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79、サリッチの罪と陰謀

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  ソルブさんを抱えながら、俺とアズナさんは急ぎお城へとむかい、向日葵が作ってくれている道をひたすら走っていく。
 太陽はまだ昇ってはいないが、あと数分もすれば顔を覗かせて今日の始まりを告げるだろう。だからそうなる前に俺たちはお城にたどり着き、城の中で渦巻く思惑の阻止をしなければ、取り返しの付かない事態になってしまう。

 「ヒナタ様あと少しでグェイシーの街になりまする。街に入ったらそのまま城の正面へ向ってくだされ。その先はわしがなんとかしましょう」

 「わかりました! アズナさん大丈夫? 村から休憩なしにずっと走りっぱなしだけど……」

 「えぇ、えぇ大丈夫です! こんなところでなんか休んでいられません!!」

 隣で並走するアズナさんは、顔を青ざめながらも必死で俺に着いて来ており、その目には焦りと揺るがない意思が垣間見える。本当は限界に近いはずのアズナさんだが、よほどサリッチが心配なのだろう俺には目もくれず、ただまっすぐに街だけを見つめていた。

 そうしてやっと街にたどり着いた頃には、太陽はすでに昇っており、街の人たちも各々の日常を始めていた。

 「ヒナタ様ここからは誰に声を掛けられようとも、決して立ち止まらず城にむかって下され。たとえそれが貴方を捕まえようとする警邏のものでも」


 「………分かりました。アズナさんもあと少しだから頑張ろう!」

 「……っつ、はい!!!」




**********************




 開け放たれた扉へなだれ込み、俺とソルブさんそしてアズナさんは、タウ・フウアとチィ・アンユと対峙し、先の言葉を遮りサリッチに声をかける。

 「ヒナタ、それにお姉ちゃんまで…………。ねぇ、お姉ちゃん本当なの? 本当にあたしのこと殺そうとした暗殺者なの?」

 サリッチは動揺が隠せないのか、黒幕二人から完全に背を向けアズナさんに問いかける。その普段とは違う弱気な姿に、セズとウェダルフも戸惑っているようだった。

 「…………本当の事よ、サリちゃん。でも——

 「そんなの嘘ッ!!! お姉ちゃんなんで?! なんでお姉ちゃんまであいつらの味方なんかするのッ?!!!」

 アズナさんの言葉で完全に正気を失ってしまったサリッチは、駄々をこねる子供のように同じ言葉を何度も何度も繰り返し否定する。

 「嘘よ嘘!! そんなの全部嘘に決まってる!! だってお姉ちゃんはあたしの味方だもん、そんなのするわけないもん……!!」

 「サリッチよく話を聞いてくれッ! アズナさんは君を裏切ってなんか無い!! だから一旦落ち着くんだ!」

 「うるさいうるさいうるさいッ!!!! 聞かない、何も聞かないわよ!!!」

 「サリッチ様……」

 「サリちゃん、聞いて……お願い」

 ソルブさんとアズナさんの言葉に、ひとつも耳を貸す気配がないサリッチを落ち着かせたのは、驚く事にそれまで黙っていたセズだった。
 彼女は無言のままサリッチに近づいたかと思えば、有無を言わさず彼女の頬を勢いよくビンタし、辺りにバチーンという音が響いていた。

 「………な、なにするのよぉ!! なんであんたそんなにあたしの顔叩くわけぇ?!」

 痛みのせいなのか、それともあまりの衝撃のせいか、サリッチは叩かれた顔を抑えながらボロボロと涙を零し、セズに追いすがる。
 その弱弱しい姿をセズはごく冷静な顔つきで見つめ、落ち着いた口調で声をかける。

 「落ち着きましたか? そんなに取り乱しては良い話などできるものではありませんよ。一旦深呼吸しませんか?」

 「……なによ、年下の癖に…………」

 サリッチはそういったきり、セズに縋ったまま下を向き息を整える。そうして落ち着きを取り戻したサリッチは顔を上げ、セズに向き合いその右手をセズの左頬に勢いよく振り下ろし、ビンタ返しをする。

 「何度もあたしの顔を叩いたお礼よ。このくらいは許してほしいわ。………でも、ありがとう」

 二人の思わぬ行動に俺たちは見守る事しかできなかったが、なんにしろ落ち着きを取り戻したサリッチは、さっきとは違い力強い眼差しで俺とソルブさん、そしてアズナさんを見つめ堂々とした足取りで近づいてくる。

 「ヒナタありがとう。アズナをここまで連れてきてくれて。お姉ちゃんの話、まだ信じられないけれどちゃんと聞かせてちょうだい。あたしと……後そこでふんぞり返ってる二人にねッ!!」

 そういって後ろを振り返り、チィ・アンユとタウ・フウアを睨みつけるサリッチは、俺がいなかったここ短時間で大きく成長したようだった。そんな初めて見るサリッチの姿に本当の王様なのだと実感し、その姿になぜか嬉しさが湧き上がってしまう。

 「サリちゃん……えぇ、もちろん勿論ですわ、サリッチ様! ここで事の真相全てをお話しする所存でございます!!」

 「おぉ……、やはり貴方様は王たる器の持ち主。わが目に狂いはありませんでした………」

 ソルブさんとアズナさんは感動しきりで目を大きく開き輝かせ、そのままサリッチにの前まで出て膝を折る。その姿をみたタウ・フウアは珍しく顔を歪め、そのままの勢いでソルブさんに声をかけてきた。

