【完結】役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20

文字の大きさ
14 / 31

14

しおりを挟む

「それはどういうことですか?契約を終わりにするって……」


 彼は突然の話に戸惑っているようだ。それもそうだろう。手紙のやり取りは続けていたが、会うのは五年ぶりになる相手からいきなりこんな話をされたのだ。すぐに理解できなくても仕方ない。だけどこれは私のためでもあるが、彼のためでもある。優しい彼をいつまでも私に縛り付けたままにするわけにはいかないのだ。


「その言葉の通りよ。今までは私があなたの窓口になっていたけど、もうやめたいの」

「ど、どうしてですか!?僕が何か気に障るようなことでも……」

「あなたは何もしていないわ。……悪いのはすべて私なの」

「アナベルさんが悪いわけ」

「私があなたに契約を持ちかけたのはね、お金が必要だったからなの」

「っ……」

「契約をしないかとあなたに持ちかける前日にね、私は心に決めたことがあったの」

「……何を、決めたのですか?」

「あなたに嘘はつきたくないから正直に言うわ。……私ね、家族だと思っていた人たちからずっと役立たずって言われてきたの。あの頃は毎日が辛くて本当は早く離婚したかったけど、息子がいるからなんとか堪えてきたわ。だけど息子からも役立たずだって言われて、もう頑張れなくなっちゃってね。息子が成人を迎えたら離婚して家を出るって心に決めていたの。でも離婚して家に帰るわけにもいかないし、それなら一人で生きていかないといけないでしょう?そのためにお金が必要だったの。だからお金を稼ぐためにあなたに契約を持ちかけたのよ」


 彼の才能を私欲のために利用したのだ。だが当初の目的を達成した今、これ以上彼を利用し続けたくなかった。


「……」

「もちろん仕事はきちんとこなしていたから安心して。それに今回のことで使ったお金は必ず返すわ」

「……」

「あなたの才能は間違いなく本物よ。あなたの絵に心奪われたと言った言葉は嘘じゃないわ。ただ、あの頃の私は心が弱かった。だからこれからはお金のためじゃなく、あなたのその才能のために力になってくれる人の方がいいと思うの。あなたは今や世界屈指の画家だもの。きっとすぐにでもあなたを心から想う人が見つかるはずだわ。だから私との契約は終わりに」



 ―――ガタン!


「カシウス……?」


 今まで黙っていた彼が突然立ち上がった。その反動で椅子は倒れてしまったが、彼はそんなこと気にもせず、私に近づいてくる。今度は私が戸惑ってしまった。先ほどの理由を聞けば、私との契約を終わりにしたいと思うはずだと考えていたが、彼の表情は私の話を受け入れていないように思えた。
 そうして戸惑っている間に彼は私の手をとって跪いた。


「っ!カ、カシウス?」

「……んです」

「え?」

「僕はあなたがいいんです!」


 そう言った彼の手は微かに震えていた。昔と変わらない絵の具のついた手。指には長年筆を握ってできたであろうタコができている。この手は絵にひたむきに向き合ってきた人の手だ。でも昔と違うのは、彼の手が私の手を包みこんでしまうほどに大きくなっていたということ。


「……私はあなたを利用していたのよ?そんな人間はあなたのそばにいるべきじゃないわ」

「それでも構いません!あなたにだったらどれだけ利用されたっていい」

「っ……」

「あなたは僕の太陽です。人は太陽が無ければ生きていけません。……だからどうか、僕のそばからいなくならないでください」

「カシウス……」


 ここまで言われてしまっては、今すぐ説得するのは難しいだろう。彼から必要とされていることは嬉しく思うが、やはり私が彼のそばに居続けるわけにはいかない。彼も冷静になればきっと受け入れてくれるはずだ。だから今はもう少し時間が必要だと思った。


「……わかったわ」

「っ!」

「一年」

「え?」

「一年だけ、ひとまずあなたとの契約を停止させてほしいの」

「ど、どうしてですか?」

「……私ね、いつか自由になったら絵を見に世界中を旅したいと思っていたの。そしてようやく“役立たずの私”は自由になれた。わがままだってことはわかってる。もちろんあなたに迷惑をかけることもね。だけどこの気持ちを抑えることができないの。だからどうか一年だけ私に時間をもらえないかしら」


