R18 短編集

上島治麻

文字の大きさ
上 下
74 / 158

41ー7

しおりを挟む
は?驚きすぎて言葉にも出てしまった。え?今のどこをどう錬金術すればそんな回答になるの?え?実は俺の事もう好きじゃないの?
「な、なんで…?」
「だって、俺がファンであることを凪月は知ってしまっただろ?俺がどれだけ気持ち悪いことを凪月にしてたかもバレたわけだ。だから、付き合えない。凪月はそんな悪い男と付き合ったらダメだ。」
いや、知らんがな。それが正直な俺の意見だった。なんで、自分が恋心を抱く相手を否定されなくちゃいけないのだ。しかも恋心を抱いた相手本人から。
「それは、陽那岐が決めることじゃないと思う。」
「凪月。少しの時間だったけど楽しかった。ありがとう。それと、ごめん。」
「いや、無視か。…バレなければ恋人になろうとしてたんだよね?なんでバレたらダメなの。俺が良いって言ってるのに。」
「……バレた時点で、俺は凪月にとってただのファンになるから。」
「どういう意味…?」
「凪月には分からないだろうな。…凪月はさ、前にジャーナリストに茜が唯一怯えるシーンで茜の気持ちが分からないって言ってたよな。」
「え…?う、うん。ジャーナリストが茜と蒼に真相を突きつけるシーンだよね?」
もちろん覚えている。とある殺人を茜が犯したことを知った蒼はそれをネタに近づき優しく懐柔する。いつか、裏切る日のために。だけど、ジャーナリストが告げたのは茜が実は殺人を犯してなどいなかったという真相。そこで今までジャーナリストに対して割と飄々と接していた茜が怯えるのだ。蒼にはバレたくないのだと。
俺はその時の茜の気持ちがちょっとよく分からなかった。別にバレても良くない?バレたところで茜が損する訳では無いし。ちなみに、蒼には茜の怯えが俺と一緒で理解出来ないらしく、中々にリアルな演技が出来たと思っている。あの八坂ですら『おぉ…』と感嘆の声を漏らしていたので、俺の思いは間違ってないはずだ。蒼が理解出来る側でなくて良かった。…いや、今はそれはどうでも良くて。なんで急に映画の役作りの話に?話しそらされた?
急に話が変わって頭が混乱する。
「俺は、分かるんだ。茜の気持ち。茜が蒼の傍に居るためには犯罪者じゃなくちゃいけなかったように俺が凪月の傍に居るためにはファンじゃなくて共演して初めて知り合ったアイドルじゃなきゃダメなんだよ。」
あ、別に話を逸らした訳では無いらしい。が、話の内容が理解できるかと言うと、それはまた別問題である。
「ごめん、陽那岐。頼むから日本語で話して欲しい。」
「俺は日本語しか話してないけど。」
でしょうね。いや、知ってるけどもあまりに理解出来なさすぎて別言語で話してるかと思ったのだ。いっそ、そうであって欲しかった。
「ごめん。あまりに理解できなくて、おかしなこと言った。」
「理解出来なくてもいい。たぶん凪月には一生理解できないだろうから。…さよなら、凪月。安心して、映画はちゃんとするから。期間限定の恋人ごっこだけお終い。」
「そんなの身勝手すぎる。」
おまけに、一生理解できないとか勝手に判断するのも失礼すぎる。
「そうだよ。俺の身勝手だ。恨んでも憎んでもいい。ごめん。」
「謝って欲しいわけじゃない。」
言いながら自然に涙がこぼれてきて、負けたみたいで嫌なのに言葉はつい涙声になっていく。
下唇を噛んで睨んだって、ごめんという聞きたくない言葉だけを俺に送って陽那岐は後ろを向いて去っていく。こんなことなら、恋愛としては凪月のことは、みれないから無理とかそういうナイフのような切れ味のいい言葉で刺された方がマシだ。ごめんってなんだ。謝るとか許すとかそういう話じゃないだろう。こういうことは。バタンという無情にも扉が閉まる音がして陽那岐が、この家から出ていったことを教える。
もし、もしも、もっと触れたいと思ったあの時に恋を自覚していたら未来は変わったのだろうか?

