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54、希望は暗闇で光るもの

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 ——俺はあの日までは"普通"の人間で、ちょっと変わってはいたけれど、穏やかな日常の中にいた。神様ってやつはいつも空の上にいて、何か悪い事をするたびにお袋が言っていた。『お天道様が見てるんだから』と。
 でもなんで見ているのか、なんでなんにもしてはくれないのか。そんな理由を考えた事なんて、今の今まで考えた事なんてなかった——



**********************



 「これで、私の話は終わりよ。……これで分かったかしら、私が何故この世界にとどまり続けるのか、なんで仲間が無事だと分かっているのに貴方に魂が返せないのか……」

 「わから、なくはな、いっ。でも、それと、これとは話が、違うだろ!!」

 まるで諦めてくれと言わんばかりの言い方に腹がたった俺は、力いっぱいそれを否定する。気持ちは分かるし、何も持てなかったキャルヴァンさんの味方になりたい気持ちはある。でもそれで俺がここで諦めてしまったら、俺のせいで人類は滅んでしまうじゃないか。それは嫌だし、こんなところで諦めたくもない。

 「かえ、せ! 俺には、しなくちゃ、いけないことが、あるんだッ!!!」

 「ッ! ……何故分かってくれないの?! 私にはもう何もないの! 子供も、未来も、幸せだって……!!!」

 「それは、違う! あなたは、あきらめてしまった、だけッ!! 子供だって、まだ生きている、はずだろっ!!!」

 そう、子供は生きている。だけどそれがこのマイヤ国にはいなかっただけの話だ。だってそうだろう? リッカの街の掟は村の近くに子供を捨て置くというものだ。本当に殺すつもりだったらその場で亡き者にしてしまえばいいのに、あえて助かる可能性が高い町や村まで引き離す必要はない。だからまだキャルヴァンさんの希望は、未来や幸せは消えうせてはいないのだ。ただ暗闇の底に身を潜めているだけだ。
 そしてそれはキャルヴァンさん自身が、その存在を隠してしまっているだけなのだ。

 「過去は、無理だったかも、しれないっ。でも、いまは俺が、いるっ!! 希望はまだ、あるんだ!!」

 彼女は昔話の中で自ら語っていたではないか。肉体を持つ、本人の同意さえ得られれば"憑依"してマイヤの国から出られると!! なんで精霊はマイヤの国から出られないのかは知らないけれど、なんとなく理由は分かる。恐らくは"戦争防止"のためだろう。この国は死んだら必ず訪れる死者の国。ならばそれはドワーフも同じことが言えるだろう。エルフが多く存在する西の大陸で万が一、ドワーフが他の国にもいけるようになってみろ。その先は想像に難くないはずだ。
 だから肉体を持つもの同意がなければ"憑依"が出来ないんだ。いわばこれは抑止力。でも彼女は戦争を望んでなんかいやしない。ただ子供に会いたいだけの普通の、どこにでもいるお母さんだ。

  「!!! ……ッ希望は、まだ……ある?」

 俺の言葉に不意をつれたのか、上ずった声で復唱するキャルヴァンさんの目に、希望の光が宿った気がした。もう一押し、あともうすこしで彼女の暗闇のなかにある希望が輝き出すはずだ。

 「俺に、魂をかえ、してくれるなら、子供をさが、す手伝いをするっ。そうだ、"憑依"なら、俺だって許して、たんだッ!!」

 「……ッ!!!」

 キャルヴァンさんは間違っていた。本当に俺が心配なら、本当に子供に会いたいのならこんな手順は踏まず、まっすぐ俺にお願いすれば良かったのに。大人だから? だから素直に人に頼めずにいたのだろうか?

 「私は…………間違っていたの? 貴方のためといって今現在、貴方を苦しめ、子供を探すといってやっていた事は、ただ誰かが教えてくれるのを待つだけで、なんて……なんて愚かなのかしら」

 「あなたは、ただがむしゃらだった、だけ。間違っていても、後ろにもどる、事はないって……俺の、お袋はいってまし、た」

 人は前に進む力があって、それが間違っていてもけっして以前とは同じにはならないのだ。そうだろう、お袋?

