お付き様のおもわく

三々 こころ

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3. お着替えの時間

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 約束の刻。…の四半刻ほど前。問題は起こった。


「お着替えの時間です」

 隼樺シュンカの声がかかった途端、そのお着替えとやらが始まろうとした。しかし―――。

「いい。自分でやる」

 桃雪トウセツは着ている漢服を受け取ろうと手を差し出す隼樺を断った。

「いけません。貴方ほどの方がひとりで脱ぎ着するのは無粋です」

 隼樺は拒まれるのを予想していたのか、定型文でも読み上げるかのような事務的な口調で答えた。
 いかなる世話ごとも人任せにしてこそ高貴、その習わしは、意外と普遍的で世界中に転がっている。
 もうすでに一度自分で着替えている身からすれば馬鹿馬鹿しい話だ。
 なお、桃雪が替えたのはふんどしだけだが、ここでその理由を訊くことは許さない。

「女官にやらせる。お前はいい」

 桃雪は隼樺の申し出をすげなく振る。
 いや、いっそ居られては不都合なのだ、桃雪としては。

 しかし隼樺はまったく動じず、どこか呆れた風にかぶりを振った。

「その格好でですか?」

 桃雪はきょとんとした。まだかんざしすら抜いていない。


 と、急に隼樺が間合いを詰めた。
 とっさに構えをとろうとした桃雪の組み手はしかし、てんで的外れである。
 隼樺がつまんだのは、桃雪の袴のひだ―――それも折り目の真ん中、触られては困る場所に近い位置だった。

 どくっと心臓が脈打った。
 何のつもりだ、と諫めたかったが、それより引っ剥がす方が先決だ。桃雪の身体の現象的に。
 だが隼樺の腕はびくともしない。
 桃雪はそこを重心に引っぱられ、隼樺の声が耳に注がれた。


「袴が皺になっています。優秀な女官であれば、これがお小水でよれた訳ではないことを気取られてしまいますよ」

 隼樺は皺が多いというそこを、つんつんと何度か伸ばす。
 それは、桃雪が朝、襖を閉じるのも忘れて畳と同化していた点だ。小半刻ほど我慢を強いられた後、欲に委ねて床下でにぎにぎしていたところ。
 桃雪はかっと頬を熱くする。


 隼樺の言葉は、やはり蜂でも飼いならしているかのようにじんと甘くて、蝕むような妖しさを持っていた。
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