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第1章

6 この暑さは地獄 ④

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   担任の先生を連れて部屋に入ってくると、友人たちが心配そうな顔を見せてくれた。

「「「マティルダ様」」」

「具合は如何いかがですか?」

「突然、お倒れになり驚きましたわ」

「その後、あの場は大騒ぎでしたのよ」

覚えてないふりしてるけど、あの内容で騒がない方がおかしいわ。
思い切り、派手はでに倒れたしー。
知らん顔しなくては…。

「ああ、そうでしたか。
ごめんなさい、私ったら…。
何ひとつ、覚えていないのです!」

堂々と嘘をつき続ける彼女を、誰一人疑う者はいない。

「そうでございましょうとも!
倒れてしまう程、酷い有り様でしたもの!」

同情するように1人の令嬢が話すと、2人の令嬢たちも後を追うように慰めてくれた。

「暑くてボーっとして前を見たら、あの二人が涼しげにベンチで座ってるのを見てしまい。
そうしたら目が段々とチカチカして、気づいたらここにおりましたのよ」

辛そうに額に手をやると、周りから同情の声がかかる。

「無意識に、口から出てしまったのね。
そうで…、御座いましたか」

「マティルダ様が、あんな言葉をお使いするなんて!
この暑さで、気がおかしくなったからでしたのね」

「私でも二人を見たら、怒りで頭が変にもなりますよ。
それも…、体の関係を持っていたなんてね!
あっ!私ったら恥ずかしいわ。
マティルダ様…、失礼を申しました」

気まずくなる保健室に、男性である担任の咳払いだけがやかましく響く。

「明日からは夏休暇に入るし、噂は新学期には収まるだろう。
サンダース令嬢、君は優秀な生徒だ。
堂々と学園に帰って来なさい。宜しいですな」

先生の優しい言葉にマティルダは、みっともなさと励ましで緊張の糸が途切れてポロポロ涙を流す。

婚約者と妹の裏切り、両親の自分と妹の差別。
それなのに、今までは涙すら出なかったのに…。

「はい…、有難うございます。
泣いてしまって、すみませんでした。
ただ、なぜか自然に涙が……」

家族には愛されなかったが、こうして私を見てくれている人たちがいる。
それでもう、いいではないか。
その気持ちは考えるより、先に感情として出てしまう。
彼女をその姿を見て、気の毒に思ったその場の全員。

エドワードは良い案が浮かんだと、明るい表情を振りまいて話し出す。

「これから君たちも、王宮に来てお茶でもしないか?
サンダース伯爵令嬢は、王宮で暫く静養することに決めたのだ」

素敵なお考えだと、令嬢たちも賛同したがー。

「殿下、親であるサンダース伯爵の了承は取り付けたのですか?」

友人の一人で、エドワード第一王子の婚約者候補のブルネール侯爵令嬢が釘を刺す。

「これから、母上に相談してからだ。
君も、一緒にいて身近で聞いていたんだろう。
妹と婚約者が…、彼女は精神的にショックを受けている」

「殿下の仰るのは、もっともですわ。
マティルダ様が家に戻られたら、妹でもあるアリエール様と…」

「領地へ戻られたら、同じ屋根の下でお暮らしをしますものね」

婚約者候補の伯爵令嬢たちが、それはそれは心配そうに話す。
友人想いの優しい自分たちを、殿下にアピールしたかったのか…。

どうして、エドワード殿下の婚約者候補たち3人と友人なのかって?

それはエドワード殿下と母上で王妃様のお願いなの。
婚約者持ちで、どこの派閥にも属さないサンダース伯爵家の私にお願いをしてきたからだ。

 あの時、王妃様との初めての謁見えっけんを思い返す。

「エドワードから、優秀で口が固いと聞かされてね。
折り入って貴女に、頼みたい事があるの」

生徒会の調べもので王宮にある図書室に行き、学生寮へ帰宅する前に王妃様に捕まった私。
今思えば殿下はワザと、この時間を作るために連れてきたのではと疑う。

「王妃様が、私に頼み事ですか?!」

伯爵令嬢にすぎない、学生の身分の者にー?

「エドワードに、5人の婚約候補を立てました。
王太子妃になる勉強会に貴女も参加して、彼女らの人柄と見て欲しいのよ」

「……、私ですか?!
申し訳ございませんが、荷が重く役に立たないと存じます」

紅茶を飲み王妃様の顔を見ないように、目線を外して頭を下げる。

「知識や礼儀を勉強できるのよ。
それに、未来の王太子妃とつながりも持てるわ。
サンダース伯爵家と貴女にとっては、得する事ばかりではないかしら」

確かに、そうだけどー。

今でさえ、学業や生徒会に。
父の手伝いで精一杯。
婚約者がいるって言われても、彼は妹とお茶したり出かけていて私より親密。
知らない人が見たら、妹アリエールが婚約者みたい。

もうこれ以上は、時間に余裕がない。
父に婚約者ハロルド様との交流時間を作りたいと、仕事量を少なくしてってお願いしても聞き届けてはくれない。

どうして、私ばかり頼んでくるの?
頼みやすい顔や態度をしているのかしら?
あなどられているのか、それとも親しみやすいから。

普通に友人を作り、買い物やお茶しに街に行く時間すらない。
アリエールは自由に楽しんでいるのに、姉で長女でサンダース家の後継者だから…。

ドス黒い煙が私の心に入ってくる。
知っているの、この黒煙は生まれた瞬間に入り込んでいたことをー。

そして、ずっと前からー。

アリエールとハロルド様が、関係を持っていたのをー。
いつかは使われるだけ使われて、私は家族と婚約者に捨てられる。

アリエールが私に代わり、サンダース伯爵家を継ぐのだから。
これを、私は偶然に聞いてしまった。

あれから、私は家から逃げ出す事ばかり考えて生きている。
マティルダは精神的に病みそうになっていた。

こうして、ただの伯爵令嬢は。
王族との縁が、少しだが繋がっているのだ。
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