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第7話 待たされるお姫様
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「茶会を開く。あの子も招待してある。……何をするべきか分かってるだろうね」
ある日、突然私を呼びつけた母は、そう話してから、一枚の写真を渡してくる。
「これは……?」
写真に写っているのは、だいぶお年を召した男性だ。ふくよかで上等な装い……高い身分の方のように見える。
「もしあの子との結婚が叶わなければ、その男がお前の結婚相手だよ。……少しは、やる気になっただろう?」
(う……うそでしょ?)
私は、写真を握りしめたまま、立ち尽くしてしまう。
「話は以上よ。出ていきなさい」
「はい、母様……」
「お前ならやれると信じてるからね。期待を裏切るんじゃないよ」
その言葉に何も返せず、そのまま一礼だけして部屋を出た。
扉を出た私は、その場にへたり込んでしまう。
(進んでも地獄、進まなくても地獄じゃない……)
握りしめてすぎてしわくちゃにしてしまった写真を見つめながら、私は懊悩した。
(このまま家を飛び出して、母のようにひとりで生きていこうかしら……)
できるならそうしてしまいたいし、幸い私には医者という、収入には困らない仕事がある。混血の私なんてどうせ、結婚をして子を産むという普通の女性のような生き方は無理だろう。
けれど、私にはどうしても、母を捨てて、家を出ることができない。
(私を引き取って育ててくれた母に、恩を仇で返すなんて……私には無理よ)
未だに、私が抱える課題に対する答えが出せないまま、茶会の日を迎えてしまった。
***
茶会という優雅な響きとは異なり、母が催す会は事業者たちの交流会である。ただ、その間、妻たちは名前の通り茶会を楽しんでいる。
私はいつもなら、ご婦人方に囲まれ、体の不調の相談に乗っているのだが(というより、無理矢理聞かされるという方が正しいのだけれど)、その日は違った。
若くて美しい領主が来ているとなれば、ご婦人方の餌食になるのは当然だろう。
男たちの輪から奥様方に連れ出されたフォールスは、面白いくらいに慌てふためいている。
その様子を遠くから、少し呆れながら見ていた私に、声をかけてくるひとがいた。
「フォールスの奴、どこにいてもモテますね」
「ええ……あなた、もしかして、彼のお知り合い?」
「はい、彼の……付き人のようなものです。おっと、名乗るのが遅れました、スクルと言います」
「ご丁寧にどうも……私、アステと申します。この家の娘です。じゃあ、今日は彼と一緒に来てくださったの?」
「はい。彼にはまだ色々と助けがいりそうですからね……」
「領主になって、まだ日も浅いですものね」
「ま、それだけじゃないんですが……とにかく彼が色々と軌道に乗るまでは付いててやろうと」
(何か含みのある言い方だったようにも聞こえたけれど、気のせいかしら)
それだけじゃない、というところに引っかかりつつも、私には関係のないことよね、と気にしないでおく。
「しかし、大切な用事があるっていうのに、それをほったらかしにするなんて……あいつも余裕がありますよね」
「大切な用事、ですか?」
「ええ。あいつ、あなたと話をしたくてここに来たんですよ」
「わ、私と!?」
てっきり、何か参加されてる方々との何かかと想像していた私は、自分のことと言われて驚いてしまう。
「ええ。よくは知りませんが、どうしてもあなたに会って謝りたいらしいです。……あいつ、一体何をしでかしたんですか?」
「いえ、私の口からお話しするような事は何も……」
謝りたい。耳を疑うその言葉に、私は動揺する。そんな事を、彼が言っていた?
