2 / 15
2. さっそく始めよう
しおりを挟む
桃雪はしばらく隼樺の消えていった方を眺めた。
が、そうかと思うといきなり障子の木枠をつかみ、桃雪はその場にへにょっと崩れ落ちた。
誰にも見られていないという安心感から、吸気がにわかに熱を帯びる。
「んぅっ……」
どうしようもないまま、桃雪は開いた座敷へとうつぶせになだれ込んだ。
(もう、我慢できない)
あてられた動物のように、桃雪は呻きを上げ、下腹部を何度も畳にすり寄せる。
彼の下半身は、袴織りの中で淋しそうに、硬くなったものをぐちゃぐちゃに濡らしていた。
(あいつがあんな時機で入ってくるのが悪い)
夢の中に隼樺の顔が出てきたと思ったなり、目が覚めた。
そんな朝だった。
自分でどうにかしたくても直せないことというのが、世の中には何個かあるだろう。これもその一つだと思ってくれればいい。
何かというと、やはり寝具に包んだそこは敏感になっていた。
ぼんやりとしていて、ちゃんと思考が働かなかった。
今はなんどきだろうという疑問は頭の片隅にありながらも、腿を交差させるうちに桃雪は気持ちよくなっていた。
そんな折り、隼樺が彼を起こしに来たのだ。
とっさに隠したが、桃雪のそこの感覚としては、およそ際のところまで充足していた。敢えて何がとは言わないが。
だがそうなると、後が大変だ。
普通なら、他人と生活するうちに治まるというものだ。しかし桃雪はそうではない。
いや、これは桃雪というより相手が悪い、と当の本人は思う。
桃雪の主観によれば、隼樺という男はどこかひやりとした冷たさを残した人物だった。
それを薄情っぽい、といえばそれまでなのだが、媚びそうで媚びないというか、必要ぶんには応じてくれてもそれ以上をくれないというか。
だから桃雪は彼をそばに置いた。
間違って欲しくないのは、冷たいという言葉は桃雪はまったく褒めたつもりではない。当たり前だが。
だが桃雪は、その張りつめた感じが癖になった。
一方で隼樺は、ときに艶っぽく、さっき桃雪の背中をつっと伝ったように、気を許してきたりする。
なんというか、性別問わず惑わされてしまいそうな危険を常に意識させてくる、隼樺はそういう男だった。
そういう訳で徐々に一方通行で絆されていった桃雪は今や、彼に懐柔されぬよう踏みとどまるのが精一杯だった。
「…坊っちゃ、とか、呼ぶなよ…」
畳に震えた桃雪の腹の下では、すれて甘くなったそこがじゅくじゅくいっていた。
これが、この国の現帝である。
冠を立て、国の顔として王座にあるべき主はしかし、補佐の官吏に酔いしれ、このたび床に這いつくばっていることしか出来ない。
「…っは…」
一度沈めたものを再び奮い立たせただけあって、予想よりはるかに早い絶頂が下帯に噴き出した。
「あ…ぁ……」
あっけなく散り出た中身が、袴の中ですりよせた内腿の間にねっとりとした感触を描く。
あれから隼樺の横でひたすら部屋まで耐えてきたものだから、もじもじ組み替えていた太股はびっしょり汗をかいていた。
しかし、その液体が汗でないことは桃雪の知るところだった。
(不味い…!)
がばっと身を起こし、急いで袴を緩める。
まあそういうのは大抵事後である。
幸い本袴の表には目立たなかったが、褌ごしにしぼみつつある陰茎の周りには、ばっちりと見たことある不始末の跡が残っていた。
こときれた後は良く頭がさえる。
(乳母に頼んで替えを持ってきてもらおう)
もう十分いい年だが、桃雪の回り出した頭はそれが最適解だとはじき出す。
なにせ彼は皇帝、平民とは常識が違うことを知っていてもらいたい。
不意に『坊っちゃま』と呼ぶ隼樺の声が思い出された。
桃雪ははっと息をのんだ。しばらくそれを止める。そして彼はため息をつく。
(これだからそうやって言われるんだ…)
坊っちゃま、というのは、乳母が桃雪を呼ぶときの呼称だ。
物腰柔らかな隼樺は、この役職に任命されてすぐ乳母と打ち解けた。
それがゆえに、隼樺はときおり乳母をまねて桃雪を坊っちゃまとからかう。
桃雪はそれが気に食わなかった。
(全然違う)
こんなところ、たとえ乳母を呼びつけられても、隼樺に見せられるわけがないのだ。乳母は血が繋がっていないとはいえ、家族みたいなものだ。しかし隼樺は違う。
そんな人間に、坊っちゃまなんて呼ばれたくはなかった。
(着替えは自分で用意しよう)
半分開けたままの襖からは、晴れの匂いをのせた風がひっそりと茣蓙に吹きこむ。桃雪はようやく朝を感じられる。
そして若き皇は、ゆるゆると奥の間に歩き出した。
が、そうかと思うといきなり障子の木枠をつかみ、桃雪はその場にへにょっと崩れ落ちた。
