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17、変身

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 昨日は俺の体調をみんなが気遣ってか、そのままお開きとなったため、セズは旅の準備をするため、アルグが護衛がてら街まで送り届けることとなった。
 俺も今日は色々あったという事もあり、なんだか食欲がないままで、夕飯も食べずにそのまま寝てしまう。
 そんななんでもない日の、いつも通りの夢の始まりだと思っていた。




**********************




 アルグがもぞもぞと起き上がる音が聞こえ、俺もまたその音により珍しく早く目が覚めた。だがまだ眠かった俺は布団を被ったまま目を閉じて、アルグの準備する音だけを聞いていた。
 準備が終わったアルグは昨日の俺の具合が気になったのか、そっと俺の布団に近づき、様子を伺う気配がする。見られているのが気恥ずかしかった俺は、もぞもぞと体の向きを変え目線を逸らさせた。
 しばらく見ていたが、気を遣ってか起こす事なく安心したようにため息をついて部屋を出ていった。それに俺もほっ、と息をつく。良かった、おでこ触って体温確認とかされなくて……。異世界に来て、男とそんなドキドキイベントなぞ、誰も望まないからな。どうせやられるならセズにやってほしい……やっぱり。
 目を瞑りそんな事を考えていたら、いつのまにやらまた眠ってしまった。意識は深く沈み、心地よい鳥や風の音が聞こえる。その音は囁き声のようで美しく楽しげだった。
 そのせいだろうか。俺は鳥になって空を飛んでみたくなり、であるならカラスがいいなと、何故かそう思った。特にカラスに思い入れがあるわけでもないのだが、夢というのは得てしてそういうものだろう。
 とにかくその時は、俺はカラスになって空を飛んでみたくなった。

 その時からおそらく俺は夢を見ていたのだ。

 突然至るところから話し声が聞こえ、俺は驚き目を覚ました。何事だ、と思い起き上がろうとしたが、上手く手を使うことが出来ない。からだの違和感を感じ見ようとしたが、真っ暗闇で見ることさえ難しかった。それに何だか妙に体も重苦しく、暑くてたまらない。これはもしかしなくても布団の中かと気付き、思うように体を動かすことが出来ない俺は、なんとか出ようと滅茶苦茶にもがく。
 そうしてやっとの事で抜け出した俺は、目の端にうつったその黒い物体にぎょっとする。
 手であるはずのそれは黒い毛で覆われていてまるで翼のよう。普段より回らない頭で、かろうじて見えた足は鉤爪になっていた。これじゃあ、まるでカラスようではないか。昔読んだ小説を彷彿とさせる変わりようだが、まぁ現実的に考えてそんなことがおきるのは稀だ。ということはこれは夢で、鳥の声につられた結果なのだろうとすぐさま納得した。
 妙にリアルな夢だなと思いつつ、先程の話し声が気になった俺は、寝そべったままで動かしずらい体を扱いきれない翼で、なんとか起こすと辺りを見渡す。
 鳥の目線だからか目線がいつもより低いけど、風景は寝る前と変わらないままで、アルグもおらず静かだった。
 ただ寝る前まで聞こえていた鳥の声が一切聞こえず、いつもは人の話し声も疎らな外が、今日はいつも以上に騒がしく、時折大音量で部屋に響く。何かあったのかと俺は窓に近寄ろうと思ったが、飛んで行く以外の方法は難しい位置と場所にあった。

 俺は翼を見つめ、おもいっきりその場でバタバタと上下に動かす。一緒に動かしているつもりだけれど、微妙に合っていないのか、左右にからだがぐらぐらと揺れるだけで飛ぶ気配がしない。どうしたものかと考えていたら、窓の外がコンコン、と鋭い何かでつつく音して俺はそちらに体ごとむける。
 そこにいたのは、雀に似た鳥で、可愛らしく首を傾げこちらを見ていた。

 「そこにいるキミ。さっきから何してるの? もしかしてヒトに捕まって困ってる?」

 ……今、気のせいじゃなければこの鳥喋った? これも夢のせいなら、俺ってこんなに想像力豊かだったんだ、知らなかったわ。
 驚きはしたが、夢なので何でもありなわけだし、いっそ話に乗ったほうが面白いだろう。

