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59、伸ばしても届かない

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 アルグと殴り合い寸前の大喧嘩をして以来、よりいっそう俺たちの溝は深まっていた。あれ以来、狩りの指導はスパルタもスパルタで、口答えも許さない軍曹のようになっていた。当然そんな態度のアルグに俺も噛み付いてしまう始末で、小さな喧嘩は毎日している状況だ。
 喧嘩の内容はいつも同じ。リッカの街で何があったのかから始まる、俺たちの傷の抉りあい。お互いが秘密を持ってお互いが嘘を付いているために、いっこうとして状況は良くなるはずもなく、最後はいつもセズやウェダルフが泣きながら止めに入るまで止める事が出来ずにいた。

 俺自身なんでこんなにアルグに腹が立つのか、驚いている部分が大きく、言うつもりのない言葉まで言ってしまう始末で、喧嘩のあとはいつも後悔しかなかった。本当は分かっているのだ、アルグにはアルグの事情があって、それを捻じ曲げる事はしてはいけない事くらい。
 次は、次こそは喧嘩をしないで、ちゃんと話し合いをしないと……。



**********************



 相変わらずマイヤの森はどんより雲に覆われており、視界に広がるのは緑と茶色のみ。会話までもが森に飲み込まれてしまったかのようで、誰一人として話を楽しむ雰囲気ではなく、ただひたすら深きマイヤの森の終わりに見える、光を目指して歩いていた。

 あとすこし、あともう1時間も歩けば、マイヤ国から夏の種属が治めるというユノ国にたどり着く。だけれどそれはアルグとの旅の終わりの証でもあるような気がして、一歩踏み出すたびに足が重くなっていき、最後には完全にその動きを止めてしまう。

 「……? ヒナタさん、どうかしましたか?」

 俺の歩みを気にしてかセズが声をかけてくれるが、口が上手く動いてくれず言葉が出てこなかった。

 「大丈夫よ、セズちゃん。ヒナタはただちょっと臆病になってしまっただけ。気にしないで一緒にいきましょう」

 さっきまでふわふわ漂い姿を消していたのにもかかわらず、いつまで経っても答えない俺の代わりにキャルヴァンは姿を現し、やさしい口調でフォローしてくれた。

 「そうなんですね……。わかりました! では手をつないで行きましょう、ヒナタさん! ウェダ君もヒナタさんの手を握ってください」

 「わぁぁ、いいね! 僕もヒナタにぃと一緒に歩く!」

 二人の予想外の行動に驚きつつも、何故だかさっきまで固まって動かなかった足が、自然と一歩前へ出ており、その様子を再び姿を消してしまったキャルヴァンとウェダルフの周りに漂う彼の母親、ファンテーヌさんが微笑ましそうに笑いあっていた。

 そう、ここ最近馴染んできた風景だ。
 俺はキャルヴァンに触れられるようになって以来、ウェダルフと同じくらい見えるようになっており、時にはその存在に触れる事も出来るようになっていた。だがこの触れる能力はまだ不安定な部分もあり、安定して触れられるのはキャルヴァンだけで、キャルヴァンいわく憑依をしているからだろうとの事だった。
 そんなとりとめもない事を考えていたら、いつの間にか森を抜けており、俺はその見た事もない美しさに目が奪われた。


 ——辺り一面に咲き誇る花や草、その生を一心に喜び舞っている原始種属とモンスター。視界を遮るようなものは辺りには存在しない平原。そのなかでも一等目立ち、草花の王者として凛と咲いているかのような、向日葵に似た花が道に沿って咲いており、まるで俺たちを先導するかのようで、皆足を止めてその光景を一生懸命目に焼き付けていた——


 「これが、ユノ国…………。私の、マウォル国とは全然違います」

 人一倍喜びそうなセズが顔を背けず、悔しそうな、悲しげな声でポツリと囁いたのを俺は聞き逃さなかった。花が好きな彼女は、喜ぶよりも自身の国との違いをまざまざと目の当たりにして、自身の力のなさを悔しく思っているのかもしれない。

 「セ……——

 「スゴーーイ!! みてみて、お母さん! みんな楽しそうにあちこちで踊ったりしてるよーー!!」

 声をかけようと思い口を開くが、その言葉はウェダルフの感嘆にかき消されてしまう。ウェダルフのタイミングの悪さに内心悪態を付いてしまうが、俺は諦めず声をかけようと再びセズを見やる。だが先程のセズはもうどこにもおらず、俺は二人に引っ張られる形で向日葵の道へと駆けだす。

