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Ep.6.5-1《下着を買いに行こう!》

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アーニャとリリアが落ち合ういつものカフェにて。

「ねぇアーニャちゃーん」
「なに?」
「もっと可愛い下着履こうよ」
「やだ」
「私すごく可愛いい下着売ってるお店知ってるんだけどさ、そこの下着履いてくれたら……感覚遮断グミ30個あげる、って言ったらどうする?」
「…………やだ」
「40個」
「…………」
「50個」
「…………い、いや――」
「100個」
「――っ!?」

というやりとりがあったのが一時間前のこと。
アーニャは普段あまり行くことがない、フロンティア内の高級ブティックが並ぶエリアに足を踏み入れていた。
他のフロンティアエリアと違って周囲を歩く人々は落ち着いた衣装が多く、いつものアーニャのようなコスプレ的な衣装を着ている人は一人もいない。
黒ずきん衣装だと目立つのでラフなブラウスとスカートの衣装で来たのだが、どうやら正解だったらしい。

「ほーら、こっちこっち」

人が行き交う中リリアの後をついていくと、まるで西洋のお城の一部を切り取ったかのような店構えの洋服店にたどり着く。

「い、いかにも高そうなお店……ね、ねぇリリア、私こういうお店入ったことないんだけど……」
「大丈夫大丈夫、お店の人が一番可愛いの選んでくれるから」
「いや、でも……」
「もー、ここまで来たんだから行くよ! ほら!」
「ああちょっとっ!」

まるで風呂に入るのを嫌がる猫のようにその場に留まるアーニャだったが、リリアに腕を引っ張られ、無理やり店内に引きずり込まれる。
そして一歩足を踏み入れた途端、他のお店とは違う空気感にアーニャは呆気にとられる。
床の材質やほのかに香る清涼感のある匂い、見てるだけで興味をそそる衣服や小物が並べられたレイアウト。
魅力的な空間作りのためならば1ミリたりとも妥協しない、そんな思いが伝わってくるかのような空間だった。

「いらっしゃいませ。あら、リリアさんじゃないですか」

店内に入ると、入り口の一番近くにいた背丈の高いブロンドヘアの女性店員がリリアに声をかける。

「ヴィオラさん久しぶり~。今日はこの子に可愛い下着を見繕って欲しいんだ」
「リリアさんのお友達ですか? いいですよ、フィッティングルームまでお越しください」

楽しそうに二人で話し合うその後ろで、アーニャは小声でリリアに話しかける。

「し、知り合い?」
「私この店の常連だから。ほら、行くよ」
「わ、わぁっ!」

リリアはアーニャの後ろに回り込むとアーニャの背中をグイグイと押して、店の奥まで押していく。
そうして店員と共にお店の奥にある試着室へ、半ば無理やり押し込まれた。
ギリギリ両手を広げられるくらいの狭い空間に、ヴィオラと呼ばれていた店員と二人っきり。
整った顔立ちに高級感のある衣服に身を包んだ彼女を前に、アーニャはなぜだか緊張してしまう。

「お客様、それでは採寸しますので、脱いでもらえますか?」
「はい……え、ええっ、脱ぐんですか?」
「はい、でないと正しいサイズが測れませんので」

淡々とそう告げるヴィオラに対し、あたふたと視線を泳がせるアーニャ。

「あ、あの……フロンティアの衣装ってそんなことしなくても自動でサイズが合う仕様ですよね……?」
「確かに一般的なものはそうですね。ただ自動サイズ調整機能のついた衣服は体系によっては美しく見えないこともあるんです。特に胸やお尻の形、柔らかさは人によって違うので。それに見たところ、お客様のモデルはデフォルトで用意されたアバターではありませんよね。表情筋の動きが素敵です……プロのモデラーさんに作ってもらったんですか?」
「や……それは……」

(やっぱり分かる人には分かるんだ……そういえばリリアも初めて会った時、それに気づいてたなぁ……)

アーニャのモデルは妹に作ってもらったものだが、それを言ってもいいのかどうかアーニャは悩む。
数秒の間口を閉ざしていると、ヴィオラがハッとした表情に変わる。

「おっと、詮索はいけませんね。お客様のプライバシーを守らない店員は嫌われてしまいますから。とはいえ、デフォルトのアバターを使ってないなら尚更です。自動サイズ調整のついた衣服は多くの場合デフォルトのアバターで綺麗に見えるようにデザインされている一方で、それ以外のモデルで利用されることは想定されていませんからね」
「な、なる、ほど……」
「だからこそお客様の体を隅々まで計測した上で、一番似合う下着を提供したいんです! 分かっていただけましたか?」
「は、はい……」

ギラギラと輝いた目でそう言われ、アーニャはそれが眩しくてさっと視線を背ける。

(き、きっと仕事に妥協できないタイプの人なんだなぁ……)

