騎士の妻でいてほしい

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リンダの母、はじける

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 リンダは母、アネットが居候している、母の幼馴染み、ダイアンの家へむかっていた。

 ダイアンの家につくと王都で流行している服を着た母が迎えてくれた。

「……お母さん、なんかものすごく王都になじんでるね」

 母がうれしそうに「そうなのよ」とリンダにこたえたあと、ダイアンに「このままここにおいてくれる?」と聞いた。

「アネットが好きなだけいていいわよ。夫も私のお目付役ができてよろこんでいるし」

 行動力がありすぎるダイアンをとめられる母を、ダイアンの夫は歓迎しているようだ。

「王都は楽しいし、ダイアンもこういってくれてるから離婚して住もうかな?」

 本気かどうか分からない軽い調子だが、最近の母を見ていると本気ではと思える。

 リンダにイーサンと離婚するかどうかを決める前に大きく環境をかえて考えてみてはどうかと提案した母は、ダイアンにリンダだけでなく自分の仕事もさがしてもらいリンダと一緒に王都へきた。

 リンダの両親はリンダがイーサンと離婚するといった時に、自身も騎士である父、マイケルが、リンダに騎士の妻として理解と我慢がたりないと叱ったことから両親の離婚話に発展した。

 リンダが母の姉であるエリザベスの家に居候させてもらいイーサンと別居していた時に、リンダを心配した母がリンダと共に伯母の家で居候した。

 自分の離婚話が両親の離婚話を引き起こしリンダは複雑な気持ちだった。

 別居している時にイーサンが勤務中にけがをしたことからリンダが家にもどり、母も父のもとに帰り離婚の話はなくなったと思っていたがそうではなかった。

「私のせいで…… お父さんに申し訳ない」

 リンダがぽつりというと母とダイアンが顔を見合わせていた。

「リンダが罪悪感もつ必要ないわよ。こういうのってこれまで積み重なったものが、ささいなきっかけで大事になってるだけだから」

 先ほどよりもしんみりとした口調にリンダは母の顔をみた。

「お母さん、お父さんと本当に離婚したいの?」

 母がうーんとうなり考えていた。

「マイケルのことは嫌いじゃないけど、長く夫婦をやってるからいろいろと不満はある。それはマイケルもそうだろうけど。

 もう嫌だと切り捨てたくなるほどではないけど、こうして日常をはなれて自由にすごさせてもらってるからこそ思うのよ。このままでいいのかって。

 このままマイケルと添いとげてもいいんだけど、これまであの人を支えるためにがんばって、子供達も無事に育って自分の手から完全にはなれたんだから、自分のために生きてもいいじゃないと強く思うのよね」

