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第17話 僕のお姫さま
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「お姉さま、今日は宴があって、夜遅くまでこちらに来られないの。寂しい思いをさせてしまうけど、我慢してね」
そういわれて、とてもかなしかったけれど、がまんすることにする。がまんしたら、リティカがたくさんほめてくれるから。
「わかった……でも、はやくもどってきてね……」
「ええ!できるだけ早く来ますわ!さ、いってらっしゃいのキスをしてちょうだい?」
ねだられるまま、わたしはリティカにくちづける。リティカは、とてもうれしそうだ。わたしもうれしくなる。
「ああ……お姉さま!私だけのお姉さま……!ああ、わたくしたち、永遠に一緒ですわ……」
いきがとまりそうなくらいつよくだきしめられても、わたしは、もうしあわせしかかんじなくなっていた。
***
ミスオーガンザの言う通り、屋敷にいるという協力者の手引きで、僕は、アステが監禁されている屋敷の中に入る事ができた。
スクルは、屋敷の裏口付近に、馬車と共に待機してもらっている。
屋敷の者は全て宴に狩り出されているようで、居住の区域には全く人気がなかった。この日でなければ、きっと、もっと物騒な手段を取るしかなかっただろう。
ミスオーガンザも、僕も、極力騒ぎを起こしたくない。それが共通した考えだ。アステが、不必要に目立つような状況を避けたかった。
僕は、アステがいるだろう部屋の扉に、ミスオーガンザが用意した鍵を差し込む。どこまで用意周到なのか、彼女の底がしれない。
扉の先には、さらに扉がある。これならば、声が漏れる事さえない。そこまでアステを閉じ込めておきたいのか……。
その扉を、そっと開く。その先には、床に座り込み、椅子にもたれかかって眠るアステの姿があった。
その寝顔は、いつも見る彼女とは違い、幼い子供のように見える。
僕はその時、幼い頃に会った、僕より少しだけ背の高い女の子の、感情をなくした顔を思い出す。
僕の酷い言葉の数々が、どれだけ彼女の心を傷つけたのだろう。
それでも、おとなになった彼女は、僕に笑いかけてくれるようになった。
(それが、どれだけ僕の心を救ったか、君はきっと知らないだろう?)
僕は、眠る彼女を見つめる。胸が苦しくなる。
この感情の名前を、僕は知っている。でも僕は、再び踏み出す勇気が出せない。
(本当に欲しいものは、いつも僕の手をすり抜けていく……)
だが、今はこんな事を考えている場合ではない。チャンスは有限だ。
僕はアステのそばに膝をついた。
「……急ごう。いつ戻ってくるか分からないからな」
そう呟くと、彼女の肩に手を置き、そっと体を揺すった。
「アステ……起きるんだ……アステ」
***
(だれかが、からだをゆさぶっている……)
わたしは、ねむりからさめる。
リティカがもどってきた、そうよろこんだわたしは、めのまえにいるひとにおどろく。
「フォールス……?」
ここにいるはずのないひとがいる。わたしは、わけがわからなくなる。
「助けに来た。気づかれる前に出よう」
そういって、わたしをたちあがらせようとする。
いみがわからない。わたしはここにいて、リティカをまっていなきゃいけないのに。なんでかれは、わたしをつれていこうとするのだろう。
「いや、いかない。わたし、リティカのことをまってるの。リティカだけがわたしのしあわせなの。いきたくなんかない」
わたしは、ひっしにせつめいする。だって、ここにいなきゃいけないから。
「ちっ、僕と同じ力か……」
フォールスはしたうちをする。こまったかおで、わたしをみてるけど、すぐになにかをけついしたようなかおになる。
「アステ、僕の目をよく見て」
「うん……みるわ……こう?」
「そう、いい子だ。……さあ、僕と一緒に行こう?」
そういって、フォールスはわたしにてをのばす。そのてが、わたしには、とてもたいせつなひとのものだということをおもいだした。
「うん、いく。わたしをつれてって、フォールス」
そうへんじをしたわたしを、フォールスは、やさしくだきしめてくれた。
それは、ぜんぜんくるしくなくて、すごくきもちよかった。
「フォールス……わたしのいちばんたいせつなひと……だいすき」
わたしがそういったしゅんかん、フォールスのからだがびくっとした。そしてかれは、あわててわたしのかたをつかんで、わたしのからだをはなしてしまう。
「アステ……」
「どうしたの?わたしのこと、きらいになっちゃったの?ごめんなさい、きらいにならないで」
フォールスは、いまにもなきそうなかおをする。
