星に牙、魔に祈り

種田遠雷

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32、剣戟

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 中天に向け、矢をつがえて弓を引き絞り、放つ。
 夜半の暗い空に矢が飲み込まれ、沈黙が沈む。樹人の森にひそむ虫や獣の息づかいは遠く、ベルとナハトの言った通り、樹人達もあれから囁きひとつ寄越さない。
「聞こえた!」
「聞こえたぁ」
 数秒をおいてベルとナハトが同時に声を上げ、大体の距離と方角を同じように口にするのに、頷いた。
 空を通して城を飛び越えた向こうへと、狙った通りの場所に矢が立ったのを確認し。
 上手くいきそうだと睨んで、次の矢を番える。
 獣人達が耳をそばだて、走り回って確かめた古城の大きさを囲むよう、二矢三矢と休まず打ち込んでいく。
「うえ、気持ち悪くなってきた…」
 レビが声を濁らせ、そうか?全然分かんねえ。などと獣人達が応じているのを耳に入れながら、赤鉄あかてつの結界を閉じていく。
 こちらが身を隠すここは結界の外ということになるが、力の源を遮る巨大な壁を築くようなものだ。己自身、弓を引く力が鈍くなってくる。
「聞こえた」
「聞こえたぁ」
 12本目の矢を打ち終え、弓を下ろす。
「ん? まだ20数えてねえぞぉ?」
 ナハトが首をかしげるのに頷いて返しながら、自分の弓を下ろし、人間用にとビーネンドルフで求めた弓に持ち替える。強く速い矢を放つためにあつらえた己の弓では、結界の内に入った時に引けなくなってしまうからだ。
「残りは城の中を移動しながら配置する。今放った12本に注意していてくれ。回収する頃合いも方法も一任するが、必ず持ち帰る」
 わかった。へぇい、と返る声に、頼むと顎を引いて。
 リーへと振り返り、目で頷き合う。それからレビへと目配せして、駆け出した。
 当然に異変を察知したのだろう、灯りを隠した南の出入り口から谷のエルフが数人現れ、だが、機敏に動けず戸惑っている様子も見て取れる。
 鈍い足を引きずるようにして、闇に紛れるよう岩陰草陰を渡りながら城へと近づいていく。
 互いに警戒を呼びかけ、混乱を押し殺すようにして、索敵さくてきのために周囲へと散開していく数人をやり過ごし。一陣が声同士を届けられぬほど離れたのを見てから、影に隠れたまま最初の矢を放つ。
 うめき声が上がり、敵襲!と、声が飛び交うのを聞きながら、駆け出す。
 矢を番えたまま身を低く、谷のエルフ達が警戒する出入り口を中心に旋回するよう、距離を保って移動し。矢を放っては走り、走ってはまた放って、入り口を固める者達を倒していく。
「あそこだ、――グッ!」
 己を見つけ、指さしたエルフの背後から、忍び寄ったレビが斬りつけ、応戦しようと動いた次のエルフを己が射ち倒す。
「なんだこれは…!」
「魔術が使えない、何をした…!」
 体が重い、と、混乱の声が飛び交うのを沈めるよう、エルフ達を地に伏せさせる。背後では遠く、獣人に各個撃破されているのだろう、索敵に出た者達の悲鳴が聞こえ。
 弓を構えたまま入り口へと駆け、倒れた谷のエルフ達を押しのけるようにして、城へと押し込み。駆け込んでくるレビとで扉を閉じ、かんぬきを掛けてしまう。
 入口の両脇に一本ずつ、赤鉄の矢を立て。もう一矢、奥へと続く石積みの廊下が途切れる辺りへと放ち。
「平気か、ケレブシア」
「いやつらい」
 即答に、そうか、と案じようと口を開き掛けたところで、小さく舌を出されて瞬く。
「思ったより平気だよ。行こう、大分外に出てきたと思うけど、まだいるはずだ」
「気をつけてくれ。魔術師に比べれば、剣や槍を扱う者は立ち直りが早いかもしれない」
 ああ…分かる…、と、わざとげんなりしたような声でレビが応じるのに、その微妙な調子に込められる揶揄に苦笑しながら、弓に次矢をつがえた。
「なんだ、どうなってる!」
「まだ術士は見つからないのか! 外へ出た連中はどうなった!」
 途切れ途切れにランプが灯りを落とす廊下を抜け、身を潜めながら谷のエルフ達が右往左往する小さな広間を窺い。地下へ続くのはどの道かと、枝分かれする別の廊下への間口を数え。
 離れていく者をまた見送り、地下があるはずの塔の方角に留まる者へ、矢を放つ。
 ギャ!と悲鳴が上がり、それを聞きつけたのだろう幾人かがまた戻ってくるところへ、上から獣が降ってくる。
「なんだ!?」
「何か…、…グァッ!!」
 獣に変じて高窓から忍び込んだリー達が、まるで容易いとでもいうよう、ヒトの姿に戻ることすらなく、広場に戻るエルフ達に飛び掛かっている。
「行こう。先にもいるかもしれない、気をつけてくれ」
 レビを促し塔へと駆けていく先で、一人だけまるで悠々としたよう、剣を携えたエルフが目的の間口から現れ、立ち塞がる。
 低く手を上げてレビを制し、おそらく指揮官であろう彼の前に、己も足を止めた。
「なるほど…。高貴なるエルフ同士の戦いに、獣人やら魔物もどきやらを引き込むなど、森のエルフも形振なりふり構わぬものかと思えば。黒い短髪に葉色の瞳…――噂に聞こえた“戦場の奇術師”殿か」