 嘘は言っていない。これは正真正銘、私の本心だ。その一年の間に彼が冷静になってくれればと願ってはいるが。


「……わかりました」

「っ!あ、ありがとう!それじゃあ契約の話はまた一年後に」

「一緒に行きます」

「……え?」

「僕もアナベルさんと一緒に行きます」

「な、何を言っているの!?一年よ?そんな長い時間、ここを空けるわけにはいかないでしょう?」

「問題ありません」

「旅先じゃ満足に絵を描くこともできないのよ?」

「ちょうど新しい作品のために、色んな景色を見に行きたい気分だったんです」

「でも」

「その旅で使うお金もいつか僕に返すつもりなんですよね?」

「うっ……そうよ。一年たったら返すようにするから……」

「返さなくていいです。その代わり僕も一緒に行きますから」

「カシウス!」

「よし!そうと決まれば準備をしなくちゃいけないですね。すぐに用意しますので少し待っていてください」


 彼はそう言ってすぐに準備を始めてしまったが、本気で私に付いてくるつもりのようだ。旅に行くのは元から決めていたことだが、私が一年と言ったのは、彼に考える時間を与えるためだ。それに私は元いた国に戻るつもりはなく、旅の途中で気に入った国があれば、そこでこれからの人生を生きていこうと考えていた。だから実際にはどれくらいの期間旅をするかは決めていないのだが、あの様子からして止めるのは難しそうだ。

 それにさっきの彼の表情には見覚えがあった。


『あなたのために絵を描きます』


 強い意思を宿した目で私の目を見つめながら、契約を結んだあの日と同じ。
 彼は何かを決意した、そんな目をしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。

凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」 リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。 その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。 当然、注目は私達に向く。 ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた── 「私はシファナと共にありたい。」 「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」 (私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。) 妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。 しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。 そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。 それとは逆に、妹は── ※全11話構成です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!

ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。 ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~ 小説家になろうにも投稿しております。

だって、『恥ずかしい』のでしょう?

月白ヤトヒコ
恋愛
わたくしには、婚約者がいる。 どこぞの物語のように、平民から貴族に引き取られたお嬢さんに夢中になって……複数名の子息共々彼女に侍っている非常に残念な婚約者だ。 「……っ!?」 ちょっと通りすがっただけで、大袈裟にビクッと肩を震わせて顔を俯ける彼女。そんな姿を見て、 「貴様! 彼女になにかすることは許さんぞ!」 なんて抜かして、震える彼女の肩を抱く婚約者。 「彼とは単なる政略の婚約者ですので。羽目を外さなければ、如何様にして頂いても結構です。但し、過度な身体接触は困りますわ。変な病気でも移されては堪りませんもの」 「な、な、なにを言っているんだっ!?」 「口付けでも、病気は移りますもの。無論、それ以上の行為なら尚更。常識でしょう?」 「彼女を侮辱するなっ!?」 ヒステリックに叫んだのは、わたくしの義弟。 「こんな女が、義理とは言え姉だなんて僕は恥ずかしいですよっ! いい加減にしてくださいっ!!」 「全くだ。こんな女が婚約者だなんて、わたしも恥ずかしい。できるものなら、今すぐに婚約破棄してやりたい程に忌々しい」 吐き捨てるような言葉。 まあ、この婚約を破棄したいという点に於いては、同意しますけど。 「そうですか、わかりました。では、皆様ごきげんよう」 さて、本当に『恥ずかしい』のはどちらでしょうか? 設定はふわっと。

妹と王子殿下は両想いのようなので、私は身を引かせてもらいます。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナシアは、第三王子との婚約を喜んでいた。 民を重んじるというラナシアの考えに彼は同調しており、良き夫婦になれると彼女は考えていたのだ。 しかしその期待は、呆気なく裏切られることになった。 第三王子は心の中では民を見下しており、ラナシアの妹と結託して侯爵家を手に入れようとしていたのである。 婚約者の本性を知ったラナシアは、二人の計画を止めるべく行動を開始した。 そこで彼女は、公爵と平民との間にできた妾の子の公爵令息ジオルトと出会う。 その出自故に第三王子と対立している彼は、ラナシアに協力を申し出てきた。 半ば強引なその申し出をラナシアが受け入れたことで、二人は協力関係となる。 二人は王家や公爵家、侯爵家の協力を取り付けながら、着々と準備を進めた。 その結果、妹と第三王子が計画を実行するよりも前に、ラナシアとジオルトの作戦が始まったのだった。

【完結】無能に何か用ですか?

凛 伊緒
恋愛
「お前との婚約を破棄するッ!我が国の未来に、無能な王妃は不要だ!」 とある日のパーティーにて…… セイラン王国王太子ヴィアルス・ディア・セイランは、婚約者のレイシア・ユシェナート侯爵令嬢に向かってそう言い放った。 隣にはレイシアの妹ミフェラが、哀れみの目を向けている。 だがレイシアはヴィアルスには見えない角度にて笑みを浮かべていた。 ヴィアルスとミフェラの行動は、全てレイシアの思惑通りの行動に過ぎなかったのだ…… 主人公レイシアが、自身を貶めてきた人々にざまぁする物語── ※ご感想・ご意見につきましては、近況ボードをご覧いただければ幸いです。 《皆様のご愛読、誠に感謝致しますm(*_ _)m 当初、完結後の番外編等は特に考えておりませんでしたが、皆様のご愛読に感謝し、書かせて頂くことに致しました。更新を今暫くお待ちくださいませ。 凛 伊緒》

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…

処理中です...