誰にも見られていないという安心感から、吸気がにわかに熱を帯びる。
「んぅっ……」
どうしようもないまま、桃雪は開いた座敷へとうつぶせになだれ込んだ。
(もう、我慢できない)
あてられた動物のように、桃雪は呻きを上げ、下腹部を何度も畳にすり寄せる。
彼の下半身は、袴織りの中で淋しそうに、硬くなったものをぐちゃぐちゃに濡らしていた。
(あいつがあんな時機で入ってくるのが悪い)
夢の中に隼樺の顔が出てきたと思ったなり、目が覚めた。
そんな朝だった。
自分でどうにかしたくても直せないことというのが、世の中には何個かあるだろう。これもその一つだと思ってくれればいい。
何かというと、やはり寝具に包んだそこは敏感になっていた。
ぼんやりとしていて、ちゃんと思考が働かなかった。
今はなんどきだろうという疑問は頭の片隅にありながらも、腿を交差させるうちに桃雪は気持ちよくなっていた。
そんな折り、隼樺が彼を起こしに来たのだ。
とっさに隠したが、桃雪のそこの感覚としては、およそ際のところまで充足していた。敢えて何がとは言わないが。
だがそうなると、後が大変だ。
普通なら、他人と生活するうちに治まるというものだ。しかし桃雪はそうではない。
いや、これは桃雪というより相手が悪い、と当の本人は思う。
桃雪の主観によれば、隼樺という男はどこかひやりとした冷たさを残した人物だった。
それを薄情っぽい、といえばそれまでなのだが、媚びそうで媚びないというか、必要ぶんには応じてくれてもそれ以上をくれないというか。
だから桃雪は彼をそばに置いた。
間違って欲しくないのは、冷たいという言葉は桃雪はまったく褒めたつもりではない。当たり前だが。
だが桃雪は、その張りつめた感じが癖になった。
一方で隼樺は、ときに艶っぽく、さっき桃雪の背中をつっと伝ったように、気を許してきたりする。
なんというか、性別問わず惑わされてしまいそうな危険を常に意識させてくる、隼樺はそういう男だった。
そういう訳で徐々に一方通行で絆されていった桃雪は今や、彼に懐柔されぬよう踏みとどまるのが精一杯だった。
「…坊っちゃ、とか、呼ぶなよ…」
畳に震えた桃雪の腹の下では、すれて甘くなったそこがじゅくじゅくいっていた。
これが、この国の現帝である。
冠を立て、国の顔として王座にあるべき主はしかし、補佐の官吏に酔いしれ、このたび床に這いつくばっていることしか出来ない。
「…っは…」
一度沈めたものを再び奮い立たせただけあって、予想よりはるかに早い絶頂が下帯に噴き出した。
「あ…ぁ……」
あっけなく散り出た中身が、袴の中ですりよせた内腿の間にねっとりとした感触を描く。
あれから隼樺の横でひたすら部屋まで耐えてきたものだから、もじもじ組み替えていた太股はびっしょり汗をかいていた。
しかし、その液体が汗でないことは桃雪の知るところだった。
(不味い…!)
がばっと身を起こし、急いで袴を緩める。
まあそういうのは大抵事後である。
幸い本袴の表には目立たなかったが、褌ごしにしぼみつつある陰茎の周りには、ばっちりと見たことある不始末の跡が残っていた。
こときれた後は良く頭がさえる。
(乳母に頼んで替えを持ってきてもらおう)
もう十分いい年だが、桃雪の回り出した頭はそれが最適解だとはじき出す。
なにせ彼は皇帝、平民とは常識が違うことを知っていてもらいたい。
不意に『坊っちゃま』と呼ぶ隼樺の声が思い出された。
桃雪ははっと息をのんだ。しばらくそれを止める。そして彼はため息をつく。
(これだからそうやって言われるんだ…)
坊っちゃま、というのは、乳母が桃雪を呼ぶときの呼称だ。
物腰柔らかな隼樺は、この役職に任命されてすぐ乳母と打ち解けた。
それがゆえに、隼樺はときおり乳母をまねて桃雪を坊っちゃまとからかう。
桃雪はそれが気に食わなかった。
(全然違う)
こんなところ、たとえ乳母を呼びつけられても、隼樺に見せられるわけがないのだ。乳母は血が繋がっていないとはいえ、家族みたいなものだ。しかし隼樺は違う。
そんな人間に、坊っちゃまなんて呼ばれたくはなかった。
(着替えは自分で用意しよう)
半分開けたままの襖からは、晴れの匂いをのせた風がひっそりと茣蓙に吹きこむ。桃雪はようやく朝を感じられる。
そして若き皇は、ゆるゆると奥の間に歩き出した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
7
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる