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 俺がロニカたちを乗せて陸地へ戻ると、すぐに騒ぎを聞きつけてヴァインさんやゼリスが飛んできた。そのままゼリスがノーヴァへと抱きつく。

「ご主じぃぃぃぃぃぃぃんっ! 無事で良かったよぉぉぉぉぉ~っ!」
「ええい、鬱陶しい! 放さぬか! ひゃあっ! 首筋を舐めるでない!」
「クンカクンカクンカクンカクンカクンカ」
「嗅ぐなアホォォォォォッ!」

 やはりどんな時でも変態なゼリスだった。本当にノーヴァには同情するわぁ。

「よもやこのようなことになっておるとはな。主を助けてくれて感謝する、クロメ殿」
「いえ、気にしないでください。怪我がなくて良かったですし」

 にしてもノーヴァの魔術の威力には驚いた。あの竜種をものともしないのだから。
 結果的にちょっとした事故が起きたけど、何はともあれ皆が無事でホッとした。

「んーていうかさぁ、別に女王は助けなくても良かったと思うけど」
「は、はあ? お前ロニカ、何言ってんだよ!」

 まさか彼女が人の命を見捨てるようなことを言うとは……。

「いやだってさ、女王は『魔族』だし。だからその気になったら《黒翼》を出して空飛べたでしょ」
「…………あ」

 そうだったぁぁぁぁっ! つい焦って最大限に身体を大きく変化して助けたけど、ノーヴァは自力で飛べるんだったぁぁぁっ!

 ロニカが口にした《黒翼》。これは『魔族』なら誰もが持っているその名の通り黒い翼のこと。
 当然翼だから空も飛べるのだ。

「颯爽とヒーローみたいに助けたものの、そもそもヘルプいらずだったってわけだね」
「は、恥ずかしい……っ! ああもう、今の俺のこの恥ずかしさで一杯の心を誰かにヘルプしてほしいぃ!」

 穴があったら入りたい気持ちです、はい。
 そこへゼリスをぶっ飛ばして解放されたノーヴァが近づいてきた。

「クロメ、そう落ち込むでない。確かに余は自力で何とかできたが」
「うぐっ」
「ヒーローみたいな助け方で、しかしどこか肩透かしをくらった気分を感じておるじゃろうが」
「はぐぅっ」
「しかし…………余は嬉しかったぞ」
「! ……ノーヴァ様」
「じゃからノーヴァでよいと言うておる。いいや、そなたにはそう呼んでほしい」

 何この子、チョーいい子なんだけど。もう天使に見える。『魔族』だから悪魔の方がピッタリなんだろうけども。

「ありがとうのう、クロメ」
「…………いえ、無事なら良かったです」
「むぅ、もっと気軽に喋るのじゃ!」
「で、ですけど!」
「余たちはその……と、と、友達……なのであろう?」

 ……可愛い。その照れ臭そうに真っ赤になった顔、何かをねだる子供のように潤んだ瞳。それらが保護欲を激しく刺激してくる。

「……はは、分かったよ、ノーヴァ。これからもよろしく」
「! うむ! これからもよろしくなのじゃ!」

 満面の笑み。うん、やっぱり可愛い子は笑っているのが一番だ。

「ふわぁ~、ねえ、そろそろ帰らないとマジでヤバイんじゃない、クロメ?」
「おっと、そうだった! そろそろ無断外泊も終わらないと、マジでガレブ王たちが大捜索を始めるかもしれない! ノーヴァ、帰っても……いい?」
「…………またパンを作ってくれるか?」
「もちろん! ていうかまた招待してくれたらいいよ。あ、ノーヴァもヴァインさんと二人でこっちに来てくれても大歓迎だよ!」
「あれぇ? ねえねえクロクロォ? 僕は僕はぁ?」
「お前は来んな! 変態!」
「ひどっ!? ああでもそんな冷たい目もまたゾクゾクしちゃうよぉ」

 ああくそ、どうやったらこの変態を駆逐できんだよ! もう何やってもご褒美にしかならねえじゃねえか!

「安心しろクロメ。会いに行く時はこやつは縛り付けておくからのう」
「うん、そうしてくれると助かるよ、割とマジで」

 ノーヴァの心遣いに安堵しつつ、ヴァインさんに視線を向ける。

「じゃあヴァインさん、頼めますか?」
「うむ。ではこちらへ来てくれ」

 俺はロニカと一緒にヴァインさんへと近づく。
 ヴァインさんが闇の魔術を使い、足元に黒い影が広がり始める。

「クロメ! 絶対また会いに行くからのう!」
「うん、楽しみに待ってるよ! その時は美味いパンを御馳走するから!」

 そして、ノーヴァの視線がロニカへと向かう。

「イスタリよ」
「……何さ?」
「余はまだクロメを諦めたわけではないからのう」
「はぁ、しつこい女は嫌われるよ?」
「クロメは余を嫌ったりなどせぬ」
「っ……ったくもう、またこのアホペットは」

 何やら不機嫌オーラを纏い何かを口走ったようだが、俺にはロニカが何と言ったのか小声だったから聞き取れなかった。

「これからはそなたは余のライバルじゃ! イスタリ……いや、ロニカよ!」
「ふぅん……まあ別にいいけど。どうせロニカは負けないし。精々頑張ればいいよ、ノーヴァ」

 二人はジッと見つめ合うと、どちらともなくフッと頬を緩めて微笑を浮かべる。
 何だかんだいっても、やっぱりロニカも楽しかったんだろう。彼女の雰囲気でそれは伝わってくる。

「じゃあまたのう! クロメ! ロニカ!」

 こうしてひょんなことから知り合った孤独な強欲女王と俺たちは友達になったのであった。












「――いらっしゃいませっ!」

 ノーヴァの拉致騒ぎから数日が過ぎた。
 俺が連れ去られてから、すぐにメリエールさんが家に駆け付けロニカに知らせようとしたらしいが、ロニカは《スアナ》にいたので連絡ができず、ロニカも一緒に攫われたのではと考えたメリエールさんが、テッカ神父に助けを求めた。

 テッカ神父は『魔族』絡み、しかも相手が王ということで、下手に騒ぎを起こせば国事になってしまうと悟り、とりあえず三日間は様子を見るようにしたとのこと。
 俺とロニカならば、状況からも考慮して何とか自力で脱出できるのではと踏んだらしい。

 もし三日過ぎても戻らない時は、ガレブ王へ話を持っていくつもりだったという。
 三日以内に戻ることができて大いに良かった。マジで大事になる寸前だったと思う。
 ガレブ王も身内には優しく世話になっている者たちへの恩義に厚い人なので、本当に取り返しのつかない事態を招いていた可能性があったのでホッとしたのものだ。

 帰って来た俺たちを見て、メリエールさんは泣きながら抱き着いてきた。そして神父にも顔を見せ安心させ、とりあえず拉致問題については終結を迎える。

 そして今日も元気に俺は【ふわふわハート】で仕事中。
 いつも変わらない笑顔でメリエールさんが接客している。俺はパンの補充をするため、トレイに載せたパンを店内へ運び入れようとしていたが……。

「……おいコラ、ここで何してんだ?」

 店内の椅子でぐで~っと座り込み、誰にもらったのか《チョコパン》をムシャムシャと食べているロニカがいた。さっきまでいなかったのに……。

「……ちょっと小腹が空いたから来ちゃった」
「来ちゃったじゃねえよ! つうか仕事は! 例の遺跡で見つかった古代文字の翻訳は!?」
「…………てへ?」
「てへじゃねえ! あと数日しかタイムリミットがねえんだよ! そろそろ手をつけろよな!」
「大丈夫だよ、クロメ」
「な、何が大丈夫なんだよ?」
「明日から本気出すから」

 ――ピキッ!

 俺の額に普段通り怒りのマークが刻み込まれる。

「――そうだよ、しごとしなよ!」

 突如店に入ってきた幼い少女が、ロニカに指を突き付けた。彼女は一人ではなく、大人の男性と一緒だ。

「あ、いらっしゃいませ、神父にニィル」

 テッカ神父はともかく、ロニカの天敵でもある二ィルの登場に「げぇ」と声を出すロニカ。

「もう! いつもいつもクロにめいわくかけて! クロ、こんなヤツはもうすててキョウカイでいっしょにくらそうよ!」
「うるさいなぁ。チビスケは黙ってなよぉ」
「あんただってチビでしょ! きょうというきょうは、どっちがクロのごしゅじんさまにふさわしいかしょうぶだよ!」
「フッフッフ。そんな勝負はもう結果が見えてるよ。ロニカの勝ちでね!」
「! そ、そんなことないもーん!」
「あるよ! クロメはロニカのペットだし、ロニカにしか勃たないしね」
「たたない? なにが?」
「てめえっ、子供に何てこと言ってんだアホがぁ!」
「うぎゃっ!? ちょっとぉ、ロニカの頭をぶたないでよぉ! ここには人類すべての希望が詰まってるんだよ!」
「やかましいわっ!」

 俺たちがワイワイとうるさくしているところを、メリエールさんやテッカ神父たちが微笑ましそうに眺めている。

「あ、ロニカ用事思い出した!」
「あ、ちょ、こら待て! どこ行くつもりだ! 家に帰って仕事しろ!」
「やーだもーん! ロニカは人生を怠惰に生きていくんだよ!」
「そんな決意認められるかぁ、このニートエルフがぁぁぁっ!」

 今日も変わらない日常が、穏やかな時間とともに流れていく。
 俺は誓う。

 コイツのペットとして、いつかまともな仕事人にしてみせると――。



 

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