 「そう、ヒナタのお母さんが……。ふふ、素敵なお母さんだわ。だってこんなに素敵な事をヒナタが知っているのだもの」

 「はは……、そうだと、思います。俺の自慢の、お袋だった……」

 気が抜けたせいだろうか、さっきまで気にならなった眠気が一気に俺に襲い掛かり、俺は気を失ったかのように深い、夢も見ないくらい深い眠りについた。




**********************




 翌朝は全身を駆け回るような激痛と共に目が覚める。

 「ッ!!!!! んーーーーーーっ!! たぁ……なんだよぉ、なんなんだよおぉぉ……」

 情けない声が出てしまっているが、それ以上に体がひどく痛む。なんだ、まるで全身が筋肉痛になってしまっているような……。

 「あら、ヒナタ……。ごめんなさい、魂を戻す反動で全身筋肉痛になってしまったのね……。ほんとうにヒナタには色々迷惑をかけてしまったわ」

 そういって何度もごめんなさいや申し訳ないと繰り返すキャルヴァンさんだったけれど、無事に戻してもらえたのでこれ以上怒る気にはなれなかった。あと、頭を下げるたびに大きく開けた胸元が何度も見れたから……なんて理由は一切ないぞ!!

 「それで、あの後気を失ったのでちゃんと聞けなかったんですが、俺たちの旅に付いてきますか?  それともこの国に留まりますか?」

 答えは分かりきっている。だけれどその答えは、しっかりキャルヴァンさんの口からきちんと聞いておきたかった。

 「……ヒナタに散々ひどい事をした私がこんな事頼む義理なんてない……と、分かってはいるの。でも、それでもやっぱり私の可愛い坊やに会いたいッ!! だからお願い、ヒナタの力を貸して頂けないかしら!」

  「……キャルヴァンさん、俺ずっとその言葉待ってました。だからあなたの言葉で、思いで聞けてよかった。勿論、俺のほうこそお手伝いさせてください」

 また一人、俺に仲間が増えた。そう、また一つ俺は人間じゃなくなったのだ。分かっている、どうせこの後起きるのはあの時と同じ頭痛だろう?

 「それじゃ、ヒナタの仲間にも大分ご迷惑をかけてしまったから、急いでこの小屋から出なくっちゃね!」

 「……そうですね、俺を待ってる人達がいる。だから立ち止まれない、ですよね」

 いたって平静に言ったつもりだったのにキャルヴァンさんにはお見通しだったようで、なだめるように優しい声音でゆっくり話しかけてきた。

 「大丈夫よ、ヒナタ。貴方は私にとって可愛い子供も同然。だから焦って神様になろうとしなくてもいいのよ?」

 それは俺と旅している仲間も同じだとキャルヴァンさんは続けて言うが、それでもだ。俺は神様にならなくちゃいけない理由があって、それは無視できない……避ける事すら許さない現実なのだ。

 「ヒナタ、これだけは忘れないで。私は貴方に救われたの。だからこれからどんな事が起きようと私は貴方の味方だから」

 キャルヴァンさんの言葉に俯いたままの俺は、自分の目に映る彼女がもう実体化していない事に気が付きひそかに絶望した。次は何が俺の身に起こるのか……。
 少しの間、ぼんやりしてしまったのだろう、心配したキャルヴァンさんはおれの左手に手を伸ばし、触れられないはずなのにキャルヴァンさんの右手が、丁度良く燃えるように輝く腕輪に当たる感触がした。
 刹那、以前と同じように意識が遠くに飛ぶような感覚の頭痛に襲われ、その場に立っていられなくなり、前のめりで倒れこみ俺も地面にぶつかる覚悟をする。が、その覚悟も前にいたキャルヴァンさんによって支えられ、俺は一息ついた。だけどそれに驚いたのはなんでもないキャルヴァンさんで……。

 「え……? 私今、何故ヒナタに触れられているのかしら?」


 朦朧とする意識の中で、キャルヴァンさんの言っている意味が分からなかった俺はキャルヴァンさんの顔を覗き込む。

 「私が触れられるのは実体化しているときのみで、今は触れないの……。なのになぜ私はヒナタを抱きしめる事が出来ているのかしら?」

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