 「どっちでもない感じかな。翼を使ったことがなくて……よかったらコツとか教えてほしいな」

 「キミ変なこと言うね! うん、でもボクで良かったらぜひお手伝いさせてよ!」

 こうして小鳥のルーイと俺のレッスンが始まった。最初は思うように動けなかった俺だが窓の外から、自分の事のように踏ん張って教えてくれるルーイのおかげで、体の動かし方のコツをつかんだ。
 数時間後、まだ安定した飛びかたではなかったが、何とか窓までたどり着いたときは二人で大喜びした。その頃になると飛ぶのが楽しくなり、もっと遠くへ飛びたいと窓を押し開け、ルーイの案内のもと村じゅうを飛び回った。人間のままでは気づけなかった鳥の生態は、驚きに満ちており、そこらじゅうで鳥たちの話し声が聞こえる。

 「今年の春はいつ来るのかあなたご存じ?」

 「あなたが知らないこと、わたくしが知っているわけないじゃない」

 ふいにそんな会話が耳に入ってきた。春の訪れは鳥達の間でも話題らしく、それをきっかけに、ほかの鳥たちも話し始める。ある鳥はあの桜達はもうだめだといい、ある鳥はあの方に直談判してみたらどうか、なんていっていた。
 あの方、という文言は気になったが、それ以上にびっくりする話題が飛び出してきた。

 「そういえばこの間友達が神様みたっていってたよ。……またあれが始まっちゃうのかねぇ」

 その言葉に俺はギクリとした。まさか俺の正体がばれているとは思わず、飛行が乱れてしまう。その話を一緒に聞いていたルーイが、俺の動揺に同意するかのように話しかけてくる。

 「ヒナタもやっぱり気になるよねぇ。ボクは見たことないことないけど、怖いヒトだったらイヤだなぁ」

 「……そうだな、怖いヒトだったら嫌だよな。」

 彼の言う怖いヒトがどういう意味なのかはわからないけど、その一言はまるでわかったうえでの発言のような気がして、胸がきりりと傷んだ。何かをした覚えがある訳じゃないが、人間という生き物は決して彼らに優しい存在ではなく、時には怖いものとして彼らの命を脅かしている。
 そんな俺が神として全生命を握っており、俺の間違い一つで容易く失われる命があるかもしれない。俺の旅というのは常に恐怖で満ち溢れているのではないか……? その思考は俺の飛行を止めるには充分で、先を行くルーイはそれに気づかず飛び続け、俺も呼び止める事なくそこから去った。これ以上彼と仲良くするのは憚られたのだ。
 夢の中とはいえ、俺がこれ以上鳥たちの事を知ればもう、その命を頂くのも難しくなってしまう。ならば楽しい夢は夢のまま終わらせるべきだ。そう言い聞かせるように、俺は夢の出発地点だったベットへと帰っていき、最初と同じように潜り固く目を閉じた。



**********************




 コンコン、と軽いノックオンが俺達の部屋を叩く音がする。
 俺は寝ぼけ眼をごしごしとこすり、体を持ち上げる。窓はアルグが開けたのか、冷たい風が部屋に入り込んでおり、外を見ると綺麗なオレンジで村は染まっていた。
 一体どんだけ寝こけていたのかと、自分で飽きれながらも軽く身支度を整え、先の人物を招き入れる。そこにたっていたのはセズで、明日の旅立ちの為に必要な荷物を持って、暖かそうな羽織ものを着ていた。
 身支度を整えたとはいえ、乱れた俺の姿はみっともなくて、軽く赤面してしまうが、セズのほうは気にすることもなく俺たちの部屋へと入ってきた。

 「明日は朝早くの出立ということですので、今宵は私もこちらの部屋で過ごすこととなりました。アルグさんも先程の旅の準備を終えたそうなので、ヒナタさんの準備が出来次第、お爺さんのおうちに向かいましょう! 今日はご馳走を振る舞ってくれるそうですよ!」

 おじいさんたちとの別れが寂しいのか、少し眉を下げ笑うセズだが、声はとても嬉しそうに弾んでいた。そんな姿をみて俺も急ぎ準備をするため、一旦外で待ってもらい扉を閉めた。
 一人になり、ため息をついていたら後ろからパタパタと音が聞こえ、まさかな……とおもい振り返る。


 窓には小さな小鳥がとまっていた。
 そのつぶらな眼差しは夢の中のルーイみたいで、伝わるわけがないのに、俺は彼に言えなかったお礼をその小鳥に呟いていた。



 ——ありがとう、ルーイ。また一緒に空を飛ぼうな——

 そういうと小鳥は再び空へ飛び去っていった。



 
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