アーニャは下着なんてさほど興味なくただ感覚遮断グミが欲しかっただけなので、その熱量の違いで逆に申し訳なくなる。

「分かっていただけて何よりです! ということで、脱いでいただけますか?」
「う……」

完全に逃げ道を失ったアーニャ。
とはいえこの狭い空間に二人っきりという状況にどうしても馴染めない。

(べ、別にお店の人はただの仕事で、きっと女の子の裸なんて今までたくさん見てきたはず。だから、そういう目では見られてない……はず……何を緊張しているんだ私は……)

そうしてアーニャは店員の視線を感じながら、ゆっくりと服を脱いでいく。
試着室はカーテンがかかっている背後以外の壁は全て鏡張りでできていて、色んな角度から自分の姿を見ることができた。
ただ人前で衣服を脱ぐ自分の姿など見たくもないアーニャは、自分の姿を気にしないように視線を逸して一枚一枚衣服を脱ぎ捨てていく。

「ぬ、脱ぎました……」
「あ、下着もお願いします」
「え……」

淡々と業務的にそう伝えるヴィオラ。

(や、やっぱ下も脱がないといけないんだ……)

俯いて自分の体を見据えるアーニャ。
アーニャの下着は女性用アバターのデフォルト衣装のものであり、特に色気はない白いスポーツ下着だった。
恥ずかしいからという理由で今まで下着を変えずに来たが、こんな立派なお店のスタイリストの前でこんな色気のない下着を晒すのは逆に恥ずかしいような気がしてきて、アーニャの顔がだんだんと赤らんでくる。
震える手でブラの裾をつまんでいる中、ヴィオラはただニコニコした笑顔でアーニャを見つめていた。

(き、気にしちゃだめだ……こういうのは恥ずかしがったら、逆に恥ずかしいんだから……)

そう心の中で思いながらアーニャはブラを脱ぎ捨て、隠すものがなくなった胸元を自分の手で隠す。

「ぬ、脱ぎました……」
「あっ、下もお願いします」
「うっ……そっちもか……」

もうここまで来たら、行くとこまで行くしかなかった。
ショーツを脱ぎ捨てて、一糸纏わぬ姿となる。
ふと前を見ると、鏡に真っ赤な顔になった自分の姿が見え、そっと視線をそらす。
だが逸らした先にも鏡があって、視線の逃げ場を失ったアーニャは逃げるように床に視線を落とした。

「はい、じゃあサイズを測っていきますね」

そう言ってヴィオラはメジャーを取り出し、アーニャの胸や腰、腹部や太もものサイズまで測定していく。

「んっ……」
「ちょっと痛かったですか?」
「だ、大丈夫です……んぅ……っ」

細いメジャーが体をギュッと締めるたびに、甘い声が漏れる。
それが恥ずかしくて、アーニャは必死に歯を噛み締めて口を閉ざした。

「はい、計測OKです。まずは私が適当に見繕ったものを履いてみましょうか」

そう言ってヴィオラは自身の腕輪端末を操作する。
しばらく何かを入力していると、手元にポンと畳まれた白い布が現れた。

「じゃあ私が着せますので、お客様はそのまま気をつけしててくださいね」
「え、あ、はい……」

自分で着れるので大丈夫です……と言い出すこともできず、アーニャは言われるがままにその場に気をつけをする。

「それでは、右足上げてください」
「……はい」
「今度は左足を」
「……はい」

布の擦れるくすぐったい感覚が下半身に伝わる。
そしてその感覚がスーッと腰の辺りまでやってきて、腰回りにフィットする。
ややひんやりとした感覚があるのはサテン生地の触り心地だろうか。
着慣れたいつもの下着に比べて身につけている感覚は軽く、布が少ないのかスースーする感じがして落ち着かない。

「こ、これ……お尻の方、全然布が……」
「可愛いですよ。ブラの方も取り付けますね」

今度は胸元に手を回され、ブラを取り付けられていく。
乳房を掴まれてブラの内側に綺麗に収まるよう押し込まれる。
声を上げないように必死に耐えていると、後ろからパチンとホックが閉められる音がした。

「はい、ブラも取り付けましたよ。どうでしょうか?」

ヴィオラは後ろからアーニャの肩を掴んで、姿勢が良くなるように正す。
そしてずっと俯いているアーニャの顎を掴んで、無理やり前を向かせた。

「――っ!」
「すごく可愛いと思いますよ、ね、どうでしょう?」
「は、はい……可愛いと思います……」

鏡に映るのは、刺繍レースが入った透け感のある白い下着を身につけた自分の姿。
似合っているかどうかで言えば、やや背伸びしている感はあるものの、アーニャは自身の姿に一瞬見惚れてしまう。

(う、うわぁ……私大人っぽい下着着てる……)

普段とはまるで違う自分の姿に、心臓がドクンと高鳴る感覚がした。

「どうです? もっと色んな下着、着てみますか?」
「は、はい……」

照れながらも、そう返事をする。
最初はリリアの我儘に付き合うだけのつもりだったが、だんだんと乗り気になるアーニャであった。
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