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――ある日、【ふわふわハート】に思わぬ珍客が来訪した。
その日は朝にロニカの飯を作って、すぐに仕事場である【ふわふわハート】に出向いて、店長のメリエールさんと一緒に商売に勤しんでいたのだ。
今頃ロニカはちゃんと与えられた仕事をこなしているだろうかと不安になりながら、パンの補充にトレイに載せたパンを店頭に並べていた時だった。
――カランコロン。
来客を示す鈴の音が鳴り、
「いらっしゃいませ、ようこそ【ふわふわハート】へ」
と、いつものごとく営業スマイルを向けると、そこにはまだ寒い季節でもないというのに、全身をすっぽり覆うような厚手のコートを着用し、頭には顔を隠さんばかりのテンガロンハットのような大きな帽子を被った人物が立っていた。
珍しいな、見たことないけど旅人か?
つい言葉を失ったが、どんな客でも客として対応しなければと、固まっていた笑顔を柔らかくして出迎える。
「お客様、初めてですよね。どうぞ、こちらのパンが焼き立てですよ」
リピーターになってもらうためにも、焼き立てで美味いパンをススメたが、そいつはそのパンを一瞥しただけで、すぐに顔を俺へ向け直した。しかも無言。
「え、えっと……」
他に客がいないのは幸いか。接客に気まずさを出している俺を他の客に見られないことがまだ救いだった。
だが心の中では工房にいるはずのメリエールさんが来てくれればと願っている。
しばらく沈黙が続いたあと、ようやく客の方から声が聞こえた。
「…………パンを」
「は、はい?」
ぼそぼそと言われたので聞き取れなかった。
けどずいぶん低い声だな。多分男だコイツ。
「…………辛くて美味いパンを」
「か、辛くて美味しいパン、ですか?」
「……ないのか?」
「い、いえあります!」
多種多様のパンが売りの店が無いとは口が裂けても言えない。
「ではこちらの《カレーパン》はいかがでしょうか?」
「……一つもらおう」
「80ドリです」
無言で金を差し出してきて、俺はそれを受け取って確認する。
「はい、ちょうど頂きます。では袋に」
「いや、このままでいい」
「え――」
いきなり手掴みで、そのまま口へと運び一口齧ってしまった。
少し驚いたが、出来栄えとしては問題ないはずなので黙って感想を待つ。
「…………美味い」
小さかったが確かに聞こえたその言葉にホッとした――が、次の言葉で緊張感が増す。
「だが、これは違う」
「ち、違う?」
「これではまだ物足りない。これではない。これではあの方を満足させることなど……」
「あ、あの……」
「お主っ!」
「は、はい!」
いきなりぐわっと俺の両肩に手を置いて詰め寄ってくる。どうでもいいけど、《カレーパン》を握った手で肩を掴むのは勘弁してほしい。
「今のよりもっと辛いものはないのか!」
「え、えっとぉ、ありますけど」
「ならそれを頂きたい!」
どんだけ辛いもの好きなんだよコイツ。でもまあしゃあない。
俺はあまり需要はないので数は作ってないが、店内の端に設置してあるあるパンを持ってきた。
それはコッペパンの真ん中を切り、そこにソーセージとハバネロソースとマスタードをたっぷりかけた、コアな客しか買わない商品だ。俺が作ったのだが、絶対に食べたくない一品である。
「こちらは《超絶・激辛ホットドッグ》といいます。ですが本当に辛いのですが、よろしいですか?」
「うむ、頂こう」
躊躇なく金を払い、これまた躊躇なく食べてしまった。
しばらくモグモグと口を動かしていた客だが、急に胸を押さえながら俯き身体をプルプルと震え出す。
「お、お客様! 大丈夫ですか!」
慌てて近づいた瞬間、
「かっらぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃっ! 辛いわ愚か者ォッ! 儂を殺す気かゴルァァァッ!」
「ええっ、理不尽ですよっ!?」
だから辛いって言ったじゃん! 普通はちょびっとずつ食べるのに、一気に半分以上も食うアンタが悪いし!
