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テッカ神父に連れられてきたのはジャンクさんの家。
木造住宅の温かみを感じさせるような建物で、俺たちは一階にあるジャンクさんたちの寝室へと足を踏み入れていた。
窓際の近くには、これまた木造のベビーベッドがあり、そこには小さな獣耳を生やした赤ん坊が横たわっている。
ただ一目見て普通ではない状態なのが分かった。
まるで火傷をしているかのように全身が真っ赤に腫れ上がり、尋常ではないほどの汗をかいてシーツや服を濡らしている。
呼吸はしているもののぐったりとしていて、今にもその命が尽きかけているのではないかと思わせるほど苦しそうだった。
そんな赤ん坊の手を優しく握りながら、母親であるマインさんが泣いている。傍にはジャンクさんもいた。
「これは……」
赤ん坊の様子を見て、スッと目を細めながら俺の腕の中にいるロニカが呟いた。
「神父、この子は一体どんな病を?」
俺は質問した。見たことのない症状だったからだ。ただの風邪ではこうはなるまい。
テッカ神父は険しい表情を浮かべながら口を開く。
「――〝熱血病〟と呼ばれる病気だと思います」
「熱血……病?」
え、何そのネーミング。かかったら筋トレしだしたり、夕日に向かって走ったりするのだろうか。
「言葉にすると冗談のように聞こえますが、その実、赤子にとってはとても厄介な病なのです」
彼は言う。
この病にかかると、血液が徐々に熱を持ってきて血管を膨張させ、いずれは破裂し大惨事を引き起こしてしまうと。
「ただこの病にかかるのは通常成人した大人がほとんどなのです。免疫や抵抗力が育っている大人ならば、自己治癒力で簡単に治せるような大したことのないもの。寝ているだけで一日あれば治ることもあるでしょう。しかし生まれたばかりの赤子では抵抗力が弱いので、自己治癒が望めません」
「だったらすぐに〝熱血病〟の薬を」
「いえ、先程も申しましたが、この病は通常寝ていればすぐに治ります。だから……薬は作られていないんです」
「なら治癒魔術は?」
「無理だよ」
「ロニカ……」
「治癒魔術が治せるのは傷だけ。破裂した血管を元に戻したりすることはできるけど、病そのものを除去することはできないね」
マジかよ……。それじゃこの子を治す術はないってことか……?
こんなまだ一年しか生きていない命なのに。助けることができない……?
「お願いしますっ! どうかこの子を! この子を治してやってくださいっ! 何でもしますからぁぁぁっ!」
泣き崩れるマインさんと、そんな彼女の肩を抱いて同じように涙を流すジャンクさん。
「…………方法はあります」
そんな中、テッカ神父が言葉を発し皆が注目する。
「そのためにクロメくんたちに来てもらったのですから」
「どういう、ことですか?」
当然俺は理由が分からず聞いた。ハッキリ言って俺ができることはなさそうだが……。
「薬がないのなら作ればいいんです。――特効薬を」
確かに無ければ作ればいいという発想は珍しいものではないけど……。
「当てはあるの、神父?」
「はい、ロニカさん。昔、世界を旅していた頃、ある旅人と会ったことがあり、しばらく一緒に旅をしていた時期があったのです。そして立ち寄った村で、ちょうどこの子のように幼い子が〝熱血病〟にかかり死に瀕していたことがありました」
当然薬もなく、テッカ神父の知識でも治せなかったので彼は絶望を感じたという。
しかしその時、旅人が「治せる」と口にし、村人たちの前で薬を作り、本当に〝熱血病〟を治したのだそうだ。
「それが……特効薬、ですか?」
マインさんが尋ねるとテッカ神父は「はい」と答えた。ただ彼はまだ厳しい表情のまま。
「一応薬の素材は聞いているから知っています。素材も探せばすぐに手に入るものだと思います」
その言葉に両親たちは希望の光を見出し笑みを浮かべる――が、
「しかし、問題が一つ」
テッカ神父の言葉でまたも不安に包まれたような顔を見せた。
「……素材を集めたところで、薬を完成させることができるかはハッキリしません」
「! そ、それはどういうことですか!」
マインさんが縋るような眼差しで叫ぶ。
「その旅人が我々の目の前で披露した薬の作り方は――《スキル》によるものですから」
その旅人は、必要な素材を手元に集めると、手をかざしただけで薬を作ってしまったのだという。
「素材たちがひとりでに合成し始め、気づけば丸薬として形になっていました。その人は言いました。『これは自分にしか作れない方法だしな』と」
明らかにその手法は普通ではない。クロメのように《スキル》を使って作ったのだろう。
恐らくは薬作りに特化した能力なのではないだろうか。
