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ネクロノーム家

捕らわれの身(1)

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 母親との記憶の欠片から抜け出し、リーシャは瞼を上げた。
 はじめに目に入ってきたのは見知らぬ天井、いや天蓋だった。

「えーっと、たしか……火竜の攻撃を防いだ後……」

 ぼんやりとする頭の中で記憶を辿っていたリーシャは、ガバッと勢いよく起き上がった。
 思い出したのは魔法貴族であるネクロノーム家の次期当主、シリウスに正体がバレてしまい、その後催眠の魔法で眠らされてしまったという事だった。
 部屋を見渡すと、如何にも貴族の部屋というような造りの部屋が広がっていた。服も着心地の良い、ゆったりとした衣類に着替えさせられていて、非常に落ち着かなかい。
 リーシャは立ち上がると、窓の方へと歩み寄った。窓には格子が付けられていて逃げられそうにない。

「ネクロノームの持ち家なんだろうけど、ここどこの街よ……」

 窓から見える街並みにはまったく見覚えがなかった。たとえどうにか脱出できたとしても、来たことのないこの地から王都クレドニアムへ戻るとなると、また一苦労しそうだ。
 逃げ出すために使えそうな物はないか、部屋の中を詮索しようと振り向いた時、傍にあった低い棚の角に腕をぶつけたようで、ゴツンという鈍い音がした。ただ、ぶつかったはずの腕にさほど痛みはなく、音もおかしい。
 不思議に思い腕を見ると、見覚えのないものが手首にはめられていた。
 細かい装飾が彫られた手枷のようだ。どこかに繋がれているというわけではなく、装飾具と言われればそう見えなくもない形をしている。
 けれどリーシャはそれがただの手枷ではないとすぐに気がついた。

「魔力刻印……こんな時に付けられたってことは、たぶんアレ、だよね?」

 リーシャは炎を作り出すために、手に魔力を集めようとした。けれどうまく魔力がうまく集まらない。
 魔力が集まらないのは手だけの話ではなく、足に風属性の魔力を集め宙に浮こうと試みるけれど、浮き上がるどころか全く風は起きなかった。

「やっぱり……抑制の魔道具だよ、これ……」

 リーシャは過剰な魔力を流し込み破壊を試みた。けれど魔道具はかなり強力な物のようで外れそうにない。これでは魔法を駆使しての脱出は不可能だ。

「うそでしょ……ってことは、ここから逃げるには人に見つからないように、玄関から出て行くしかないんじゃ……」

 ほぼ魔法に頼りきりのリーシャに、そんな事が出来るかは怪しいところだった。

「うまくいくかな……」

 近くにあった椅子に腰を下ろし、目の前のテーブルで頬杖をついて今後の事を考え始めた。


 トントンーー

 脱走計画を練っていると、部屋の入口の扉が叩かれた。

「はい、どうぞー」

 思わず呑気に返事をしてしまい、リーシャはしまったと両手で口を押えた。
 おそらく危害を加えられはしないだろうけれど、相手のテリトリー内で誰かもわからない人物を、何の用意もなく招き入れるのは軽率過ぎる行動だった。

「失礼いたします」

 扉が開かれる前に聞こえてきたのは女性の声。現れたのは料理を乗せた台車を携えたメイドだった。
 メイドはリーシャの方を向くと軽く頭を下げた。

「本日より奥様の侍女を仰せつかった、メリッサ・ハイラントと申します」

 メリッサは表情が乏しく、少しとっつきにくそうな印象のメイドだった。

「ど、どうも……って、奥様⁉」

 メリッサの雰囲気に呑まれ一瞬聞き流しそうになったけれど、聞き捨てならない単語に気付いたリーシャは思わず声を荒立てた。
 そんな大きな声にもメイドは身動き1つせず、冷静に淡々と答えた。
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