とは声に出せないのがもどかしい。
「クロくぅ~ん、どうかしたの~? 何か凄い叫び声が……」
「あ、メリエールさん! 水をお願いします!」
「え? あ、うん、りょう~か~い」
事情を呑み込んでくれたのか、顔を見せたメリエールさんが工房からコップに入った水を持ってきてくれた。
その日は朝にロニカの飯を作って、すぐに仕事場である【ふわふわハート】に出向いて、店長のメリエールさんと一緒に商売に勤しんでいたのだ。
今頃ロニカはちゃんと与えられた仕事をこなしているだろうかと不安になりながら、パンの補充にトレイに載せたパンを店頭に並べていた時だった。
――カランコロン。
来客を示す鈴の音が鳴り、
「いらっしゃいませ、ようこそ【ふわふわハート】へ」
と、いつものごとく営業スマイルを向けると、そこにはまだ寒い季節でもないというのに、全身をすっぽり覆うような厚手のコートを着用し、頭には顔を隠さんばかりのテンガロンハットのような大きな帽子を被った人物が立っていた。
珍しいな、見たことないけど旅人か?
つい言葉を失ったが、どんな客でも客として対応しなければと、固まっていた笑顔を柔らかくして出迎える。
「お客様、初めてですよね。どうぞ、こちらのパンが焼き立てですよ」
リピーターになってもらうためにも、焼き立てで美味いパンをススメたが、そいつはそのパンを一瞥しただけで、すぐに顔を俺へ向け直した。しかも無言。
「え、えっと……」
他に客がいないのは幸いか。接客に気まずさを出している俺を他の客に見られないことがまだ救いだった。
だが心の中では工房にいるはずのメリエールさんが来てくれればと願っている。
しばらく沈黙が続いたあと、ようやく客の方から声が聞こえた。
「…………パンを」
「は、はい?」
ぼそぼそと言われたので聞き取れなかった。
けどずいぶん低い声だな。多分男だコイツ。
「…………辛くて美味いパンを」
「か、辛くて美味しいパン、ですか?」
「……ないのか?」
「い、いえあります!」
多種多様のパンが売りの店が無いとは口が裂けても言えない。
「ではこちらの《カレーパン》はいかがでしょうか?」
「……一つもらおう」
「80ドリです」
無言で金を差し出してきて、俺はそれを受け取って確認する。
「はい、ちょうど頂きます。では袋に」
「いや、このままでいい」
「え――」
いきなり手掴みで、そのまま口へと運び一口齧ってしまった。
少し驚いたが、出来栄えとしては問題ないはずなので黙って感想を待つ。
「…………美味い」
小さかったが確かに聞こえたその言葉にホッとした――が、次の言葉で緊張感が増す。
「だが、これは違う」
「ち、違う?」
「これではまだ物足りない。これではない。これではあの方を満足させることなど……」
「あ、あの……」
「お主っ!」
「は、はい!」
いきなりぐわっと俺の両肩に手を置いて詰め寄ってくる。どうでもいいけど、《カレーパン》を握った手で肩を掴むのは勘弁してほしい。
「今のよりもっと辛いものはないのか!」
「え、えっとぉ、ありますけど」
「ならそれを頂きたい!」
どんだけ辛いもの好きなんだよコイツ。でもまあしゃあない。
俺はあまり需要はないので数は作ってないが、店内の端に設置してあるあるパンを持ってきた。
それはコッペパンの真ん中を切り、そこにソーセージとハバネロソースとマスタードをたっぷりかけた、コアな客しか買わない商品だ。俺が作ったのだが、絶対に食べたくない一品である。
「こちらは《超絶・激辛ホットドッグ》といいます。ですが本当に辛いのですが、よろしいですか?」
「うむ、頂こう」
躊躇なく金を払い、これまた躊躇なく食べてしまった。
しばらくモグモグと口を動かしていた客だが、急に胸を押さえながら俯き身体をプルプルと震え出す。
「お、お客様! 大丈夫ですか!」
慌てて近づいた瞬間、
「かっらぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃっ! 辛いわ愚か者ォッ! 儂を殺す気かゴルァァァッ!」
「ええっ、理不尽ですよっ!?」
だから辛いって言ったじゃん! 普通はちょびっとずつ食べるのに、一気に半分以上も食うアンタが悪いし!
とは声に出せないのがもどかしい。
「クロくぅ~ん、どうかしたの~? 何か凄い叫び声が……」
「あ、メリエールさん! 水をお願いします!」
「え? あ、うん、りょう~か~い」
事情を呑み込んでくれたのか、顔を見せたメリエールさんが工房からコップに入った水を持ってきてくれた。
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