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優しいから
しおりを挟む「───なるほど。そうやって暗示をかけるのか」
大事に抱えていたジョシィの頭が、腕の中からするりと抜けた。
煩わしそうに頭を振るのは誰だろう。月の明りに金の髪が光った。
「クリフの言った通りだったな」
さっきまでとはまるで違う、ジョシィの声。
「楽しませてもらったよ、"哀れなローレライ"。お前の魔法使い様とやらが待っている。続きは後でたっぷりと聞かせてくれ」
月明りを受けて輝く髪を乱暴にかき上げ、落ちた外套を拾い上げた。
「どんな声で”歌う”のか、楽しみだ」
冷たい、温度のない声が私を刺す。
私の腕の中にいたのは誰?
腕の中から、手の中からこぼれていく感覚が恐ろしく
手を伸ばしたのに。今度はドアが大きく開かれ、突然飛び込んできた光が刺すように明るく目が眩む。
最初に感じたのは衝撃だった。何が起きたかわからず、息が上手く吸えなかった。
目を閉じてしまった次の瞬間には乱暴に床に引き倒されたようだった。
痛い
だんだんと痛みが激しくなる。
勢いよく床に打ち付けられた顔も膝も肩も痛い。捩じりあげられた腕なんて千切れてしまいそうだ。久しぶりの体の痛みに、あの時よりは痛いだとか、あの時ほどじゃないだとか。場違いにも昔のことを思い出していた。
家畜のように身体に覚えさせられた痛みが、恐怖が、戻って来るようだった。
目が慣れてくると、私の前には数人の騎士たちと……ジョシィが立っていた。
その隣にはあの女とよろしくやっているはずの男も立っているではないか。
「な、んでここに」
私に協力すると言っていた男が、私とジョシィが座っていたはずのソファーに近づいた。視線だけで追っていくと、ソファーにはジョシィに少し似た男が髪を乱して座っていた。
あれは誰
私の腕の中にいたのは、ジョシィじゃないの?
私の目の前に立っているジョシィに視線を戻し、体を捩じる。
「あぁ、ジョシィ! 一体、何が起きてるの……? とても痛いの! 助けて!」
床から見上げたジョシィは……まるで"お貴族様"が私を見る時の目をしていた。
───嫌だ。違う。ジョシィはそんな目をしない。そんな人じゃない。
あの目には覚えがある。私たちを同じ人間とは思っていない目だ。
───ジョシィは私を応援してくれた。存在を認めてくれた。
同じ命の価値が無いとでもいうような、まるで”物”を見ている目をしていた。
───ただ存在することを許してくれた。
「ジョシィ! 痛いの……助けてお願いよ……ジョシィ……」
私のジョシィは違う。嘘だ。嘘、嘘嘘嘘嘘
───許すことが、愛だから。
「私に何をしてもいいの、でもお腹の……ジョシィと私の赤ちゃんだけは」
私のジョシィの皮を被った冷たい目をした男の目が、揺れた。
あぁ、やっぱり。
思わずにやけてしまいそうになるけど、ここで笑ってしまったら台無しだ。
声にならない声でジョシィの瞳を見上げて呟く。『愛してる』と。
優しい、どこまでも優しいジョシィは床に抑えつけられる私に近づき、膝を折った。
そしてゆっくりとジョシィの手が私に伸びる。
伸ばされた手に、猫のように顔をすり寄せた。そして溜めた涙が頬に落ちるように瞼を閉じた。
ほら、こういうの好きでしょう?
可哀想で、弱そうな女が。だってジョシィは優しいから───
バチンと耳に痛みが走る。
思わず演技も忘れて目を開ければ、ジョシィは手の中にある何かを見ている。
そして、思い出したようにこちらに視線を流した。あの貴族の目を。
「これは返してもらうよ。君への贈り物じゃない」
この人は誰
抑えつけられたままの私なんて興味を無くしたように、もう私を見てなんていなかった。
手のひらの中から小さな耳飾りを摘まみ、見つめている顔は
あの北の間で見た、あの表情で。
「それ、は! 私のよ!!」
あの瞳も、思い出も、ぜんぶぜんぶ私の───
「クリフから全て聞いた。全てだ。自分が情けなくて狂いそうだ……」
ジョシィだった男は私の方をちらりとも見ずに、耳飾りを手のひらに握り隠した。
「兄さん」
あの、私と同じ願いを持っていたはずの男がジョシィの肩に手を置いた。
「あんた裏切るのね! 私を助けないと欲しいものが手に入らないわよ! あの女が欲しいんでしょう!?」
吼えるように声を荒げると、体を強く床に押し付けられた。
「──魔法、とやらで手に入れてどうするんだ」
あの男はゆっくりと振り向くと、あの昏さを孕んだ声で言った。
「魔法で手に入れて、その先はどうなる。本当にそれで幸せか?」
幸せ??????
「幸せに決まってるじゃない!! 欲しいものが手に入るんだもの!!」
何を言っているんだかわからない。体をよじるたびに抑え込む騎士の手に力が入る。
「……そうか。お前は、そうなんだろうな」
小さく呟いた声が耳をザラリと撫でた。
「あぁ、そうだ。お前が魔法だと言っている薬……ハーブの中身は知っているのか。使い続けるとどうなるのか」
は?? 魔法の中身?
考えたこともないことを聞かれ、いらつきさえ覚える。
「その様子では知らないようだな。あの魔法の結末は廃人だ。俺たちの……父のようにな。お前とクピドとアデルは仲間だろう」
「私は違うわ! 魔法をもらっていただけだもの! あなたたちの父親のことなんて知らない!」
「その魔法を、クピドからもらうためにアデルを使っていただろう。アデルはクピドの仲間だ。二年前からな」
「そんな、そんなこと知らないわ! 私は……私はただジョシィのことが」
「──ああ。続きは王宮でじっくり聞くことにするよ。三人の内、誰が一番早く"歌う"のか楽しみだ」
今まで黙ってソファーに腰かけていた男がそう言い手を挙げると、騎士たちが私を引きずり始めた。
「いや! いやだ!!! ジョシィ!!!! ジョシィ助けて!!!」
ジョシィの方へ足をばたつかせ、体をよじり暴れたら剣の柄が降って来た。
衝撃で視界が揺れた。白い世界と暗闇へ堕ちていく。
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