盗賊と領主の娘

倉くらの

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第11章 過去との決別

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「それから後はずっと冒険に出ていて、今に至るわけ」

 話を始めてからもうだいぶ時間が経ってしまったようで、時刻は深夜を回っていた。
 全てを話し終えたレイピアはほう、と息をついた。その表情は悲しみや辛さを含んだものではなく無表情で、そこからは何の感情も伺うことができなかった。
 スキルもまた無表情で、レイピアが話をしている間は口を挟むことなく静かにじっと聞き入っていた。
 話を全て聞き終えたスキルは辛かったね、とかそういった同情的な言葉は一切言わず

「強いんだな、君は…」

 と、それだけつぶやいた。

 ライの事件によってレイピアの内に秘められていた心の傷の存在は知っていたけれど、まさかそこまで大きいものだとは思わなかった。その思いの強さにより自らの命を絶とうとまでしたレイピア。
 最初出会った時、真っ直ぐ挑戦的に自分を睨みつけてきた彼女からは到底想像がつかないものだった。言い換えれば、その傷の存在すら他者に気付かせないほどにこの2年で立ち直ったというわけだ。いや、完全に立ち直ったとは言い切れないだろうが。
 それでも強い、とそう思った。

「強い? さあ、どうかしら」

 レイピアは曖昧に笑って肩をすくめる。

「でも、そうね。ここ最近はもうほとんど思い出すことはなくなってきたの。忙しく動き回って何も考えないようにしていたから…。駄目ね、慣れないお酒なんて飲むものじゃないわ」

 喋り疲れたのかレイピアは毛布を被り、浅くため息をつく。

「少し疲れたみたい。もう眠りたい…」

「そうか…おやすみ」

 すうすうと驚くほど早く寝息をたて始めたレイピアを眺めてからテントを後にすることにした。


***


 一方、レイピアのテントの入り口前にはリグが佇んでいた。
 レイピアの様子を見に来るつもりで来たリグは、二人の間で交わされていた会話が自然と耳に入ってしまったのである。盗み聞きするつもりは少しもなかったというのにその話の内容から耳が離せなくなっていて、とうとう最後まで聞いてしまったのだ。

 リグはその話の内容に衝撃を受けていた。
 そして団員達に嫌がらせを受けていたときに、辛くないのですか? と尋ねたリグに対してもっと辛いことを知っているからこれぐらいなんともないと言って寂しそうに笑ったレイピアのことを思い出した。

 あの時の彼女は、このことを言っていたのだ。
 そう考えると同時に、たまらなく胸が押し潰されるような思いに捕らわれた。あまりにもかわいそうで、抱えているその傷が大きすぎて。
 うなだれるように頭を俯かせていると、急にシャッとテントの幕が開いた。慌てて目元を拭い顔を上げると、驚いた顔のスキルと目が合った。まさか自分がこんなところにいるとは思いもしなかったような、そんな表情だ。

「あ…若君…」

「リグ。お前……」

 しかしすぐにスキルは表情を元に戻すと、レイピアのいるテントを気にしながら声をひそめ、場所を移すことを提案した。
 2人はスキルのテントに移動し、リグはコーヒーを2人分入れると片方のカップを彼に手渡した。

「一体いつから盗み聞きが趣味になったんだ?」

 そう言いながら呆れかえったような表情で受けとったコーヒーを飲むスキル。その言葉にリグは慌てる。

「ちち、違いますよ! ただ、そのう…レイピアさんと若君の様子を見に来たら会話が偶然耳に入って、それで…」

 偶然耳に入ったとは言ってもその後ずっと聞いていたわけで、結局のところ盗み聞きしたことに違いないので、ごにょごにょと最後の方は消え入りそうな声で言った。
 スキルは頬杖をついた体勢でふーっと盛大にため息をつく。