「嫌いになんか、なるもんか……」
そういうと、フォールスはまたわたしをだきしめてくれた。うれしいきもちでいっぱいになる。ふわふわとあたたかくて、そのなかにしずみこんでいく。
「ねえフォールス……なんだかねむいわ……ねえ、もうねてもいい?」
わたしは、きょうれつなねむけにおそわれる。
「いいよ。ゆっくりおやすみ。僕のお姫さま……」
わたしのひたいにそっと、あたたかくてやわらかいものがふれた。でも、もうわたしは、ねむりにおちて、そのこともよくわからなくなった……。
***
眠るアステを横抱きしながら、誰に見つかる事もなく屋敷を出る事ができた。屋敷からは、宴もたけなわなのか、騒がしい声が響いている。
裏口から出た僕は、馬車の中で外をうかがっていたスクルと目が合う。
「来たか!さあ、早く!」
僕は、アステを馬車内のスクルに渡して、自分も続いて中に入る。馬車はすぐに走り出す。
「お姫様……無事でよかった」
スクルは、自分の膝をアステの枕にして、彼女の頭を優しく撫でている。
その顔には、いつもの少し軽薄な表情はなく、本当にアステを心配しているように見える。
「何されてたんだ、お姫様は……」
「俺と同じ力だ。かなり強くかかっていて、部屋から出たがらなかった。だから……俺も、彼女に力を使った」
なるべくなら使いたくなかった。彼女が俺をどう思っているかもわからないのに、気持ちを無理に向けるような事をしてしまった。
「……お姫様を助けるためだろ?なら仕方ない。俺が許す」
「そりゃどうも……」
緊張の糸が切れ、俺は深く腰掛けなおす。
「しかし……俺たちがお預け喰らっても必死で我慢してるっていうのに、横からぶん取ろうなんて、許せんな」
「まったくだ。……まて、お預け喰らってるのは君だけだろうが」
「……はあ?なんだお前、俺の気もしらないで」
「どう言う意味だよ?」
「おいおい。この俺が、わざわざ当て馬になってやろうっていうのに。まったく、お坊ちゃんは鈍感でいやでちゅねー」
「はあ!?」
「やだ、このひと怖いわあ」
などと騒いでいると、スクルがちょっと待った!と言い、膝の上のアステを見た。
「……お姫様のお目覚めだ」
ゆっくりと目を開くアステ。彼女は、少しぼんやりした表情で、僕たちを見る。その顔は、今まで見た事もないくらい、柔らかい笑顔だった。
「ふふっ……ふたりとも……本当に仲良しね……ふたりが楽しそうなところを見るの……私……大好きよ……」
そしてそのまま、すうすう……と寝息をたて、再び眠りについてしまった。
「……大好き、だってよ。可愛い寝言だな」
「……ああ」
僕たちは、馬車がアステの家に着くまで、言い争うのも忘れて、幸せそうに眠る彼女を見守った。
そういわれて、とてもかなしかったけれど、がまんすることにする。がまんしたら、リティカがたくさんほめてくれるから。
「わかった……でも、はやくもどってきてね……」
「ええ!できるだけ早く来ますわ!さ、いってらっしゃいのキスをしてちょうだい?」
ねだられるまま、わたしはリティカにくちづける。リティカは、とてもうれしそうだ。わたしもうれしくなる。
「ああ……お姉さま!私だけのお姉さま……!ああ、わたくしたち、永遠に一緒ですわ……」
いきがとまりそうなくらいつよくだきしめられても、わたしは、もうしあわせしかかんじなくなっていた。
***
ミスオーガンザの言う通り、屋敷にいるという協力者の手引きで、僕は、アステが監禁されている屋敷の中に入る事ができた。
スクルは、屋敷の裏口付近に、馬車と共に待機してもらっている。
屋敷の者は全て宴に狩り出されているようで、居住の区域には全く人気がなかった。この日でなければ、きっと、もっと物騒な手段を取るしかなかっただろう。
ミスオーガンザも、僕も、極力騒ぎを起こしたくない。それが共通した考えだ。アステが、不必要に目立つような状況を避けたかった。
僕は、アステがいるだろう部屋の扉に、ミスオーガンザが用意した鍵を差し込む。どこまで用意周到なのか、彼女の底がしれない。
扉の先には、さらに扉がある。これならば、声が漏れる事さえない。そこまでアステを閉じ込めておきたいのか……。
その扉を、そっと開く。その先には、床に座り込み、椅子にもたれかかって眠るアステの姿があった。
その寝顔は、いつも見る彼女とは違い、幼い子供のように見える。
僕はその時、幼い頃に会った、僕より少しだけ背の高い女の子の、感情をなくした顔を思い出す。
僕の酷い言葉の数々が、どれだけ彼女の心を傷つけたのだろう。
それでも、おとなになった彼女は、僕に笑いかけてくれるようになった。
(それが、どれだけ僕の心を救ったか、君はきっと知らないだろう?)