 「ッ……!! 老師!!! 何故貴方様がこのような場所までこられたのですかッ?! 貴方様はすでに隠居の身! そして私がもっとも尊敬する師なのです!! なのに何故そのような王たる器も無いものに膝を折るなど……!!!」

 「黙りなさい、フウアよ。サリッチ様を目の前にまだそんな愚かなる事を紡ぐのならば、今日限りで師弟関係も終わりじゃ。お前も国に仕え王を支えるものならば、真たる王を自分勝手に決めてはならぬ」

 「ッ……………!!!!!」

 ソルブさんの厳かな口調と怒りをはらんだ声のトーンに流石のタウ・フウアも二の句が告げないようで、そんな姿をチィ・アンユも眉を顰め目を伏せるだけにとどめていた。

 「それじゃあ今回の事件について一から真相を話していこうか。………まずサリッチ、君は今回の騒動の発端はどこからだと思う?」

 「は? 発端も何も、おね……アズナがあたしを殺そうとした所以外あるわけないじゃない」

 何言ってるのといわんばかりのサリッチの顔に、俺はやっぱり気付いていなかったのかと心が痛んだ。

 「違う。それは結果でしかないんだ。今回の事の発端はもっと深く、そして暗殺未遂事件を起しざる得なかった原因はなんでもない………サリッチ。……君のせいだ」

 「……え?」

 「本当の暗殺未遂事件の真犯人は君だよ、サリッチ。そうだろう? チィ・アンユさん?」

 俺はだんまりを決め込むチィ・アンユを見つめ、確認を取るがまだ言い逃れる気でいるのか、何も言わず目を伏せる。
 だがその言葉でサリッチはやっとどういうことか気付いたらしく、まさかと小さく呟き、俺に無言で話を促してくる。

 「そうだ、今回の事の発端はタウ・フウアとチィ・アンユ、二人の会話を偶然聞いてしまったサリッチの暴走から事件は始まった」

 「それは……あの、どういうことですか?」

 セズが動揺した様子でサリッチに聞いてくるが、サリッチは苦い顔をしたまま答える様子はない。

 「ここから先は私、アズナがお話させていただきます……。それというのもサリッチ様は普段からアンユ様と比べられ息の苦しい生活をしておりました。それでもなんとか頑張って王様になられたサリッチ様だったのに、お二方は……それすらも否定されるような計画をしておられたのです」

 「…………聞くつもりなんか無かった。けど聞いちゃったのよ。…………二人があたしの王座を奪うため、次の王位継承候補だったヘリアンを婚約者に据えて、実権をあたしから奪う話をね」

 サリッチの言葉に二人は大きく肩を揺らし、かすかに動揺してみせる。だがまだ話はここでは終わらない。

 「そうです、そんな話をきいてしまったサリッチ様はひどく動揺しており……そうしてその計画を潰す為、サリッチ様はその日から城を抜け出し、スラムに訪れてはチィ・アンユにを殺してくれる者を探すようになっていったのです」

 「ただそれがいけなかった。あいにくとこの街の者はみんなチィ・アンユさんに夢中で、そんな中でチィ・アンユさんの暗殺依頼をするやつの噂なんて広まるにきまってるだろう?」

 「……それでも、あたしはあたしの地位を守るにはそれにしかなかったわ。例えどんな出来損ないの王様だとしても……」

 俺の問いかけにサリッチは顔を歪めながらも、自身の気持ちを告白していく。それだけ彼女は追い詰められてしまったのだ、あの二人に。

 「そうしてその噂はアンユ様の耳にも届き、賢いアンユ様は犯人が誰だかすぐに気付かれてしまったのです。そしてそれをむしろ好機とばかりに、貴方様は恐ろしい計画をさらに練ってしまわれた」

 「……なんの話かしら? 私はそんな噂耳にしたこともありません」

 「ずいぶんと白々しい……。あんたらがそんなだから今回みたいな事件が起きるんだ! あんたら二人はその噂を利用して今度は貴族連中に手を回し、サリッチが孤立無援状態になるよう動いた!! そうだろう?!」

 俺の言葉を聞いて、サリッチは唇を嚙み締め手が白くなるほど握り締め、この状況をじっと耐え聞いている。その痛々しさに俺は心を痛めつつ、さらに言葉を続ける。

 「だからそうなる前に俺を逃がしてくれたタウ・フウアさんの使用人の男性とアズナさん二人は、お互い情報をやり取りし、手を打たれる前に暗殺未遂という事件を起こしてサリッチを逃がしたんだ!! これが今回の事件の全貌なんだろッ!!!?」

 ついつい熱くなってしまった俺は、何も語ろうとはしない二人を強く睨みつけ言葉を待つ。だが一向に喋りだそうとはしない二人と俺の間に暫時沈黙が訪れ、誰もが言葉を発せずにいたそのときだった。




 「ハイハ~イ、みんなちゅうも~く!! どうでも茶番はもう終わりだよー!!」

 突如として気の抜けた声が辺りに響き渡り、俺たちは一瞬理解が追いつかず声がした方向、さっきまで誰も座っていなかったはずの玉座を一斉に見やり、その異様さに誰も声が出てこなかった。

 「まったく~。いつまでそんなどうでもいい……くっだらないお話続けるつもり~? ボクもう飽きちゃったよー!!」

 「そうですね、ブラウハーゼ様。貴方様の言うとおり、忠義も誠実さも持たぬ者達など、居ても居なくともどちらでもいい存在。この国は時間を置かずとも死に行くだけでしょう」

 そこに現れたのは、アプロダの国で見かけた可愛らしいウサギ帽子の少年と、アルグにそっくりな雰囲気の青い肌をした鬼だった。
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