「そうですか。まあ、何があったか分かりませんが、いい奴ですよ、あいつは」
「そう、ですか……。でも、それはきっと、あなたが魔族だからなのでは?」
目の前のこの人は、明らかに魔族の特徴を持っている。混血の私とは違う。
でもスクルさんは、苦笑いをして、ここだけの話ですよ?と言った。
「……実は、俺もあなたと同じ、人間と魔族の混血なんですよ」
「そ、そうだったんですか!……じゃあ、彼はそれを知った上で、あなたと親しくしていたのですか?」
「はい、そうです。ま、最初は偏見の塊みたいな奴でしたけどね。今じゃすっかり仲良しです」
そう話すスクルさんは、本当に、フォールスの事が好きだという顔をしていた。
「……じゃあ、あの話は本当だったのかしら」
私は、ずっと気になっていた、でもフォールスには聞けないあの疑問を、スクルさんに投げかけた。
「あの話?」
「人間の女の子に失恋したって……」
「それ、あいつから聞いたんですか?」
「いいえ、他の方から……。でも、昔の彼を知ってる私からしたら、全く信じられなくて……」
「本当です。あいつは何も言いませんが、周りはみんな気づいてましたよ」
「そう……」
やはり、母は冗談など言う人ではなかった。それを信じられず、ずっとウジウジ悩み続けた自分が馬鹿らしくなる。
「ま、詳しくは本人から聞いてください。ほら、やっと解放されたようですよ?」
スクルさんの言葉に、フォールスがご婦人方に囲まれていた方に目をやると、こちらに向かってくる姿が見えた。
「フォールス遅いぞ!いつまでお姫様を待たせるんだ!」
「いえ、お、おひめさまでは……」
そんな風に言われたこともなく、冗談だと分かっていても動揺してしまう。そうしているうちに、フォールスがすぐそばまで駆けてきた。
「すみませんスクル……」
「俺に謝ってどうする。そんなんだから嫌われるんだよ。ねえ、アステさん」
「いえ、そんな!」
「スクル!」
私とフォールス、2人揃って慌ててしまう。
「ま、お互い言いたいこと言って、仲直りしてください。……後は任せたぞ、フォールス」
「ありがとうスクル。……アステ、少し時間をもらっても?」
きっとそう言われると思っていたけれど、いざその瞬間が来ると、緊張してしまう。
「……ええ」
もう逃げるわけにはいかない。私はそう腹を括って、了承の返事をした。
ある日、突然私を呼びつけた母は、そう話してから、一枚の写真を渡してくる。
「これは……?」
写真に写っているのは、だいぶお年を召した男性だ。ふくよかで上等な装い……高い身分の方のように見える。
「もしあの子との結婚が叶わなければ、その男がお前の結婚相手だよ。……少しは、やる気になっただろう?」
(う……うそでしょ?)
私は、写真を握りしめたまま、立ち尽くしてしまう。
「話は以上よ。出ていきなさい」
「はい、母様……」
「お前ならやれると信じてるからね。期待を裏切るんじゃないよ」
その言葉に何も返せず、そのまま一礼だけして部屋を出た。
扉を出た私は、その場にへたり込んでしまう。
(進んでも地獄、進まなくても地獄じゃない……)
握りしめてすぎてしわくちゃにしてしまった写真を見つめながら、私は懊悩した。
(このまま家を飛び出して、母のようにひとりで生きていこうかしら……)
できるならそうしてしまいたいし、幸い私には医者という、収入には困らない仕事がある。混血の私なんてどうせ、結婚をして子を産むという普通の女性のような生き方は無理だろう。
けれど、私にはどうしても、母を捨てて、家を出ることができない。
(私を引き取って育ててくれた母に、恩を仇で返すなんて……私には無理よ)
未だに、私が抱える課題に対する答えが出せないまま、茶会の日を迎えてしまった。
***
茶会という優雅な響きとは異なり、母が催す会は事業者たちの交流会である。ただ、その間、妻たちは名前の通り茶会を楽しんでいる。
私はいつもなら、ご婦人方に囲まれ、体の不調の相談に乗っているのだが(というより、無理矢理聞かされるという方が正しいのだけれど)、その日は違った。
若くて美しい領主が来ているとなれば、ご婦人方の餌食になるのは当然だろう。