「で、そんなお通夜みたいな顔してたのね。」
ことの成り行きを話した後、春子さんの第一声はそれだった。
あの後、しばらく何もせずに伽藍堂のように一気に冷えた部屋で蹲っていたのだが寒さに耐えきれず暖房をガンガンにつけ、また蹲っているとピンポーンと軽快なチャイムが鳴ったのだ。正直誰とも会いたくなかったが、急ぎの用だと悪いと思い直し開けると春子さんが手に袋を持って立っていた。
『差し入れ持ってきたの。3人で食べましょう。』という春子さんに『陽那岐はもういないんです。』と告げ、ことの成り行きを話した。
「うーん、言いたいことは色々あるけれど、とりあえず暖房の温度下げていいかしら。まるでサウナじゃない。」
「え、そうですか?」
「そうよ。いくら寒くなってきたからってこれはやりすぎよ。」
言うが早いか、春子さんは手際よく暖房の温度を下げる。俺まだ許可してないのに…。
「それで、傷心の凪月くんはどうするの?」
「どうするって何をです…?」
「このままで良いの?」
「良くない。…良くないですけど、正直どうすればいいかも分からない。だって、陽那岐の言ってる意味がわからないですもん。なんでファンってことがバレたらダメでバレなきゃ良いの。結局同じじゃないか。」
「犯罪もバレなきゃ犯罪じゃない」
「え?」
優しくて穏やかだが少々潔癖なところがある春子さんらしからぬ言葉に驚き下を向いていた顔を上げる。
「ある有名な人が言っていたのだけれどね、例えば犯罪を誰かが犯したとしても、それを認知する人がいなければ、その犯罪は起こったことにはならないのよ。陽那岐くんが言いたいのはそういうことじゃない?」
「ファンであることがバレなければ、ファンと俺が付き合ったことにはならなくて、共演者であるアイドルと付き合ったことになる…。でも、結局誰かに言うことは仕事柄お互いに難しいから、陽那岐と俺しか知らないのに?」
「凪月くんが陽那岐くんと分かり合えないのは多分そこじゃないかしら?…凪月くんは誰かのファンになったことは無いものねぇ。」
頷きながら、しみじみと言われても困る。結局、陽那岐がどうして躊躇っているのか俺だけが理解出来ないみたいで、悲しくなる。俺はそんなに世間とズレた価値観を持ってるのだろうか。
「そんな、悲しそうな顔をしないで。別にこれは凪月くんだけ分からないとかじゃなくて、私も陽那岐くんも誰かのファンになったことがあって凪月くんはなったことが無いだけの話だから。」
「それは、どういう?」
「うーん、芸能界で恋愛関係のスキャンダルが出た時、ファンの女性とか男性が相手の時の方が炎上しやすいじゃない?最近はそうでも無いみたいだけれど。…あれって結局、自分と同じ立場の人間が憧れの人と付き合ったことが悔しいのよ。いっそ、手の届かないもの同士が付き合ったら諦めがつくじゃない。仕方がない事なんだって。」
春子さんの理論は分かる。もし、例えば仮に俺が陽那岐と同じグループのメンバーと付き合ったとして、陽那岐が悔しいと、そう思うなら納得できなくはない。いっそ、俳優か女優か女性と付き合ってくれたら諦めれたのにと思うかもしれない。でも、現実に俺が告白したのは陽那岐自身で、仮に春子さんの理論が適応されるなら陽那岐は悔しがられる側じゃないだろうか?そう春子さんに訊ねると困ったような顔をされた。
「ふふっ。それだけ陽那岐くんが面倒くさいタイプのファンだったってことね。つまり、凪月という憧れの存在が自分という1ファンと付き合うのは許せないけど、自分という人気アイドルと付き合うのは許せるってこと。」
頓智みたいだなと思う。この橋渡るべからずの通り方と同じじゃないか。本質は何も変わってない。でも、向こうが謎の頓智で来るならこちらも頓智で返せば良いのでは…??
お先真っ暗だった凪月の心情に一条の光が差し込む。これは我ながら中々にいい案かもしれない。あとは、どんな頓智で返すかだが…。
「ねぇ、春子さん。その理論で言ったら俺も陽那岐のファンになれますよね?」
春子さんはこれは驚いたというように目を瞬かせるとニッコリと笑う。
「そうね。なれるわよ。ライブDVDでも買っておく?」
「そうですね。ついでにグッズもあるだけ買いますよ。」
冗談交じりに、そう言う春子さんに不敵に笑って言葉を返す。こちとら、小さい頃からずっと芸能界で働いているのだ。金ならある。それに愛もある。付き合いたいくらいに。こうなったら、他のリアコファンたちが引くくらいに全力で朝田陽那岐のリアコファンになってやろうではないか。
「アイドルオタクと俳優オタクの恋人って素敵だと思いません?」
「ふふ、そうね。…むかし凪月くんが、自分のことをずっと愛してくれる人と付き合いたいって言った時のこと覚えてる?」
「え?…えっと、確か『そういう人と付き合うなら、その人のことも溢れんばかりの愛で包んであげて』でしたっけ?」
「ええ、当たり。ずっと愛し続けるってとても素敵なことだけど言葉以上に苦しいことだから、その苦しみを凌駕するほどの愛で包んであげて欲しいの。」
「…経験談ですか?」
「ないしょ。」
シーっと言うように唇に人差し指を当てて小首を傾げる春子さんは俺が今まで見た中で1番あどけなく少女のようで、何となく気まづくなる。
「大丈夫ですよ。陽那岐がもう嫌ってくらい愛を送るつもりなので。意外と、俺って重いみたいです。」
「なら、良かった。まぁ、凪月くんが重いのなんて昔から知ってたから心配はしていないけれど。」
「そうなんですか?」
「知ってる?ずっと愛して欲しいなんていうのは愛情が重い人しか思わないものよ。」
そう春子さんが言いながら笑う頃には、暖房が切られているはずなのに俺はもう寒いなんて思わなくて、むしろ冷房でもかけようかな、なんて思うほど暑く感じた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生不憫令嬢は自重しない~愛を知らない令嬢の異世界生活

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:29,153pt お気に入り:1,870

貴方のお嫁さんにはなりません!!!このばかぁ

BL / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:122

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:16,763pt お気に入り:3,110

処理中です...