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守護天使は進むべき道をささやいてくれるのか

マチネを楽しむ

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 アレックス・ホワイトはステラをマチネ、昼の公演にさそい観劇を楽しんでいた。

 これまで劇場は夜のみ開演していたが、名門といわれるミラージュ劇場がより多くの人に演劇を楽しんでもらえるようにとマチネを考案した。

 マチネは主要俳優の代役になっている若手俳優達が演じることでチケットの値段を安くし、昼間に行われることから普段着での入場でよいとなっている。

 そのおかげでミラージュ劇場で上演されている話題作を安く観劇できると噂になりマチネの日を作る劇場が徐々にふえていた。

 スペンサー学園の演劇部の先輩、フーゴがミラージュ劇場のマチネに出演しており終演後に差し入れをもっていくことになっている。

 ステラをさそった時に劇場名を聞いたとたんステラが「劇場に行くのにふさわしい服がないから」と断ろうとした。

 しかしマチネは昼に上演されることから普段着よりすこしおしゃれをした程度で大丈夫なことを説明するとうなずいてくれた。

 ステラは紺色のシンプルなワンピースをきているが、背が高くステラの凜とした雰囲気もあり目立つ。

 きれいだとほめるとアレックスの視線をしっかりとらえほほえんでくれたが、女性をほめるノルン式で育てられているステラはほめられ慣れている。アレックスがほめても社交辞令と思われているようだ。

 芝居がおわったあと楽屋へいきフーゴに差し入れをわたしてから劇場近くのカフェにおちついた。

「楽屋の雰囲気なつかしかったなあ。演劇部の発表会のあとイザベラに会いに行くとにぎやかであんなかんじだった」

 ステラと初めて話した時のことを思い出す。

 いつもは発表会が終わったあと観客席にとどまり改善すべき点など気付いたことを書きとめているが、あの日は芝居の最後の方で舞台でつまずいた部員が足を引きずるように袖にはいっていったのが気になり舞台裏にいった。

 舞台裏には発表会のあとイザベラに会いにきていたステラがいた。ステラとそれまで同じクラスになったことがなく、彼女が同じ学年であることと特待生であることしか知らなかった。

 そばを通った時にステラがイザベラにアレックスが手をいれた場面について話しているのが聞こえ思わず二人の話に参加していた。

 その発表会で使った脚本は演劇部の定番となっているものだが、アレックスが台詞や設定を所々変更していた。さまざまな困難をこえ結ばれた恋人達の話で、お互いの誤解がとけた時に男が恋人に道ばたで咲いていたデイジーを贈るシーンをくわえた。

 脚本を見直していた時にたまたま知ったデイジーの花言葉「新しい始まり」「希望」をその場面にふくめたかった。

 その場面を加えたとはいえ話の筋にまったく関係はなく、男が花をわたした以上の意味をもたせてもいないので注目をあびるようなものではなかった。

 しかしステラが「デイジーの花言葉から二人の誤解がとけ関係を新しく始めようとしていることが伝わりじんときた」といったのを聞き、まさか気付く人がいるとはとうれしかった。

 ステラは本好きで演劇の父とよばれる劇作家の書いたものも読んでいた。ディアス語だけでなくノルン語で書かれた本も読んでいることから、アレックスが知らない作家が書いたものにもくわしく話すのが楽しかった。

 アレックスは脚本にこめた意味をくみとれるステラにひかれた。

「ミラージュ劇場のマチネをより広く知ってもらうための計画すごいね。いろいろな劇団に演じさせることで、その劇団の関係者や後援者、応援している人達にマチネのことが知れわたる。それに劇団を公募することでおもしろそうだと話題にもなるし」

 楽屋へいった時にフーゴからミラージュ劇場がマチネを周知させるため一か月間、週三回のマチネを一週間ごとに違う劇団が演じる計画を決め参加劇団を公募することを教えてくれた。

「イリアトスの全劇団が駄目もとで応募するだろうな。うちの大学もぜったいに応募する。ミラージュ劇場でやれるならこっちが大金払ってでもやりたい」

 考えただけで胸がおどる。アレックスはこの話を部員に知らせた時のみなの興奮がみえるようだった。

「ミラージュ劇場は憧れの劇場だもんね。歴史も由緒もあって話題作をうみつづけてる。

 ミラージュ劇場は庶民の私からしたらチケットを買うお金があっても、ちゃんとした服装をする必要があるから近寄りがたいんだよね。だから着飾らず気軽に楽しめるマチネはものすごくありがたい。

 これから多くの劇場でマチネをやってくれるとうれしいなあ」

 ステラにいわれミラージュ劇場のような名門劇場での観劇は上流階級の社交という意味が大きいことを思い出した。ステラが服装を気にかけていたのはそのせいだ。

 卒業を祝う会で着ていたドレスを身にまとったステラをもう一度みたい。ステラの瞳の色である灰色がかった青色のドレスはステラにとても似合っていた。あのドレスをきたステラと一緒に観劇したい。

「そういえば演劇部で女性役を女性に演じてもらう運動はすすんでるの?」

 ステラがからかうように聞く。

 大学には男子生徒しかいないので女性役は女装した男子がやっている。それで問題があるわけではないが、大学に入るまでずっと男女共学だったアレックスには違和感が大きかった。

 他の部員達は男子校出身者なのでそれが当たり前だったことから違和感はないが、女の子と知り合うきっかけとして女性役を外部の女の子にお願いできないかと考えていた。

 しかし代々演劇部の部長が「演劇をしている男はただでさえ軟弱にみられる。硬派な印象を保つために女人禁制」をかかげている。

 アレックスはその考えにまったく賛同できないので変えようとしていた。

「そうだ! この公募がいいきっかけになるかも。ミラージュ劇場で演じるのに男ばかりのむさくるしい芝居なんてありえないだろう。女性役はちゃんと女性に演じてもらうべきだとできそうだ」

 ステラがくすくす笑いながらコーヒーを口にする。その姿をみてアレックスはステラを舞台に立たせたいと思う。

 アレックスはひそかにステラを主人公にした脚本をかいていた。主人公にほれる男が日常のちょっとしたしぐさに胸をときめかせる場面がいくつかあり、コーヒーを飲んでいる場面をいれようと決める。

 ふと楽屋にいった時にステラがフーゴを見つめていたことを思い出した。フーゴに差し入れをしているとステラがフーゴを凝視していた。

「もしかしてフーゴに惚れたか?」アレックスはあせった。フーゴは黒髪に美しい青い目が印象的な見目のよい男で、学園時代からフーゴのファンは多かった。

「そういえばステラってフーゴのファンだったのか?」

 ステラがこともなげに

「学園の女子はみんなそうだったんじゃない?」という。

 聞かなければよかったとアレックスはがっくりする。

 フーゴと自分を比べ勝てるとしたら髪のくるくるカールぐらいだろう。

「フーゴって容姿が整いすぎてるから、ついじっと見ちゃうんだよね。同じ人間という生き物に思えないというか、男性なんだけどイザベラと似通った美しさがあって観察してしまう。

 学園にいた時は遠くからしか見たことがなかったから、今日は思わず凝視しちゃって変なやつと思われたかもしれない」

 ステラが笑いながらいう。

 アレックスはフーゴのことは好きだが二度とステラと一緒にフーゴが出演する芝居はみないと誓った。
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