「作り方は定かではありません。ですが何もせずにこの子を死なせるよりは、薬作りに懸けてみたいのです」
テッカ神父から聞いた薬の素材は、確かにこの国でも手に入るものばかりだった。
しかし薬というのは素材の配分で効果が変わってくる。
「でもちゃんと効く薬を完成させるまで、この子がもつんですか?」
俺は両親にとって残酷な質問をした。これは聞いておかないといけないことだから。
皆がテッカ神父の口元を願うように注視する。
「……時間は……稼げます。私とロニカさんがいれば」
「あーやっぱそういうことかぁ」
「ロニカ? どういうことか分かってるのか?」
「まーね。神父はこの子に常に治癒魔術をかけ続けて、血管にヒビが入って破裂しそうになったらすぐに治癒し、無理矢理力業で膨張を止めようってことだよ。でしょ?」
「その通りです。かけ続ければ血管が破裂し、この子を死に至らしめるようなことはありません。しかしこの国で高度な治癒魔術を使えるのは私やロニカさんだけ。魔力にも限りがあるので、薬の完成にはそう時間はかけられません。……手伝って頂けますか、クロメくん、ロニカさん」
真剣な眼差しが俺たちに向けられる。これは断れるような雰囲気ではない。
さすがのロニカも、先程から赤ん坊を見つめながら眉をひそめたまま瞬き一つしていない。まったく見えないだろうが、今彼女の頭の中では様々なロジックが繰り広げられていて、赤ん坊を救う道筋を探索していることだろう。それは長い付き合いの俺だから分かる。
「……でも薬は誰が作るんですか?」
「そんなの決まってるでしょ、クロメ」
「ロニカ……?」
ロニカがジッと俺を見つめてきている。
「え……ま、まさか」
「うん、クロメが作って」
「や、やっぱりか……まあ、こんな状況だし、隠しててもしょうがないよな」
俺の《スキル工房》を使えば、素材さえあれば薬は作れるだろう。ただ《スキル》を使えるということは、この場ではロニカしか知らない。
「クロメくん? もしかして薬作りに心得が?」
「ええ、まあ少しくらいなら」
「それは良かった。ならジャンクさん」
「は、はい!」
「今から言う素材をなるべく早く集めてきてください」
「わ、分かりました!」
「俺も手伝います。ロニカ、この子のこと、頼めるか?」
俺は真っ直ぐ彼女の目を見つめる。
「……ま、しょうがないよね。ロニカだって空気くらい読めるし」
なら普段からも読んでくれ、と思いつつもそれは口に出さないで、彼女の頭を撫でて「頼んだ」と言った。
そして俺は、ジャンクさんと一緒に素材集めに急いだ。
木造住宅の温かみを感じさせるような建物で、俺たちは一階にあるジャンクさんたちの寝室へと足を踏み入れていた。
窓際の近くには、これまた木造のベビーベッドがあり、そこには小さな獣耳を生やした赤ん坊が横たわっている。
ただ一目見て普通ではない状態なのが分かった。
まるで火傷をしているかのように全身が真っ赤に腫れ上がり、尋常ではないほどの汗をかいてシーツや服を濡らしている。
呼吸はしているもののぐったりとしていて、今にもその命が尽きかけているのではないかと思わせるほど苦しそうだった。
そんな赤ん坊の手を優しく握りながら、母親であるマインさんが泣いている。傍にはジャンクさんもいた。
「これは……」
赤ん坊の様子を見て、スッと目を細めながら俺の腕の中にいるロニカが呟いた。
「神父、この子は一体どんな病を?」
俺は質問した。見たことのない症状だったからだ。ただの風邪ではこうはなるまい。
テッカ神父は険しい表情を浮かべながら口を開く。
「――〝熱血病〟と呼ばれる病気だと思います」
「熱血……病?」
え、何そのネーミング。かかったら筋トレしだしたり、夕日に向かって走ったりするのだろうか。
「言葉にすると冗談のように聞こえますが、その実、赤子にとってはとても厄介な病なのです」
彼は言う。
この病にかかると、血液が徐々に熱を持ってきて血管を膨張させ、いずれは破裂し大惨事を引き起こしてしまうと。
「ただこの病にかかるのは通常成人した大人がほとんどなのです。免疫や抵抗力が育っている大人ならば、自己治癒力で簡単に治せるような大したことのないもの。寝ているだけで一日あれば治ることもあるでしょう。しかし生まれたばかりの赤子では抵抗力が弱いので、自己治癒が望めません」
「だったらすぐに〝熱血病〟の薬を」
「いえ、先程も申しましたが、この病は通常寝ていればすぐに治ります。だから……薬は作られていないんです」
「なら治癒魔術は?」
「無理だよ」
「ロニカ……」
「治癒魔術が治せるのは傷だけ。破裂した血管を元に戻したりすることはできるけど、病そのものを除去することはできないね」
マジかよ……。それじゃこの子を治す術はないってことか……?
こんなまだ一年しか生きていない命なのに。助けることができない……?