 思いがけぬ二つ名を持ち出され、短く目を剥く。
 ずいぶん昔の戦で、まだ若く血気盛るままに立てた作戦が、功を奏したものの騎士らしからぬと、大いに皮肉を込めて身内からつけられたものだ。
 不名誉ほどよく知れるものか、と、己の業を腹に思い知りながら、弓を上げる。
 互いに常のようには動けぬ。ならば、弓矢の方が速い。
「生憎、魔術にも奇術にも才はないようだ」
 皮肉に応じぬ己に指揮官は肩を竦め、剣を構える。その姿勢だけで、手練れであることがうかがえた。
「――抜け、森のエルフ。貴様、騎士であろう」
 腰に下げているのは飾りか、と、目で示され、一瞬迷って。だが矢を外し、弓を負い直した。
 鞘から長剣を抜き、対面に身を置いて、構える。
 それを待ってから駆け込んでくる足は、まさしく人間並みに鈍いというのに、対峙する剣には迷いが見て取れない。その上、向き合い慣れたエルフやオークよりも遅いと目では見えていても、こちらの身体も常のようには軽くない。
 まるで型の手習いのごとく正しく打ち込まれる剣を、意外に思いながら正しく剣で止め。
「何をしているか愚か者ども!! 獣の相手などせず谷へ増援を呼びに行け!!」
 己の剣を押さえつけたまま、目もやらず声を張る指揮官に、思わず目を剥き。それから歯噛みする。
 向こうでも己が指揮官だろうと見て押さえ、旗色を変えようというのだろう。
 獣人達との攻防の空気が変わったのを耳にだけ入れながら、身ごと押し込むよう剣を払いのける。
「追う必要はないぞ! 増援が駆けつける頃には、ここはもぬけの殻だ!」
 わずかの間混乱した足音が、すぐに分かれていくのが聞こえる。
 打ち込まれる剣を払い、斬りつける剣を止められ、互いを削り取ろうと、引かず打ち合う。だが、向こうが手練れだ。剣術を得手とする動きであるのが分かり、己がそうではないと伝わったと、示すように指揮官が笑う。
 一瞬の隙をついて剣を弾き飛ばされ、後退する。
「ハルッ!」
 掛けられる声と共に、風を切る音。見えてはいるが、身体の方が普段のようには動かない。リーが投げ寄越した剣を危うく受け取り。崩してしまったバランスを我が身に巻き込むように小さくまとめ、遠慮なく振り下ろされる長剣の下を、床に転じてくぐり抜け。
 受け取ったリーの剣を右に、己の剣を左手に、思いがけず拾い上げる。
 再び打ち下ろされる剣を左で受け、そのまま押し上げるよう退けながら、右で胴へ薙ぎ払う。たたらを踏んで下がる相手を追って立ち上がりながら、左右の剣を使い分け。打ち込み、払い、斬りつけ防ぐ夢中の頭に、浮かんでいる姿がある。
「悪くない。だが、付け焼き刃だな」
 ガン!ガギン!と、重い音を立てて左右の剣を順に跳ね上げられ、咄嗟に引き戻して次斬を辛うじて受け。押されるように足が下がる。
「ケレブラス殿!!」
 北側の廊下の方向か、張られる声に緩んだ剣を払いのけ、けれど大きく後退されて次打は空振る。
「邪魔をするな!」
「ただちにお戻りください! 王命です!」
 名を呼ぶ声には振り向かなかった指揮官と、己までも思わず、その言葉に振り返る。
 数歩後退りして剣を腰に収める指揮官に、だが、塔の方向から、また別の数人が現れるのが見え、こちらは構えを解けない。
「私は谷へ戻る! お前達はこやつらを一掃してから来い!」
 伝令と共に現れたらしい、続くエルフ達が剣士や槍手であるのが見て取れる。動きが鈍りながらもすかさず陣形を取り、リー達を手こずらせているのが見て取れる。
 城内の様子に構わず背を向けていく指揮官を、訝しい思いで見送りながらも、追う余裕はない。
 こちらにも剣士が二人、槍手が一人。間合いを詰めようと構える敵から、ジリと後退りし。
「ハルカレンディア! 伏せろ!」
 背後からの声に咄嗟に身を低くする、その上を蛇のような業火が飛び込み、瞬く間に三人を火に巻く。突然のことに悲鳴を上げるところへ飛び掛かり、槍手を斬り倒し、剣士を切り伏せ、振り返ったところへ、最後の一人をレビの魔術が倒すのを見る。
 目を丸くしてレビを振り返る向こうへ、獣人達も駆けてくるのが見え。
「…驚いた。結界の影響がなかったのか」
「なくはねえよ」
 ぽつりとした、どこか戸惑うような声で、自らの手を見つめているレビの傍に、ヒトの姿に戻ったリー達も集まり。
「咄嗟に詠唱して、気づいたんだよ。谷のエルフ達と違って、魔術が使えた。…威力は半分くらいだけど」
 己も含め、封じられたエルフの力。だが、その効能がレビには半分ほどだった。
 ああそうか、と、半エルフである彼の血に思い当たり。顔を上げたレビが、少し難しい顔でそれを肯定するように頷く。
「助かった、レビ」
「さすが我らが魔術師様だな」
「おっっせーよ! 出し惜しみしてんじゃねーよ!」
 仲間達が口々に掛けている声を聞く限り、あの僅かの間に、レビの支援で残りの全ても倒してしまったということか。
 ともあれ、と、ひとつ息をつき。
 地下への入口があるはずの、塔へ続く廊下へと目を向けた。
「行こう」
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