子を広げ口元へ持って行くと、リーバイの方へ視線を動かした。 グレンダの視線が自身に注がれている事に気づき、リーバイは眉を小さく動かす。
立ち止まっている4人に、すれ違って行く女性たちから秋波を送られてくる。 中にはローラやグレンダに秋波を送って来る紳士もいた。 が、アンガスの冷たい視線とぶつかっただけで、紳士たちはそそくさと立ち去っていく。
「普段、リーバイ様が行っている所がいいですわ」
普段、リーバイが行っている場所はローラの家だ。 にっこりと笑っているが、分かっていて言っているのか、グレンダの瞳は笑っていなかった。
リーバイは分かりやすく狼狽えた。 嘘はつけなさそうな男である。
「い、いやっ、俺は、普段はグイベル領へは来ないからっ」
「あら、そうですの?」
「ああ、そうだっ。 だから、ここもあまり来た事がないっ」
「まぁ、花街へは来た事がありますのに」
4人の間に流れる空気が一気に張り詰め、リーバイは完全に固まった。 アンガスは頭を抱え、溜息を吐いた。
(全く……行き成り、険悪な空気にしないでほしいですね……)
「その話は終わった事ですから、今更、突っ込みませんよ。 取り敢えず、通りの店を見て回りましょう」
「そ、そうですね。 そうしましょう」
ローラが頬を引き攣らせてアンガスに同意した。
(何故、私がこんな奴に気を回さないといけないんでしょう)
アンガスが先に歩き出すと、ローラが後を追いかけて来て、気まずそうにリーバイも追いかけて来る。 早速、爆弾を投げて来たグレンダは、感情の読み取れない笑みを浮かべて着いて来た。
4人は通りの店を順番に眺め、誰かが気になった店を見つけると、入って行った。
背後から気になる視線を感じ、気づかれない様に視線を動かす。 いつくかのグループがアンガスたちを尾行して来ている事に気づいた。
白銀の前髪で隠れた額に、白へびの鱗が浮き上がる。 金色の瞳が赤目の獣目に変わり、視界に色の着いた熱が色々な箇所に映し出された。
熱感知で調べた所、怪しい熱を発している者たちが付いて来ていた。 アンガスの護衛が居るのは分かっている。 グレンダも他国という事で、護衛が一緒に来ている事は知っている。
(後は……シュヴァルツ子息の監視ですかね……まさかとは思いますが、殿下はついて来てないでしょうね……)
◇
グレンダが来訪して来た夜、珍しくジェレミーから来訪したいという連絡が来た。 いつも来訪する時に知らせてくれたらいいのにと、思わずにはいられない。
アンガスは、目の前でジェレミーの声が聞こえて来る妖精を模した伝書に話しかけた。
「何っ! 明日はカウントリムから客人を街へ案内するから私の相手は出来ないだとっ」
「ええ、ですから、我儘を言われても、明日は殿下の相手は致しませんからね」
「むっ、普通は我の相手が先だろう……」
妖精の伝書が口を尖らせて抗議をして来る様子に、脳裏にジェレミーの不機嫌な顔が浮かぶ。
「承知しました。 お部屋を用意しておきます。 陛下のお許しは出ているので?」
「ああ、今回はちゃんと許可を取っている。 だから、転送魔法陣を使用できるから、直ぐに行けるぞ」
妖精を模した伝書が背中をのけ反らし、両手を腰に手を当ててふんぞり返った。 ジェレミーが伝書の向こうで実際にふんぞり返っているのだろう。 妖精は声だけでなく、相手の様子も模写する。
「……ですが、殿下が来ては令嬢が緊張してしまいますので、来訪は明後日にして下さい」
アンガスは足を組み替え、腕を組んで顎へ手を当てた。 ジェレミー側の妖精の伝書もアンガスと同じように動いているだろう。
「私も外国からの客人をもてなしたいぞ」
「殿下の客人ではありませんから」
「誰の客だ?」
「シュヴァルツ伯爵子息のお客様です」
アンガスの話を聞いた妖精の伝書がにやりと微笑んだ。 ジェレミーが伝書の向こうで悪知恵を働かせたのではないかと、アンガスの胸に不安が広がった。
