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2.休憩室の大混乱

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 休憩室のソファにナディアを座らせるとアルミンは、部屋の前にいる見張りの騎士に
「しばらくこの部屋には誰も近付かないようにしてくれ」と頼んだ。

 扉を閉めると、ソファに座って下を向き震えるナディアと、そんな娘を隣で心配そうに見つめる父。そして、その向かいにアルミンは腰を下ろした。

「ふう……。とりあえずここなら人に聞かれる心配はない。それでナディアは、一体何をそんなに怯えているんだ?」

 アルミンが訊ねると、ナディアは恐る恐るアルミンの方に顔を上げるが、目を見開いて高速で、再び顔を下に逸した。

 い、いるわ。ロベルト王子似の幽霊が、こっちをジッと見てる!

 ナディアには、ソファに座って組んだ足の上に手を乗せ、こちらを真っ直ぐに見てくる幽霊がしっかりと見えた。

「お、お兄様の横に……幽霊が……います……」

「え!?」

 幽霊がいると言われて、アルミンは肩をビクッと揺らし、隣を怪訝な顔で見た。

「ナディア、本当に見えるのか?俺には何も見えないんだが……」

『ナディア嬢、私の姿は君にしか見えていない。そして、私は幽霊ではない』

 アルミンと幽霊が同時にナディアに話しかけた。

「ゆ、幽霊じゃないならなんなんですか?だってあなた透けてるじゃない!」

 ナディアは、震えながら幽霊に訴えると、幽霊はフウと一つ大きく息を吐いて私を見据えた。

『私の名はロベルト・シュミレット。この国の王子だ』

「ロ、ロベルト王子って……」

 ナディアは頭を抱えた。

 やっぱり幽霊は王子殿下だったんだわ!

「え?ロベルト王子殿下?お前、さっきもそんな事言っていたよな?一体どういう事だ!?」

「や、やっぱりお兄様の隣にいるのは、ロベルト王子殿下の幽霊です!」

 ナディアは、頭を押さえながらそう言った。

「え!?殿下の幽霊?」
 アルミンは、横を向いて見えない王子を必死に探す。

『いや、私は幽霊ではない。私が生きているのは、そなたの兄がよく知っている』

「え?お兄様が?」

 ナディアは、どういう事かとアルミンを見る。
 アルミンは、見えない王子の姿を探して首を四方八方動かしていた。

「あの……お兄様。ロベルト殿下の幽霊が、お兄様なら王子殿下が幽霊ではない事を知っていると言っているのだけど……、どういう意味ですか?」

「え!?そ、それは……」

 ギクッとしたアルミンは、ウーンと唸るように顎に手をやりブツブツと呟き始めた。

「ナディアが言っている事が……本当なら……話しても……。いや、しかし……」

 するとブツブツと呟くお兄様にお父様が言った。

「アルミン、ナディアは嘘をつくような子ではない。幽霊が見えると言うのなら、本当に何か見えているのだろう。まずはナディアに詳しく話を聞こうじゃないか。ナディア、お前が見えているという幽霊はどんな姿なんだ?」

 ナディアにそう言ってくるた父に、ナディアは救われる思いがした。

「お父様、信じて下さるのね!」

 ナディアは感動して父の手を取ると続けざまに言った。

「お兄様の隣にいる幽霊は、金色の髪に碧い瞳で、廊下に飾られていたロベルト王子殿下の肖像画によく似ているんです。ご自分でもロベルト・シュミレットだと仰って……」

 ナディアが父にそう説明すると、初めはウンウンと頷いていたケーラー伯爵の顔が、見る見る青ざめて驚きの表情に変わった。

「お父様?どうされました?」

「で、でででで殿下ー!!」

 お父様はそう叫ぶと私の手を離して、急いで床にひれ伏した。

『どうやらそなたの父も私の姿が見えたようだ』

 とロベルト王子殿下は薄く笑う。

「お、お初にお目にかかります。グスタブ・ケーラー伯爵でございます。この度は、失礼な発言を!!――あれ?」

 顔を上げたお父様は、一瞬にして間の抜けた顔になった。

「い、今……確かにロベルト王子殿下の姿が見えたのだが……」

 そう言って、キョロキョロと室内を見渡す。

「お父様、ロベルト殿下の幽霊は、お兄様の隣から動いていませんよ?」

 お父様はジーッとお兄様の隣を目を凝らして見てみる。

「何も見えん」

 するとロベルト王子の幽霊がスクッと立ち上がって、お父様の前をウロウロと浮かび始める。

「あ、今、移動してお父様の前をウロウロ浮かんでいます」

 それを聞いたお父様は、周りをキョロキョロと見回すが、殿下の動きとは全くあっていなくて、本当に見えていないようだ。

 どうして?さっきはお父様も見えていたようなのに。
 見えているのが、私だけではなかったと思ったのに……

 ナディアはガクッと肩を落とした。

 すると、お父様の前に屈んだロベルト殿下がこう言った。

『ナディア嬢、先程のようにケーラー伯爵の手を握ってみてくれ』

「え?は、はい」

 ナディアは父の横に座ると「ちょっと失礼します」と先程のように父の手を両手で握った。すると――

「で、でででで殿下!!」

 目の前にいるロベルト殿下に声を上げるお父様に

『やあ、ケーラー伯爵』

 とロベルト殿下はニッコリと微笑んだ。

「え!?ちょっと待ってくれ!本当に父上にもロベルト殿下が見えているのか!?」

 とお兄様が驚いている。

「あ、ああ。見える。ロベルト殿下が……す、透けて?」

「やはり、お父様にも透けてみえますよね!?」

「で、殿下……いつ薨去こうきょなされのですか……?」

 恐恐質問するお父様に、ロベルト殿下の形の良い唇が弧を描く。

『ケーラー伯爵、私は死んでなどいない』

 ヒュッとその場が凍り付いたような気がした。

 一見微笑んでいるように見えて、目が全然笑ってないわ……。

「た、大変なご無礼を!」

 お父様は慌てて、再びひれ伏した。

「ちょっと待ってくれ!どういう事だ!?ロベルト殿下が薨去されたってどういう事だ!?」

 お父様の様子に今度はお兄様が盛大に慌て始める。

『ふう……。ナディア嬢、今度はアルミンの手を握ってやってくれ』

「あ、はい」

 私はお兄様の元へいくと、お父様と同じように手を握った。すると――

「で、殿下!!」

『やあ、アルミン。言葉を交わすのは実に1年ぶりだな』

「は、はい!!」

 アルミンは、まじまじとロベルトを見るとか「ウウッ……」と声を上げて泣き始めた。

「うっ……、うう……。殿下が、ロベルト王子殿下がお目覚めになって、さぞかし国王殿下も王妃殿下もお喜びになられる事でしょう。私さっそくお伝えに行かねば……」

 そう言って、私の手を離し涙を拭ったお兄様は固まった。

「あ、あれ?ロベルト王子殿下は?」

 これは……、もしかして私の手を握っている時だけ、ロベルト王子殿下が見えるという事?

 私が考えている事がロベルト王子も分かったようで、王子は頷くと『先ずは、アルミンとケーラー伯爵の手を握りながら話を進めよう』と言ったのだった――

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