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婚姻式
しおりを挟む婚姻式の朝は早い。陽が昇ると同時に起こされ、ニーナは入念に私の体をほぐし清めた。
陽が昇る時に汲む水には神の息吹が宿ると言われている。月の神が浄化し陽の神が息吹を吹き込む。月と陽の神両方の神力が宿るのはその時だけ。新郎新婦はその清めの水で体を清め、神の目の前に立てる。
私は先に教会へ行き準備をする。婚姻式が終わるまで口に出来るのは清めの水だけ。私は水を一口口に含んだ。
純白のドレスに身を包み鏡に映る私の顔は幸せそうに笑っている。
いつからだろう。作らなくても笑えたのは。笑顔を絶やさないようにしていた。私は貴方の敵ではありませんとそう示す為に。
そして、形だけでも夫婦として過ごそうと、『妻の役目』として甲斐甲斐しくお世話をした。始めは作り上げた新妻を演じていた。それがいつからか演じなくなった。
いつしか自然と笑みが溢れ、一緒に過ごす毎日が楽しく、手を繋ぐだけで嬉しいと感じ、肩を抱かれ温もりが伝われば幸せだと感じた。
始めは敵意剥き出しのリーストファー様も次第に笑うようになり、私を見つめる瞳には熱が宿るようになった。
お互いの間に流れる空気は温かく、心が休まり穏やかになった。諦めていた。私は愛を手に出来ない者だと。でも、愛を手に出来た。
私は彼を愛してる
控室を出るとお父様が待っていた。お父様のエスコートで教会の扉の前まで向かう。
「ミシェル、お前が奴を幸せにしてやれ」
「幸せにしてもらうのではなくてですか?」
「奴は重いものを持ちすぎる。それこそ身動きが取れないほどのな」
「はい…」
「だが奴に重い枷をはめたのは我々だ。過去は過去と割り切れないのは事実。失ったものの大きさの分だけ人は空っぽになる。だが空っぽのままでは生きていけない。だから人はそこに憎しみや恨みを入れる。
だがなミシェル、人を満たすものは心だ。心から尽くし、心から相手を思い、心から愛する気持ちは、いつしか憎しみや恨みさえも消し去る。そしてかけがえのない人となる」
「はい私もそう思います」
「身動きが取れないくらい重いものを持っているのが奴だ。奴を奴のままお前が幸せにしてやれ。そして奴の心が一杯になるまでお前の愛を注いでやってほしい」
恨みも葛藤もリーストファーの一部。そもそも始めて会った時からその姿が私にとっての彼の姿。そして私はそんな彼を愛してる。
扉が開き私はお父様と教会の中に入った。この国では婚姻式に友人や知人を招く。私には友人や知人と呼べる人はいない。リーストファー様も招くような友人はいないと言った。お互いの家族が見守る中私達は今日婚姻式を挙げる。
教会に入った瞬間、私の瞳には雫が溜まった。一歩一歩とゆっくりリーストファー様に近づくにつれて、雫が私の頬を伝う。こんなに早く涙を流す新婦は私くらいだろう。それでも涙を止めることができない。そして私は今日一日涙を流し続ける。
私は見つめる。愛しい人の凛と立つ立ち姿を。私を見つめるその視線を。
お父様から受け取った私の手を取り、神の目の前まで共に歩く。ゆっくりとゆっくりと進むその先で神の像は優しい顔をして私達を見つめている。
神の目の前で夫婦の誓いをたて、私達は教会の扉まで向かう。
リーストファー様に合わせ、ゆっくりとゆっくりと、家族に見守られながら私達は進む。時々ふらつきながらも、それでも私の手を離さず、私もリーストファー様を支える。
私達はこれからもこうしてゆっくりゆっくり進めばいい。お互い手を取り、支えあいながら、二人で共に…。
扉が閉まり肩にのしかかる重み。
「悪い、ハァ…、少しだけ、肩を、ハァ…、貸してくれ」
私は肩に乗るリーストファー様の手に手を重ねた。
「どうぞ」
「はあぁぁ……」
額に汗をかき辛そうな顔をしているリーストファー様。
「私の愛しい人は私を驚かすのがお好きのようです」
「驚いたか?」
「それはもう。涙でせっかくのお化粧が落ちちゃいました」
「ククッ、入ってきた時から泣いていたもんな」
「そうですよ。せっかくの晴れ舞台なのに」
「俺の奥さんはそんな顔も綺麗だ。ドレス姿も綺麗だ。扉が開いた時どこの女神が舞い降りたんだろうと思ったくらいだ」
「それは言い過ぎです」
「いいや、本心だ」
「杖をご用意しますか?」
「いや、今日は杖は必要ない。その為にワンズと練習してきたんだ」
「私に隠れて努力していたんですか?」
「当たり前だろ、格好悪い姿なんか見せられない」
リーストファー様の部屋から大きな物音がしていたのは、杖無しで立ち歩く練習をしていたからなのね。ふらつき家具に体をぶつけながら、それでも毎日毎日コツコツと練習をしていた。
この日の為に…
私の為に…
「もう、泣かせないで下さい…」
リーストファー様は私の涙を指で拭った。
「こうして歩けるようになったのは、何度も歩けと叱咤激励されたからだ。あの時はふざけやがってと思ったが、今思えばあの時歩けと言われなければ俺はこうして歩けるようにはならなかった。俺一人なら足は動かないと諦め動かそうとも思わなかった。
ありがとな、絵を探そうと毎日俺を誘い一緒に歩いてくれて、何も言わず俺に合わせてくれて、ずっと見守ってくれて、ありがとな」
リーストファー様は私を抱きしめた。私もリーストファー様の背に手を回した。私の首筋に顔を埋めたリーストファー様。私の肩がリーストファー様の涙で濡れている。
「ありがとな…」
私は顔を横に振った。
教会の扉の前、夫婦で涙を流し抱き合っている。
私は今日という日を忘れない。
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