◇
アンガスを尾行している視線は、まだついて回っていた。 簡単な熱感知の魔法なので、個人の特定は出来ないが、アンガスがグレンダを街案内すると聞いたジェレミーは自身も行きたいと言っていた。
ジェレミーが一緒だと、目立つ上に気を使い、仕事をさぼる口実に来たいと言っているだけだと分かっているので、丁重にお断りしていた。
(殿下は、諦めない方ですからね。 『自分も外国からのお客様をもてなしたい』と言っておられたが、正直……邪魔にしかならないですし)
ローラが気になった雑貨屋へ入ったアンガスたち一行。 ローラとグレンダが楽しそうに小物入れや、小瓶を眺めている姿が視界に入る。 アンガスは額の鱗を収め、ローラの後ろ姿を店の入り口近くで見つめていた。 隣で一緒に立っていたリーバイはいつの間にか、グレンダに腕を取られ、店の奥の方へ連れていかれていた。
(今更、気づきましたが……ローラとはお茶会ばかりで、出かけた事がなかったですね)
ローラのそばへ近づき、番の刻印が刻まれたローラの手が持っている小物入れに視線を移した。
「それが欲しいのですか?」
「あっ、アンガス様……その」
ローラが持っていた小物入れは、白地の陶器に金色で縁取りされ、小さい花柄の物だった。 真っ赤になったローラは陶器が割れない様にそっと元へ戻した。
「いえ、綺麗だなと思って見ていただけですから」
「そうですか。 では、別の物も見て回りましょうか?」
「はい」
『馬鹿っ、そこで買ってあげようかって言うものなんだよっ』
ボソッと誰かが呟いた声がアンガスの耳に届いた。 振り返ったアンガスの視界の先には誰もいない。 歩き出そうとしていたアンガスは足を止めて首を傾げた。 一歩先に進んでいたローラは、アンガスが足を止めたので、振り返って不思議そうにしている。 ローラには声は聞こえなかった様だ。
「アンガス様? どうされました?」
「……いえ、何でもないです」
気のせいかとアンガスはローラと一緒に店の奥へ進んで行った。
「ふぅ~、危ないっ! 見つかる所だったっ」
「……殿下、後をつけるなんて……悪趣味ですよ」
どうしてもリーバイの客人が気になり、ジェレミーはアンガスに内緒でグイベル領へ来ていた。
アンガスと視線が合いそうになった瞬間、ジェレミーとアダムは毛糸や生地が並べられた手芸コーナーの商品棚の影へ身を隠した。 生地が並べられた商品棚に張り付いたジェレミーの隣には、呆れた様な表情のアダムが肩落として立っていた。
「でも、来て良かったよ。 あの朴念仁っ! 買ってあげるとか言えないのかっ」
「……ローラ嬢もあの小物入れをものすごく欲しかった訳ではないと思いますよ」
「そうなのかい? でも、手に取るって事は気になったって事だろう?」
平民の恰好をしている2人は、怪しい動きで周囲から目立っていた。 生地を見たい他の客の邪魔をしている事にも気づかず、2人は商品棚に張り付いたまま、話を続ける。
「推測ですが……白地に金色がアンガスを連想させたから、無意識に手に取ったんでしょう」
「何故、そんな事が分かるんだ?!」
「ローラ嬢が小物入れを手に取る前、考え事をしているアンガスを見ていたので、そうだろうと。 アンガス本人は気づいていませんが」
「私も気づかなかったっ?!」
周囲に人が集まり、怪しまれている視線に気づいたアダムは、溜息を吐いた後『もう帰りましょう』と、ジェレミーに表情で訴えた。
「いや、まだだ。 面白いものが見られるかもしれないからなっ」
今まさに周囲の客から怪しまれ、ジェレミーとアダムが面白おかしく囁かれている事に、ジェレミーだけが気づいていなかった。
◇
ある程度、通りの店を覗いた後、アンガスたち一行は花街の近くまで来ていた。 休憩を取ろうと、飲食店が建ち並ぶ通りに向かっていた。 飲食店が建ち並んでいる通りは、花街のそばにあるので、必然と花街へ向かう事になる。
