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どれほど小さな星であっても星は暗闇をてらす

思い込みで見えなくなっていたもの

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 夏からダシルバ班のトンプソン弁護士に新しい見習い、テオがつくことになった。

 トンプソン先生はダシルバ先生と共に鉄道敷設用地契約を担当していることから、トンプソン先生の見習いとの連携は大切だ。

 しかしステラはトンプソン先生の前見習いとは良い関係をきずけず、お互い必要最低限にかかわることで仕事をこなした。

 そのためステラは今度こそ上手くやりたいという気持ちを強くもっていた。

 しかしテオは他の見習いには普通に接しているが、ステラには見下すような態度をとった。

 ダシルバ法律事務所の弁護士や見習い達は、ディアス国で女性初の弁護士になったフランシスカ・クルスが事務所で見習いをしていたこともあり、女性だからといってステラを見下すような態度をとることはなかった。

 しかしテオは自分では隠しているつもりなのかもしれないが、ステラのことを女だからと軽視する態度がにじみでていた。

 ジョージがテオに雑用を頼むとすぐにやるが、ステラの頼みは忙しいからと後回しにされ、間に合わない時はステラが仕方なく自分でやっていた。

 まだ専門用語をふくめ知識が十分でないテオにステラがくわしく説明しようとしても、自分で出来るのでといってろくに説明をきかず、まったく的外れなことをしたりと問題がおこっていた。

 ステラがテオからあがってきた書類をみて文字通り頭を抱えていると、それに気付いたジョージが修正を手伝ってくれた。

 このままではいけないのは分かっていたが、ステラはテオとどのように接すればよいのか分からなくなっていた。

 相手が話しを聞かないならと、ステラは書類作成の手順を書いたものをテオにわたしたがまったく見なかったようで、間違いの多い書類をみて怒りが爆発しそうになった。

「仕事なんだから、個人的な感情はおいといてやるべきことをちゃんとやろうよ……」

 ステラは立ち上がると気持ちを落ち着けるため事務所内を一周する。

 ちょうどダシルバ先生の部屋の前を通り過ぎようとしていた時に、先生がいきおいよくドアをあけた。

 ステラを見るなり「ちょっと入れ」といわれた。ダシルバ先生の不機嫌な表情と声からステラは叱責されるのを覚悟した。

「この書類はなんだ」

 先生が手にしていた書類をステラの目の前に突きだした。

 現在進行中の鉄道敷設用地取得についての予定表だった。昨日、ステラがダシルバ先生が担当している部分をまとめたあとテオにわたし、トンプソン先生が担当している地区の予定を加えるようテオに頼んでいた。

 右半分をあけトンプソン先生側の予定を書き入れるようにしていたが、なぜかテオは左半分に書かれたダシルバ先生側の予定にトンプソン先生側の予定を書き加える形にしていた。

「どうして……」

 ステラが絶句していると「どんな指示をだせばこうなるんだ?」とダシルバ先生が問う。

 ステラは人に説明したり、教えるのは上手い方だと思っていた。教師になろうと思ったのも、初等学校の恩師にすすめられたことが一番の理由だが、人から説明するのがうまいといわれることが多かったからだ。

 それだけに自分の指示した形とまったく違う形にテオが仕上げたことに驚愕した。

 テオが予定表をつくったのは今回が初めてだが、これまで何度かステラが作ったものを見ているはずだ。

「テオに説明したんですが……」

「あきらかに相手は理解してないな。説明の仕方と指示の出し方が悪かったとしかいいようがない」

「このような指示はまったくしてま――」

「言い訳するな!」

 ダシルバ先生にぴしゃりといわれステラは口をつぐんだ。

「お前、テオにちゃんと教えずテオをつぶそうとしてるのか?」

「違います! ちゃんと教えてます! テオが、テオが私が女だからとあなどってるんです。ちゃんと話を聞かず――」

 ダシルバ先生がステラを射るようにみた。

「女だから? 都合よく女だからって言葉を使うな! 女だからと言い訳すれば済むと思ってるお前の考え方が問題なんだ。

 自分の部下が指示どおり動かないなんて男だって普通にある。お前自身のことを考えれば分かるだろう。俺が言ったとおりにやらず何度やり直しさせた。

 いまお前は俺から指示されて動いてるが、これからはお前が下の人間に指示をだして仕事していくことになる。

『私が女だからちゃんと言った通りにしてくれない』と一生言い訳するのか? 