「お願いしますっ! どうかこの子を! この子を治してやってくださいっ! 何でもしますからぁぁぁっ!」
泣き崩れるマインさんと、そんな彼女の肩を抱いて同じように涙を流すジャンクさん。
「…………方法はあります」
そんな中、テッカ神父が言葉を発し皆が注目する。
「そのためにクロメくんたちに来てもらったのですから」
「どういう、ことですか?」
当然俺は理由が分からず聞いた。ハッキリ言って俺ができることはなさそうだが……。
「薬がないのなら作ればいいんです。――特効薬を」
確かに無ければ作ればいいという発想は珍しいものではないけど……。
「当てはあるの、神父?」
「はい、ロニカさん。昔、世界を旅していた頃、ある旅人と会ったことがあり、しばらく一緒に旅をしていた時期があったのです。そして立ち寄った村で、ちょうどこの子のように幼い子が〝熱血病〟にかかり死に瀕していたことがありました」
当然薬もなく、テッカ神父の知識でも治せなかったので彼は絶望を感じたという。
しかしその時、旅人が「治せる」と口にし、村人たちの前で薬を作り、本当に〝熱血病〟を治したのだそうだ。
「それが……特効薬、ですか?」
マインさんが尋ねるとテッカ神父は「はい」と答えた。ただ彼はまだ厳しい表情のまま。
「一応薬の素材は聞いているから知っています。素材も探せばすぐに手に入るものだと思います」
その言葉に両親たちは希望の光を見出し笑みを浮かべる――が、
「しかし、問題が一つ」
テッカ神父の言葉でまたも不安に包まれたような顔を見せた。
「……素材を集めたところで、薬を完成させることができるかはハッキリしません」
「! そ、それはどういうことですか!」
マインさんが縋るような眼差しで叫ぶ。
「その旅人が我々の目の前で披露した薬の作り方は――《スキル》によるものですから」
その旅人は、必要な素材を手元に集めると、手をかざしただけで薬を作ってしまったのだという。
「素材たちがひとりでに合成し始め、気づけば丸薬として形になっていました。その人は言いました。『これは自分にしか作れない方法だしな』と」
明らかにその手法は普通ではない。クロメのように《スキル》を使って作ったのだろう。
恐らくは薬作りに特化した能力なのではないだろうか。
「作り方は定かではありません。ですが何もせずにこの子を死なせるよりは、薬作りに懸けてみたいのです」
テッカ神父から聞いた薬の素材は、確かにこの国でも手に入るものばかりだった。
しかし薬というのは素材の配分で効果が変わってくる。
「でもちゃんと効く薬を完成させるまで、この子がもつんですか?」
俺は両親にとって残酷な質問をした。これは聞いておかないといけないことだから。
皆がテッカ神父の口元を願うように注視する。
「……時間は……稼げます。私とロニカさんがいれば」
「あーやっぱそういうことかぁ」
「ロニカ? どういうことか分かってるのか?」
「まーね。神父はこの子に常に治癒魔術をかけ続けて、血管にヒビが入って破裂しそうになったらすぐに治癒し、無理矢理力業で膨張を止めようってことだよ。でしょ?」
「その通りです。かけ続ければ血管が破裂し、この子を死に至らしめるようなことはありません。しかしこの国で高度な治癒魔術を使えるのは私やロニカさんだけ。魔力にも限りがあるので、薬の完成にはそう時間はかけられません。……手伝って頂けますか、クロメくん、ロニカさん」
真剣な眼差しが俺たちに向けられる。これは断れるような雰囲気ではない。
さすがのロニカも、先程から赤ん坊を見つめながら眉をひそめたまま瞬き一つしていない。まったく見えないだろうが、今彼女の頭の中では様々なロジックが繰り広げられていて、赤ん坊を救う道筋を探索していることだろう。それは長い付き合いの俺だから分かる。
「……でも薬は誰が作るんですか?」
「そんなの決まってるでしょ、クロメ」
「ロニカ……?」
ロニカがジッと俺を見つめてきている。
「え……ま、まさか」
「うん、クロメが作って」
「や、やっぱりか……まあ、こんな状況だし、隠しててもしょうがないよな」
俺の《スキル工房》を使えば、素材さえあれば薬は作れるだろう。ただ《スキル》を使えるということは、この場ではロニカしか知らない。
「クロメくん? もしかして薬作りに心得が?」
「ええ、まあ少しくらいなら」
「それは良かった。ならジャンクさん」
「は、はい!」
「今から言う素材をなるべく早く集めてきてください」
「わ、分かりました!」
「俺も手伝います。ロニカ、この子のこと、頼めるか?」
俺は真っ直ぐ彼女の目を見つめる。
「……ま、しょうがないよね。ロニカだって空気くらい読めるし」
なら普段からも読んでくれ、と思いつつもそれは口に出さないで、彼女の頭を撫でて「頼んだ」と言った。
そして俺は、ジャンクさんと一緒に素材集めに急いだ。
応援ありがとうございます!
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