 ダイアンが「すごく分かるわあ」力強くうなずいていた。

「女って夫や子供の世話をしている間に気がついてみれば年を取ってたとなりやすいものね。

 自分のやりたいことをやってきたといわれる私でも、夫や子供達のことを考えてやらなかったことはある。異国に住んでみたいという希望はあきらめたし。

 いまならそれが叶う。すべてのしがらみを断ち切りやってしまえと思うことあるわ」

 ダイアンもしみじみとした調子でいった。

「リンダ、あなたはまだ若いうちにこうして王都にくる機会にめぐまれた。これまでとはちがう環境の中でたくさんの刺激があったと思う。

 無意識のうちにとらわれていることから解放されて自由に生きればいいのよ。

 王都での生活が気に入ったならここに住めばいい。イーサンと離婚したいなら離婚すればいい。新しい出会いはいくらでもあるわよ。

 私からしたらうらやましいほどリンダは若い。いくらでもやり直しがきく。

 離婚した女のことをとやかくいう人はいるけど、馬鹿正直に離婚したなんていわず旦那とは死別したことにすればいいのよ。

 イーサンだけが男じゃない。もっと周りをみるのよ!」

「お母さん…… なんか性格変わってない?」

 リンダは王都にきてから変わってしまった母についていけないものを感じる。

 母が笑いながら「リンダに感謝してる」といった。

「リンダのおかげでこうして王都までこられた。もしあなたが来るといわなければ、私はあのまま一生を終えてたと思う。

 ダイアンが王都にいるといっても、ダイアンに会いにいくという理由だけでわざわざ王都までくるのはむずかしかったし。こうして王都にこられて思い残すことはないわ」

「ちょっと、もうすぐ死ぬような言い方やめてよね」

 ダイアンがくすくす笑いながらいったあと、

「そういえばリンダは同僚でいいなと思う人はいないわけ?」と聞いた。

 既婚のリンダにふさわしくない質問でおどろいていると、

「べつに浮気しようと考えてるのかを聞いてるわけじゃないわよ。人気俳優のようにながめているだけでうれしいと思う人はいないのか聞いただけよ?」ウインクしながらいわれた。

「とくにそういったことを意識して見たことないから――」

「何なの、そのまじめな答え。たのしくない!」ダイアンがからかうようにいう。

「ちょっと、うちの娘で遊ばないでくれる。リンダはあなたとちがってごく普通の女の子なんだから」母がダイアンをたしなめた。

 ダイアンは美少女として地元で名をはせ、王都のやり手の商会の長男にみそめられ結婚した。いまでも美貌と若さをたもっており、リンダの歳のはなれた姉といっても通りそうだ。

「でもアネットがイーサンだけが男じゃないといったのよ。もしリンダが離婚するならこのまま王都にいた方がよくない? 地元に帰ったら周りがごちゃごちゃうるさいだろうし。

 今のうちから夫以外の男性に目を向けるのも悪くないと思うけど」

 ダイアンがリンダへにっこりほほえむ。

 リンダはイーサンと離婚したわけではないので、他の男性に興味をむけることに抵抗があるだけでなく、夫以外の男性について考えること自体しっくりこなかった。

 イーサンは幼馴染みで、リンダはやさしいイーサンが好きだった。

 しかし騎士になるため努力していたイーサンは、騎士と結婚したくないリンダとは縁がない人なのは分かっていた。

 地域の人達を守る仕事をしている騎士の父を尊敬していたが、いつも仕事だと自分のそばから去っていく父の背中を見るのは寂しかった。

 リンダは弱くて自分勝手な人間なので、夫となる人には他人を助けるよりも自分のそばにいてほしいと思う。何かあった時に自分の手をとり一緒に逃げてほしい。そのように考えてしまう女に騎士の妻はつとまらない。

 イーサンとの結婚話はうれしかったが、騎士の妻としてやっていけるだけの強さがないので断った。しかし両家の父親が結婚をきめイーサンと夫婦になった。

 好きな人と結婚できたことはうれしかったが、リンダは騎士の妻でいられるほど強くない。仕事だと自分のそばから去っていく夫の背中を見つづけることに耐えきれなくなった。

 イーサンはリンダではなく彼のことをしっかり支えられる強い女性と結婚すべきだった。だからこそリンダは離婚しようと思った。

 そしてもしリンダがイーサンと離婚したとしても他の男性とうまくやっていける自信はない。自分には欠けているものがあり、良い関係をつくることができるとは思えない。

「私はリンダの旦那さんのことを話でしかしらないけど、すごくまじめそうな騎士よね。夫にするのに悪くない選択だと思う。

 リンダは二十歳で大人として成長しているところだから、いろいろな経験することで自分自身のことや周りのことを分かっていく。とりあえずイーサンと一、二年やり直すのも悪くないと思う。

 リンダはまだ若いし、やっぱり駄目だとなってもいくらでもやり直しがきく。

 実際にやってみないと分からないことは多いから、やってみて考えればいいのよ」

 ダイアンの言葉に母が大きく首を縦にふる。

 人と話していると自分では考えもしないことをいわるので迷うことが多くなる。

 イーサンとやり直してはどうだといわれる理由も、別れて新しい人と再婚してはどうだといわれる理由も納得できるだけにどうすればよいのか分からない。

 自分で考えなくてはいけないことは分かっているが、考えるのが苦しく誰かに決めてもらいたくなる。

 リンダは母とダイアンの仲の良い姿をみながら小さく息をはいた。
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