「この通りに、私の家が懇意にしている甘味処のお茶屋があるので、そちらで休憩しましょう」
赤い壁と赤い塗板の装飾、飾り灯篭は花街を連想をさせるが、軽食も出す普通の甘味処だ。 店の赤い壁伝いに店へ入りきらない客の為に、ベンチが並んで置かれている。 ローラとリーバイが花街へ入ろうとしている所を見かけた時、ジェレミーたちと待ち合わせしていたお茶屋だ。
昼食前の時間帯なので、まだベンチで待っている人もいない。 丸い窓から見える店の中は、満席にはなっていなかった。 アンガスたち4人は、ガラスの両扉を開けて左側にあるカウンターへ進んだ。
「大人4人だが、個室は空いてますか?」
「はい、空いてますよ。 ご案内しますね。 どうぞ、こちらへ」
カウンターの扉から出て来た店員が快く返事をして、個室へ案内しくれる。 『4名様、1番の個室へご案内』と店員の声が店内で響いた。 他の店員から元気な返事が返って来る。
案内された個室は入り口から入って右側にある個室で、少し奥まった場所にある。 カーテンで遮られた入り口から入りると、ガラス板のテーブルが視界に入る。 4人が余裕で座れる大きさだ。
自然と、アンガスとローラ、リーバイとグレンダと別れて向かい合って席に着く。
リーバイは、またアンガスに先を越され、不機嫌に唇を尖らせていた。 リーバイの様子を子供だなと、アンガスは盗み見てほくそ笑む。 アンガスも十分に子供だった。
「ここは饅頭だけでなく、軽食も美味しいですよ。 小さい店ですけど、個室は落ち着くんです」
「本当にいい感じのお店です」
ローラは個室の中を見回して笑顔を向けて来た。 喜んでくれたローラを見て、自然に緩んでいる頬に、アンガスは自身も喜んでいるのだと、初めて自覚した。
「ローラ、何でも好きな物を頼んで下さい」
「……えっ、いいのですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
真剣にメニューを眺めているローラに小さく笑いを零し、アンガスは頷いた。 一緒に来ているリーバイとグレンダの事など、頭にないかの様な2人に、グレンダとリーバイは呆気に取られていた。
自分たちに引いているリーバイとグレンダに気づいていたが、アンガスは2人を無視して、ローラとメニュー選びを楽しんでいた。
ローラが結構な量を食べ終わった後、グレンダが再びアンガスに提案をしてきた。
「今度は観劇へ行きたいわ。 ね、リーバイ様」
グレンダはリーバイの腕にそっと手を伸ばした。 さりげなくグレンダの伸ばして来た腕を避け、『忙しいから無理だ』と口をもごもごと動かしている。
何となく気まずくて、アンガスとローラはリーバイとグレンダから視線を逸らした。
「では、アンガス様、ローラ様。 今度、観劇へ行きませんか? リーバイ様には振られてしまいましたし、ご一緒してくださいませ」
にっこりと笑ったグレンダの瞳に、『当然、応援してくださいますわよね』と訴える眼差しが滲んでいた。 グレンダの迫力に押され、アンガスとローラは曖昧に頷いた。
リーバイは舌打ちを打ち、『ローラが行くのなら僕も行く』と小さい声で呟いた。
「観劇は、チケットの空きがあるか……確認するので、返事は待って下さると嬉しいです……」
「分かりました、待ちますわ」
鋭い視線をリーバイへ向けると、リーバイはつんとアンガスから視線を逸らした。
(……っ、本当にこの男はっ……)
劇場の席はグイベル家で年間予約をしているので、本当はいつでも観劇できる。 しかし、連日、遊び歩くわけにも行かない。 アンガスの脳裏に怒れる補佐官の顔が浮かび、『遊んでばっかりいないで仕事して下さい』と叫ぶ声も聞こえて来る。 アンガスは仕方がないと、グレンダの提案は先延ばしする事に決めた。
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