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第三の事件

第16話 噂の、女生徒である

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「それじゃあ行きましょうか」
 鞄を持ち、神社へと歩いていく。隣にはサキエさん。幽霊を次々に成仏させてゆくことが今の私の使命であることに疑いの余地はない。その中でサキエさんを殺害した犯人の手がかりが掴めたら、何も言うことはないのだが、焦っても仕方がない。神主の死んだ理由、そして女学生のこと。
「神主も自縛霊になってるということは、やはり何か思い残したことがあるんでしょうか」
 隣でふよふよと浮きつづけているサキエさんを見ながら煙草に火をつけた。
「そうだろうね。あと気になるのは、管理している人がいないのになんであんなに綺麗なのか、よ。これはすごい事件の臭いがするねえ。いつかは出版して印税生活を謳歌しましょ」
 しばらく会話をしながら歩き続け、ようやく神社に着いた頃には完全に夜も更けていた。昼間とは異なる雰囲気に全身が強張る。以前行った墓場よりは多少はましとは言え、月明かりで照らされる神社もなかなかのものである。サキエさんにはやはり恐怖心などないのだろうか、私を置いてどんどん先へ進んでゆく。私は吸い終えた煙草を靴で踏み潰し、サキエさんを追いかけた。
「どこに出るかまではわかんないからねえ」
 二人して神社の中をくまなく探してゆく。懐中電灯の強い明かりがあたりを照らし出す。こうして歩いてみると結構広いことに気づいた。ここを管理するなど骨の折れる作業だろう。暇な人間にしかできないはずだ。例えば、そう。私たちのような。
 静まり返った神社に私の足音と木々のざわつく音だけが響いている。私もサキエさんも無言のまま、女生徒を探している。強い思いを抱いたまま自殺したのだ。もしかすればこちらに被害を加えるような幽霊かもしれない。今までが友好的だったからと言え、今回もそうであるという確信は持てない。念には念を入れ、私は念仏を心で唱えた。しかし、神社に出るような幽霊である。そういったものも効果がないのかもしれない。
「いませんね」
 一周まわり、また入り口に戻ってきた。目の前には境内が見える。私は何かの違和感を感じ、目を凝らしてそこを見た。月明かりではない何かの光が見えた。青白いぼんやりとしたそれは、強く光っては弱くなりという一定の動きを繰り替えしている。私は暇そうに月を眺めているサキエさんを呼んだ。
「あれじゃないですか」
 サキエさんもそれに気づいたようだ。無言で何度も頷いている。やはり幽霊とはいえ、怖いものは怖いのだろうか。私は「怖いなら手でも繋ぎましょうか」と提案したが、あっさりと無視されたので諦めた。二人してその青白い光に近づいてゆく。
 肉眼ではっきりと確認できる場所まで近づき、女生徒の姿が見えてきた。懐中電灯で照らそうかと思ったが、こちらに気づかれるのはよくないと思い、慌ててスイッチを切った。女生徒は何度も何度もぶら下がる縄を振り回し、手を叩いている。合格祈願……。その言葉が私の頭を駆け巡った。
「落ちたことがよほどショックだったんでしょうか」
「だろうね。じゃなきゃ自殺なんかしないわよ」
「理由はそれだけでしょうか」
「わかんないけど、本人に聞いて見るのが一番よ。行ってみましょう。他に聞けそうな学生もいないし」
 女生徒まで数メートルというところまで近づき、声をかけた。女生徒は驚きの表情でこちらを見た。黒いショートヘアのまだあどけなさが残る顔。どこかの高校の制服だろうか。それを着ている。真面目な少女に見える。
「あなたが噂の女生徒ですか」
 ――そうよ――
 頭の中に響いた声に驚いた私とサキエさんを、気味の悪い笑みで見つめている女生徒。
「こんな時間に神社ですか」
――合格できるようにお願いしてるの――
「あなたはもう死んでいるんですよ」
――そんなわけないわ――
 興味が無くなったのか、振り返り一連の行動を繰り返している。死んだことに気づいていないのだろうか。だとすればこの女生徒の行動にも納得がいく。いや、気づかない振りをしているだけかもしれない。死んだ後にそれを後悔しているのだろうか。答えは出ない。
「あなたは自殺したんですよ。受験に失敗して」
――ふざけるな――
 少女の青白い光がより一層濃いくなり、髪の毛が逆立った。顔は先ほどまでのあどけない少女のものとは一変し、どす黒い悪意に満ちたような歪んだ表情になった。私は少しだけ小便を漏らした。サキエさんも動かない。
「覚えていないんですか」といい終わるや否や、強風が私の体を飛ばし、地面に叩きつけた。突然のできごとであっけにとられたまま、地面に仰向けになっている。しばらくしてから全身に痛みが走った。服は土で汚れている。怪我は……ない。サキエさんが不安の表情で飛んできた。サキエさんの腕に捕まりながら立ち上がり、土を払いのける。
――私の邪魔をするなら殺すよ――
 木々がざわめき、生ぬるい風が吹いた。額には脂汗が流れ、膝はがくがくと震えている。ここに居ては駄目だともう一人の自分が叫ぶのが聞こえる。ここにいては殺される、と。しかし逃げようと思えば思うほど膝の震えは一層ひどくなり、動かすこともできない。それはサキエさんも同じようで、じっと女生徒を眺めたまま、その場を動かない。いや、動けない。
「環、これはちょっとやばいかもね」
「は……はい。正直もう逃げ出したいです」
 情けないなどと嘲笑うなら嘲笑えばいい。これは経験した者にしかわからない恐怖であろう。私がここにいくら書き並べたところで、私の感じた恐怖や絶望などという感情が全て感じてもらえるなどとは思わない。この手記はいつのまにパニックホラーアクション物になったのか、と私自身が文句を言いたい。やはり、津田やサキエさんのような幽霊ばかりではなかったのだ。逃げ出したい。しかし体が動かない。
 サキエさんの方へ目をやった瞬間、腹に衝撃を感じ、胃液が逆流した。腹に目をやる。掌サイズの石がめり込んでいた。膝を落とし、四つんばいになったまま、逆流する胃液に耐えかねてそのまま地面に吐いた。涙がとめどなくこぼれた。近寄ろうとするサキエさんを手で制し、よだれや胃液まみれの口を大きく開け、叫んだ。
「こんなことをしても無駄なんだよ!」
 二度目の石が顔めがけて飛んでくるのが見えた。私は泣きながら大きく叫んだ。殺すなら殺せばいい。目をつぶり衝撃に耐えようとぐっと奥歯をかみ締めた。しかし、いつまで経っても石が飛んでくる気配はない。ゆっくりと目を開けると、石は私のすぐそこで力を失い地面に落ちていた。そして、女生徒の姿は消えていた。私は気を失った。
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