「まあいいさ。聞いてしまったものは仕方ない」

「あの、それで若君…あなたはレイピアさんの話を聞いて、どうするつもりだったんですか?」

 おずおずと問い掛ける。

「どうするかって? 別にどうもしやしない、今まで通りやるだけさ。話を聞いたのはただの興味本位だ。お前だって興味があったからこそ盗み聞きしてたんだろう?」

「それは…まあ。でもあなたはそれだけじゃないでしょう?」

 ある種の確信を含んでリグは言い切った。その態度に引っ掛かるものを感じたらしいスキルは眉をひそめる。

「妙に突っかかるな、何が言いたい?」

「若君は、そのう…レイピアさんが好きなんでしょう?」

 リグの言葉にスキルはわずかに動揺したように見えた。
 彼はこの考えに自信があった。スキルはすぐに平静を装って「そんなことあるわけないじゃないか」と肩をすくめて誤魔化したが、ほぼ間違いない。

 スキルは良くも悪くも冷静すぎる所がある。
 血気盛んな団員達のまとめ役として時には仲裁に入ったり、冷静に物事を判断するように幼い頃からありつづけてきたのだから仕方のないことかもしれない。
 そのスキルは今、レイピアとピンクダイヤモンドをめぐってゲームをしている途中なのだ。
 相手に情を入れ込んでしまったらそこでゲームは公平ではなくなるわけだから、普通相手の過去など聞くものではない。ましてやそれが辛い過去ならなおさらのこと。それを侵してまで踏み込んでしまったのである、あの冷静なスキルが―――。
 今までの彼からは考えられないことだった。

 そしてもう1つ。
 ライの事件でレイピアが怪我を負ったあの日、見てしまったのだ。
 レイピアの様子を見に行くと、テントにはすでに誰か人のいる気配がした。なぜかそのままテントの中に入るのがためらわれて、外からそっと中を覗くとスキルが彼女を看病している姿が目に入った。
 スキルがあんな風につきっきりで誰かの看病をしたことがあっただろうか、と首をひねらせているリグにさらに衝撃的な光景が飛び込んだ。
 何やらうなされているように「ユーザ」とつぶやくレイピアの手を握り、スキルはしきりに「大丈夫、行かないよ」とささやいていた。

 あれは―――あの表情は。
 彼は気がついていたのだろうか?
 レイピアを見つめるその瞳が切なげに細められていることを。それは愛しい人を心配する表情そのものだった。

 スキルは少し苛立ったように口調を強めて言う。

「仮にリグの言うとおりだとして、それで俺に何を望むんだ? 彼女の傷を癒せとでも言うつもりか?」

「それは――…」

 言葉を濁らせるリグ。

「俺はカウンセラーじゃない。人の心をボロボロに傷つけることはできても、癒すことなんてできやしないよ。それはお前が1番良くわかっているはずだろう? 彼女に言わせると軽薄で最低で理解できない人間らしいからな、俺は」

 スキルは薄く、自嘲気味に笑った。
 恐らく、女性に対して本気になれない彼自身の悪癖のことを示しているのだろう。お互いそのことを同意して割り切っていた上での関係だとしても、途中からスキルを本気で愛してしまい泣いた女性は数多くいた。「別れたくない」「本当の恋人にして欲しい」と泣いてすがっても、1度彼女達への思いが冷めてしまったスキルは決してそれに答えようとはしなかった。
 スキルと「ユーザ」は本質的に似ているのかもしれない。

 誰も愛さない、誰も愛せないところが。

 レイピアを本当の意味で癒せる者がいるとしたら―――それは彼女を本気で愛することのできる者だ。
 スキルは自分がそれに当てはまらないことを知っているから、レイピアに深く踏み込まないようにしているのだろうか?
 彼の表情はいつもと変わりないものだったけれど、少なくともリグにとっては苦しそうに見えた。まるで自分の感情を心の奥底へ押し込めているような……。

 リグは先程答えられなかった言葉の続きを口にした。
 以前「レイピアさんに手を出してはいけませんよ」とスキルに釘をさしたことがある。けれど今は違う思いを抱いている。

「私はあなたがレイピアさんを癒す、そうなることを望んでいますよ」

 きっぱりと言った。
 心からの願いだった。




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