僕は、眠る彼女を見つめる。胸が苦しくなる。
この感情の名前を、僕は知っている。でも僕は、再び踏み出す勇気が出せない。
(本当に欲しいものは、いつも僕の手をすり抜けていく……)
だが、今はこんな事を考えている場合ではない。チャンスは有限だ。
僕はアステのそばに膝をついた。
「……急ごう。いつ戻ってくるか分からないからな」
そう呟くと、彼女の肩に手を置き、そっと体を揺すった。
「アステ……起きるんだ……アステ」
***
(だれかが、からだをゆさぶっている……)
わたしは、ねむりからさめる。
リティカがもどってきた、そうよろこんだわたしは、めのまえにいるひとにおどろく。
「フォールス……?」
ここにいるはずのないひとがいる。わたしは、わけがわからなくなる。
「助けに来た。気づかれる前に出よう」
そういって、わたしをたちあがらせようとする。
いみがわからない。わたしはここにいて、リティカをまっていなきゃいけないのに。なんでかれは、わたしをつれていこうとするのだろう。
「いや、いかない。わたし、リティカのことをまってるの。リティカだけがわたしのしあわせなの。いきたくなんかない」
わたしは、ひっしにせつめいする。だって、ここにいなきゃいけないから。
「ちっ、僕と同じ力か……」
フォールスはしたうちをする。こまったかおで、わたしをみてるけど、すぐになにかをけついしたようなかおになる。
「アステ、僕の目をよく見て」
「うん……みるわ……こう?」
「そう、いい子だ。……さあ、僕と一緒に行こう?」
そういって、フォールスはわたしにてをのばす。そのてが、わたしには、とてもたいせつなひとのものだということをおもいだした。
「うん、いく。わたしをつれてって、フォールス」
そうへんじをしたわたしを、フォールスは、やさしくだきしめてくれた。
それは、ぜんぜんくるしくなくて、すごくきもちよかった。
「フォールス……わたしのいちばんたいせつなひと……だいすき」
わたしがそういったしゅんかん、フォールスのからだがびくっとした。そしてかれは、あわててわたしのかたをつかんで、わたしのからだをはなしてしまう。
「アステ……」
「どうしたの?わたしのこと、きらいになっちゃったの?ごめんなさい、きらいにならないで」
フォールスは、いまにもなきそうなかおをする。
「嫌いになんか、なるもんか……」
そういうと、フォールスはまたわたしをだきしめてくれた。うれしいきもちでいっぱいになる。ふわふわとあたたかくて、そのなかにしずみこんでいく。
「ねえフォールス……なんだかねむいわ……ねえ、もうねてもいい?」
わたしは、きょうれつなねむけにおそわれる。
「いいよ。ゆっくりおやすみ。僕のお姫さま……」
わたしのひたいにそっと、あたたかくてやわらかいものがふれた。でも、もうわたしは、ねむりにおちて、そのこともよくわからなくなった……。
***
眠るアステを横抱きしながら、誰に見つかる事もなく屋敷を出る事ができた。屋敷からは、宴もたけなわなのか、騒がしい声が響いている。
裏口から出た僕は、馬車の中で外をうかがっていたスクルと目が合う。
「来たか!さあ、早く!」
僕は、アステを馬車内のスクルに渡して、自分も続いて中に入る。馬車はすぐに走り出す。
「お姫様……無事でよかった」
スクルは、自分の膝をアステの枕にして、彼女の頭を優しく撫でている。
その顔には、いつもの少し軽薄な表情はなく、本当にアステを心配しているように見える。
「何されてたんだ、お姫様は……」
「俺と同じ力だ。かなり強くかかっていて、部屋から出たがらなかった。だから……俺も、彼女に力を使った」
なるべくなら使いたくなかった。彼女が俺をどう思っているかもわからないのに、気持ちを無理に向けるような事をしてしまった。
「……お姫様を助けるためだろ?なら仕方ない。俺が許す」
「そりゃどうも……」
緊張の糸が切れ、俺は深く腰掛けなおす。
「しかし……俺たちがお預け喰らっても必死で我慢してるっていうのに、横からぶん取ろうなんて、許せんな」
「まったくだ。……まて、お預け喰らってるのは君だけだろうが」
「……はあ?なんだお前、俺の気もしらないで」
「どう言う意味だよ?」
「おいおい。この俺が、わざわざ当て馬になってやろうっていうのに。まったく、お坊ちゃんは鈍感でいやでちゅねー」
「はあ!?」
「やだ、このひと怖いわあ」
などと騒いでいると、スクルがちょっと待った!と言い、膝の上のアステを見た。
「……お姫様のお目覚めだ」
ゆっくりと目を開くアステ。彼女は、少しぼんやりした表情で、僕たちを見る。その顔は、今まで見た事もないくらい、柔らかい笑顔だった。
「ふふっ……ふたりとも……本当に仲良しね……ふたりが楽しそうなところを見るの……私……大好きよ……」
そしてそのまま、すうすう……と寝息をたて、再び眠りについてしまった。
「……大好き、だってよ。可愛い寝言だな」
「……ああ」
僕たちは、馬車がアステの家に着くまで、言い争うのも忘れて、幸せそうに眠る彼女を見守った。
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