お付き様のおもわく

三々 こころ

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2. さっそく始めよう

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 桃雪トウセツはしばらく隼樺シュンカの消えていった方を眺めた。

 が、そうかと思うといきなり障子の木枠をつかみ、桃雪はその場にへにょっと崩れ落ちた。

 誰にも見られていないという安心感から、吸気がにわかに熱を帯びる。


「んぅっ……」

 どうしようもないまま、桃雪は開いた座敷へとうつぶせになだれ込んだ。

(もう、我慢できない)

 あてられた動物のように、桃雪は呻きを上げ、下腹部を何度も畳にすり寄せる。
 彼の下半身は、袴織りの中で淋しそうに、硬くなったものをぐちゃぐちゃに濡らしていた。


(あいつがあんな時機タイミングで入ってくるのが悪い)



 夢の中に隼樺の顔が出てきたと思ったなり、目が覚めた。
 そんな朝だった。
 自分でどうにかしたくても直せないことというのが、世の中には何個かあるだろう。これもその一つだと思ってくれればいい。
 何かというと、やはり寝具に包んだそこは敏感になっていた。

 ぼんやりとしていて、ちゃんと思考が働かなかった。
 今はなんどきだろうという疑問は頭の片隅にありながらも、腿を交差させるうちに桃雪は気持ちよくなっていた。

 そんな折り、隼樺が彼を起こしに来たのだ。


 とっさに隠したが、桃雪のそこの感覚としては、およそ際のところまで充足していた。敢えて何がとは言わないが。

 だがそうなると、後が大変だ。

 普通なら、他人と生活するうちに治まるというものだ。しかし桃雪はそうではない。
 いや、これは桃雪というより相手が悪い、と当の本人は思う。

 桃雪の主観によれば、隼樺という男はどこかひやりとした冷たさを残した人物だった。
 それを薄情っぽい、といえばそれまでなのだが、媚びそうで媚びないというか、必要ぶんには応じてくれてもそれ以上をくれないというか。

 だから桃雪は彼をそばに置いた。
 間違って欲しくないのは、冷たいという言葉は桃雪はまったく褒めたつもりではない。当たり前だが。
 だが桃雪は、その張りつめた感じが癖になった。

 一方で隼樺は、ときに艶っぽく、さっき桃雪の背中をつっと伝ったように、気を許してきたりする。
 なんというか、性別問わず惑わされてしまいそうな危険を常に意識させてくる、隼樺はそういう男だった。

 そういう訳で徐々に一方通行で絆されていった桃雪は今や、彼に懐柔されぬよう踏みとどまるのが精一杯だった。


「…坊っちゃ、とか、呼ぶなよ…」

 畳に震えた桃雪の腹の下では、すれて甘くなったそこがじゅくじゅくいっていた。



 これが、この国の現帝である。
 冠を立て、国の顔として王座にあるべき主はしかし、補佐の官吏に酔いしれ、このたび床に這いつくばっていることしか出来ない。


「…っは…」

 一度沈めたものを再び奮い立たせただけあって、予想よりはるかに早い絶頂が下帯に噴き出した。

「あ…ぁ……」

 あっけなく散り出た中身が、袴の中ですりよせた内腿の間にねっとりとした感触を描く。

 あれから隼樺の横でひたすら部屋まで耐えてきたものだから、もじもじ組み替えていた太股はびっしょり汗をかいていた。
 しかし、その液体が汗でないことは桃雪の知るところだった。


(不味い…!)

 がばっと身を起こし、急いで袴を緩める。

 まあそういうのは大抵事後である。

 幸い本袴の表には目立たなかったが、褌ごしにしぼみつつある陰茎の周りには、ばっちりと見たことある不始末の跡が残っていた。



 こときれた後は良く頭がさえる。
(乳母に頼んで替えを持ってきてもらおう)
 もう十分いい年だが、桃雪の回り出した頭はそれが最適解だとはじき出す。
 なにせ彼は皇帝、平民とは常識が違うことを知っていてもらいたい。

 不意に『坊っちゃま』と呼ぶ隼樺の声が思い出された。
 桃雪ははっと息をのんだ。しばらくそれを止める。そして彼はため息をつく。

(これだからそうやって言われるんだ…)


 坊っちゃま、というのは、乳母が桃雪を呼ぶときの呼称だ。
 物腰柔らかな隼樺は、この役職に任命されてすぐ乳母と打ち解けた。
 それがゆえに、隼樺はときおり乳母をまねて桃雪を坊っちゃまとからかう。

 桃雪はそれが気に食わなかった。

(全然違う)

 こんなところ、たとえ乳母を呼びつけられても、隼樺に見せられるわけがないのだ。乳母は血が繋がっていないとはいえ、家族みたいなものだ。しかし隼樺は違う。

 そんな人間に、坊っちゃまなんて呼ばれたくはなかった。



(着替えは自分で用意しよう)


 半分開けたままの襖からは、晴れの匂いをのせた風がひっそりと茣蓙に吹きこむ。桃雪はようやく朝を感じられる。

 そして若き皇は、ゆるゆると奥の間に歩き出した。
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