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京都編

陰陽師

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「大変失礼を致しました」

 俺を拉致した高校生が深々と頭を下げた。

 平安貴族のような服を着ている。
 映画で観た陰陽師と被って見えて、ちょっと不思議世界に入り込んだような感覚……俺の苛立ちはあっさり引っ込んでしまっていた。

 そいつはたちばな京一けいいちと名乗った。
 パニック状態だったおじさん達も、今は橘の後ろで額を床に擦りつけるように頭を下げている。

 橘はどう見ても高校生くらいだが、おじさん達を従えている様子からかなりの「お偉いさん」ぽい。
 自己紹介によると、橘家という由緒正しい家柄の当主様とのことだ。

「もういいから頭上げてくんないかな。俺は無害な一介の大学生だって分かってもらえればそれでいいから」

 俺の言葉に、おじさん達は恐る恐るといった様子で頭を上げた。
 しかし橘の瞳から警戒の色は消えない。
 観察するようにじっと見つめてくる。
 おい、その目怖いぞ。

「都築さんは京都旅行にいらっしゃったとのことですが、証明できるものはありますか?」

 俺は返してもらったカバンから一ノ瀬たち手作りの「旅のしおり」を取り出した。財布からは大学の学生証も引っ張り出し、しおりと一緒に差し出す。

「証明になるかは分からないけど、これに旅の行程が書いてある。日にちも入ってるだろ? 今朝、京都に着いたんだ。学生証の学籍番号で大学に問い合わせてもらっても構わない」

 橘はしおりと学生証をしばらく見つめてから納得した様子で返してくれた。

「逆に俺の方が聞きたいんだけど……俺、誰かと間違われて連れて来られちゃったんだよな?」

「……はい」

 それも単なる人違いなんてレベルじゃないはず、さっきのおじさん達の様子はただ事じゃなかったぞ。

「ここひと月ほど、京都のあちこちでいわゆる怪奇現象・心霊現象が多発しています。自然発生的なものではなく誰かの意図を感じさせるほどに」

「誰かって……まさか、俺がその『誰か』だと思われたのか?」

 申し訳なさそうに頷く橘の後ろで、おじさん達も神妙な顔をしている。

「なんで俺が?」

 橘は少し迷ったようだが、ようやく重い口を開いた。

「都築さんに、ものすごい量の厄が降り注いでいます……今現在も」

「厄……?」

逆凪さかなぎとお見受けします。最初に見た時には驚き、本当に心配しました。けれど都築さんはそれだけの逆凪を受けながら、何ひとつ悩まされている様子もない。よほどの術者でいらっしゃるのは明白」

 逆凪……それが何か、俺は八伏家のポルターガイスト事件で知った。

 そしてそれが俺へと向かってきている理由にも思い当たることがある。
 日本人形や壺などちょっとした「祓い」の依頼が来た時に店長が言ってたのだ。「逆凪対策面倒だから都築くんに流させてもらうね、よろしく」という言葉。記憶しているのは二、三回だが、あの人のことだ。俺が分からないのをいい事に、逆凪対策の防壁として俺を便利に使っている可能性が高い……というか、それしか考えられない! 店長め!

「しかしそれほどの術者なら、うちが把握していないとおかしいので……」

 全日本霊能力者連盟でも運営してるのか?
 なんにしろ、知り合いじゃないから悪者! って思考はちょっと危険な気がする。

「うち、というのは?」

「現在、橘家は全国の陰陽師のみならず有力な能力者の方々を把握して連携をとり、必要な場合には協力し合える体制作りを行っています」

 本当に連盟だった……。
 橘は逆凪が「見える」とのこと。そして、おじさん達の態度など色々総合的に考えて、こいつは陰陽師の中でもかなりの地位と実力なのだろう。

「ま、まぁ……誤解が解けて良かった! それじゃ俺はこれで……っ!」

 返してもらった「旅のしおり」と学生証をそそくさとカバンに突っ込む。
 よし! 帰るぞ!

「待って下さい! 都築さんの力をお貸しください。現在京都で頻発している現象の調査と解決にご協力をお願いしたいんです!」

「な、なんで俺が……っ!?」

「それほどの逆凪をまともに受けて何故ご無事なのかすら、僕には分からないんです。この未熟者に、どうぞお力を――…」

 勢いよくガバッと頭を下げる橘に、盛大な誤解を解く必要性を切実に感じる。
 俺は俯き、重い口を開いた。

「――…いんだ」

「はい?」

「…………ないんだ」

「は???」

 察しの悪い奴め!!

「俺! 霊力どころか霊感すら全くのゼロなんだっ!!」

「………………」

 一瞬、橘もその後ろのおじさん達もポカンと間抜けな顔をした。続いて大爆笑が巻き起こる。
 いやいやいや! 皆さん!! これ、冗談じゃないからーーーーっ!



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



「なにそれ、めちゃくちゃ面白いことになってるね!」

 俺のスマホのスピーカーから聞こえる店長の声は半分笑っている。
 どんなに説明しても信じてもらえなかった俺は、とうとう断腸の思いで店長へ連絡したのだ。
 俺と橘の間に置かれたスマホから聞こえる店長の声は、拉致られた従業員への心配など微塵も感じさせない。

「あ、そうそう! 橘くん、先日ご隠居からお中元にいただいた『くずきり』、とっても美味しかったですって伝えてくれるかな」

「えっ!? ちょっと! くずきりって……店長一人で食べたんですか!?」

「店じゃなく自宅の方へ送って下さったから……」

「…………」

 橘からの誤解は解けたものの、店長と俺の間に新たなしこりが生まれてしまった。

「それより都築くん、困ってるみたいだしお手伝いしてあげなよ」

「はぁああ? 何言ってんですか! 店長ならともかく、俺が役に立てることなんかありませんよっ!」

「本当にそう思う?」

「え……?」

「今まで都築くんは『祓い屋ムーンサイド』のアシスタントとして、しっかり役に立ってくれてるじゃないか……君になら、いや君にしかできないことがあると思うよ」

「俺にしか、できないこと……たとえば、面倒くさがりの誰かさんの逆凪を肩代わりするとか?」

「やだなぁ、都築くんってば根に持つタイプ?」

 ころころ笑う店長の声が憎々しい。

「そもそも俺はゼミ旅行中なんですよ! 今日だって七時の夕食点呼に間に合わなかったらゼミ旅行の評価が減点されちゃいます! 早く戻らないと!!」

 スマホで時間を確認すると六時を過ぎている! マズい!
 ここから宿までどれくらいかかるか分からないがグダグダ話してる暇はない。
 俺はスマホを掴み、店長との通話を切ろうとした。その時――…

「橘くん、都築くんの人形ひとがたを作ってあげて。それに都築くんの身代わりになってもらおう」

「承知しました」

 橘が目配せすると、おじさんの一人がどこかへ下がっていく。

「は? 身代わりって何ですか? その人形が俺の代わりに夕飯食べたり温泉入ったりするんですか?」

 俺が納得していないと感じたのだろう、店長は言葉を続ける。

「人形を友人の誰かの荷物にでも忍ばせておけば、都築くんはずっとその人と一緒にいると周りが認識してくれる」

「……認識?」

「人の認知機能ってのは、それくらいいい加減ってことだよ」

「…………」

 俺は通話を切りスマホをポケットへ突っ込んだ。
 おじさんのが人の形をした紙をうやうやしく運んでくる。その胸の部分には五芒星が描かれていた。

「すみません、都築さん。髪を一本いただけますか?」

「髪……?」

 俺は言われるまま、一本摘まんでぷつりと引き抜き、橘に渡す。
 橘は紙の人形に筆で何やら書き込み、髪の毛と一緒に折りたたんだ。
 そして蝋燭の火を吹き消すように、ふっと息をふきかける。

「できました」

「えっ!? そんな簡単に?」

 これが俺の代わり?
 俺は複雑な思いで橘の手の中の紙人形を見つめた。
 もうちょっとスリムで足長にスタイル良く作ってくれてもいいんじゃないかな。

「さきほどの『旅のしおり』をもう一度お借りできますか? そこに書かれている宿へこれを届けに行かせます」

「……分かった」

 俺はもうやけくそ気分で、カバンから再び引っ張り出したしおりを差し出した。


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