 「待て待て二人ともッ!! そんなに焦ってもまだ街は先だろう?!」

 容赦なくぐいぐい引っ張る二人に、こけそうになりながらも俺も気付かない内に笑いながら二人に付いていく。アルグはそんな俺たちを後ろで見守っており、まるで居ない者かのように振舞っていた。

 「……本当にアルグはそれでいいの? 貴方のことは私もよくは知らないけれど、ヒナタを弟のように思っているのは伝わるのよ? 本当にこのまま喧嘩別れのように離れてしまっていいの?」

 「……あなたのその突然の声掛けにも慣れたが、何を言わせたいのかが、全くわからないな。オレの意思が変わらない事ぐらい言わなくてもわかるだろう?」

 二人とも顔を前に向けたまま歩き、内緒話のように話しているのが俺の耳にも聞こえるが、セズとウェダルフが話しかけてくるので、上手く聞くことが出来ない。
 その届きそうで届かない距離に、俺の中に苦い気持ちが広がり、これから先訪れるであろう別れに心がキシキシと痛み出す。

 「このままお別れかよ、アルグのヤロー。っざけんな……」

 二人には聞こえないよう呟いたつもりだったが、距離が近すぎたのか、二人して寂しそうに俺の顔を覗き込んできた。

 「泣かないで、ヒナタにぃ。僕たちがいるよ……?」

 「そうです、私たちがいます……。ちゃんとここにいますよ」

 力強く俺の手を握り、年下の子達に慰められてしまう自分に情けなさを感じるが、それ以上に俺自身忘れていた事を教えられてしまう。
 そうだった、俺にはアルグ以外にもセズやウェダルフ、キャルヴァンがいて、皆俺の事を信じて付いてきてくれているんだ。それなのに俺一人がアルグにとらわれてその歩みを止めてしまうなど本末転倒もいいところではないか。

 「ごめん、二人とも……。俺、忘れてたかもしれない……」

 今はとにかくマウォル国で薬を待っている人達のためにも、俺は先に進んで行くしかない。たとえアルグが欠けてしまうおうとも、だ。
 鈍く重かった決意が二人のおかげで再び息を吹き返し、気持ちが前へと向いていく。ありがとう、セズ、ウェダルフ。

 そのまま二人に促されるように歩き続け、この日は野宿となった。
 俺とアルグは無言のまま狩りの準備に取り掛かり、そのまま狩りが出来る場所まで息を殺して移動する。散々マイヤの国でしごかれたお陰か、ここ最近は俺一人でもモンスターがいる場所ぎりぎりまで近づくことが出来るようになり、狩りの時間も格段に早くなっていた。慣れてきている、そう自覚をするが慣れの感覚には空恐ろしさを感じており、いつかそれが当たり前として、なんの痛みも感じないまま、命を奪っていく自分の姿を思い浮かべると怖気が走る。そんなのは決してあってはいけない、命を奪う以上はその恐ろしさを自覚したまま、狩りをしなければ、いつか自分ではなくなる気がする。
 いつものようにこの事を噛み締め、息を殺したまま力いっぱいに弓を引く。今日の獲物は集団行動をしている草食のモンスター。見た目は山羊のようだが、このモンスターはそれとは大きく違い、カンガルーのような尻尾を持ち二本足で立っている。

 「カプグーロたちの前足は危険だから一発でしとめろよ、ヒナタ。反撃されたら一撃で死ぬぞ」

 恐ろしい事をさらりと伝え、俺一人最前線まで近づけさせるアルグはやっぱりスパルタで、俺も自身の身を危険に晒しながら、カプグーロたちの急所へ狙いをつける。恐怖を感じているのに、手は震える事無く心拍も静かに脈打っている自分に内心驚きながらも、俺は矢羽を持つ手をぱっと放す。


 その瞬間、仲間のカプグーロたちは一斉に逃げ惑い、残された一匹はドサッと大きな音をたてその場に倒れ伏す。こうして俺はいつものように自身が奪った命を頂く為、余すところなく捌き仲間のところへ持ち帰るのだった。
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