男たちの輪から奥様方に連れ出されたフォールスは、面白いくらいに慌てふためいている。
その様子を遠くから、少し呆れながら見ていた私に、声をかけてくるひとがいた。
「フォールスの奴、どこにいてもモテますね」
「ええ……あなた、もしかして、彼のお知り合い?」
「はい、彼の……付き人のようなものです。おっと、名乗るのが遅れました、スクルと言います」
「ご丁寧にどうも……私、アステと申します。この家の娘です。じゃあ、今日は彼と一緒に来てくださったの?」
「はい。彼にはまだ色々と助けがいりそうですからね……」
「領主になって、まだ日も浅いですものね」
「ま、それだけじゃないんですが……とにかく彼が色々と軌道に乗るまでは付いててやろうと」
(何か含みのある言い方だったようにも聞こえたけれど、気のせいかしら)
それだけじゃない、というところに引っかかりつつも、私には関係のないことよね、と気にしないでおく。
「しかし、大切な用事があるっていうのに、それをほったらかしにするなんて……あいつも余裕がありますよね」
「大切な用事、ですか?」
「ええ。あいつ、あなたと話をしたくてここに来たんですよ」
「わ、私と!?」
てっきり、何か参加されてる方々との何かかと想像していた私は、自分のことと言われて驚いてしまう。
「ええ。よくは知りませんが、どうしてもあなたに会って謝りたいらしいです。……あいつ、一体何をしでかしたんですか?」
「いえ、私の口からお話しするような事は何も……」
謝りたい。耳を疑うその言葉に、私は動揺する。そんな事を、彼が言っていた?
「そうですか。まあ、何があったか分かりませんが、いい奴ですよ、あいつは」
「そう、ですか……。でも、それはきっと、あなたが魔族だからなのでは?」
目の前のこの人は、明らかに魔族の特徴を持っている。混血の私とは違う。
でもスクルさんは、苦笑いをして、ここだけの話ですよ?と言った。
「……実は、俺もあなたと同じ、人間と魔族の混血なんですよ」
「そ、そうだったんですか!……じゃあ、彼はそれを知った上で、あなたと親しくしていたのですか?」
「はい、そうです。ま、最初は偏見の塊みたいな奴でしたけどね。今じゃすっかり仲良しです」
そう話すスクルさんは、本当に、フォールスの事が好きだという顔をしていた。
「……じゃあ、あの話は本当だったのかしら」
私は、ずっと気になっていた、でもフォールスには聞けないあの疑問を、スクルさんに投げかけた。
「あの話?」
「人間の女の子に失恋したって……」
「それ、あいつから聞いたんですか?」
「いいえ、他の方から……。でも、昔の彼を知ってる私からしたら、全く信じられなくて……」
「本当です。あいつは何も言いませんが、周りはみんな気づいてましたよ」
「そう……」
やはり、母は冗談など言う人ではなかった。それを信じられず、ずっとウジウジ悩み続けた自分が馬鹿らしくなる。
「ま、詳しくは本人から聞いてください。ほら、やっと解放されたようですよ?」
スクルさんの言葉に、フォールスがご婦人方に囲まれていた方に目をやると、こちらに向かってくる姿が見えた。
「フォールス遅いぞ!いつまでお姫様を待たせるんだ!」
「いえ、お、おひめさまでは……」
そんな風に言われたこともなく、冗談だと分かっていても動揺してしまう。そうしているうちに、フォールスがすぐそばまで駆けてきた。
「すみませんスクル……」
「俺に謝ってどうする。そんなんだから嫌われるんだよ。ねえ、アステさん」
「いえ、そんな!」
「スクル!」
私とフォールス、2人揃って慌ててしまう。
「ま、お互い言いたいこと言って、仲直りしてください。……後は任せたぞ、フォールス」
「ありがとうスクル。……アステ、少し時間をもらっても?」
きっとそう言われると思っていたけれど、いざその瞬間が来ると、緊張してしまう。
「……ええ」
もう逃げるわけにはいかない。私はそう腹を括って、了承の返事をした。
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