 それはただの怠慢だ。たとえ女だからという理由があったとしても、それも含めて相手を自分の指示通りに動かせないならお前はただの無能だ。女だからじゃなくて無能だから相手が動かないんだ」

 ステラは、はっとした。女性だとあなどられ、見下され、女性であることが不利に働いてきた。しかし上手くいかないことのすべてが自分が女性であることではないのは確かだった。

 テオに女だから見下されていると感じたせいで、すべてをそのせいだと思い、それ以外に理由や原因があると考えたことがなかった。

「テオがお前の言うことは聞かないが、他の奴の言うことを聞くならどういう接し方をしているか観察しろ。

 女だから見下されてるという前提があっても、お前は今後男になることはないんだ。女という部分をこえて自分の下につくやつを使っていくしかない。

 考えられる限りの手をすべて打て。女だからという言葉で思考を停止させるな」

 ステラは予定表をやり直すためダシルバ先生の部屋をでた。

 目でテオの席をたしかめると外出しているのかテオの姿はなかった。

 ステラは自分の席にもどり、やり直さなくてはならない予定表をみつめた。やり直さなくてはならないことにめまいがし、机の上に突っ伏した。

 突っ伏していると母の声がステラの頭の中にひびいた。

「話をきいて理解したんだったら、言われたとおりにやったらどうなの?」

 母がステラに料理を教えていた時に、根の部分を長めに切るようにいったにもかかわらず、ステラが短く切った時にいったことだった。すでにそのことを何度か注意されていた。

 低く押し殺したような声色が記憶に残っている。

 ――ああ、あのとき母はこういう気持ちだったんだ。

 ステラは母が自分に対して感じたいらだちが、どのようなものであったのかを初めて理解した。

 何度言っても教えたとおりにやらないのはなぜ? むずかしいことをいっているわけではない。ステラは自分のいっていることを分かっているはずなのに、言ったとおりになぜやらない? なぜ?

 母の頭の中で無数に「なぜ」がつみあがり、自分の思い通りにステラが動かないいらだちで怒りはたまりつづけただろう。そのことにステラはまったく気付かなかった。

 ステラはあのとき自分では母の言葉を聞いて分かっているつもりだった。しかしあの頃のステラは無駄をださないことにこだわっていた。母のようにうまく皮をむいたり切ることができず、ステラが切ると無駄が多くでた。

 そのためステラは少しでも無駄にしないことに神経をつかっていた。できるだけ捨てる部分をすくなくしようと、母がいっていた長さよりも短く切っている自覚がなかった。

 お隣りのロラン家で料理の手伝いをしていた時に、ルイーズからも捨てる部分について注意され、「もったいないけど切らないと、にがみがでる」といわれ、ようやく自分が教えられた通りにしていなかったことが分かった。

 それまで自分は教えられたとおりにやっていると思っていたし、なぜ注意されるのだとも思っていた。

 母から教えられたことよりも自分が気にすることを優先させていたにもかかわらず、自分は正しいと思っていたのだ。

 ステラは予定表をみる。テオが何にこだわった結果なのかを考える。

 テオはステラを女だからとあなどってはいるが、ステラにいやがらせをしようとしたわけではないようだ。何も考えず適当に書き込んだわけでなく、予定をきちんとおえるようになっている。

 自分のやり方の方が分かりやすい、見やすいと思ってのことのようだ。あの形がテオにとって分かりやすいものなのだろう。

 ステラは仕事をする上で、テオが一番理解しなければいけないことを徹底させる必要があった。

 ではなくが求めているものを形にするのが仕事だ。

 あの予定表はダシルバ先生とトンプソン先生の二人が確認しやすい形でまとめられている。それ以外の形にすると与えられた仕事をしていないと思われる。それはテオの評価をさげることになる。

「元教師見習いなめないでよね」

 ステラは教会でディアス語を教えていた時や教師見習いをしていた時に、教えたことを理解していない生徒に説明の仕方をかえ、分かりやすい例をあげてといったことをさんざんしてきた。

 理解していない生徒が何につまずいているのかを考え、相手が理解しやすい形で説明するのは得意だ。

 自分がすっかり「女だから」という言い訳をし、視野を狭くしていたことを反省する。

 ステラは何をどのようにテオに説明するかいくつか違う形を考える。ステラは久しぶりに教師の血がさわぐのを楽しんだ。
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