愛情をひとかけら、幸せな姫の物語

玉響なつめ

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 わたくしとゼノン様は教会で初めて顔を合わせ、そのまま書類にサインをして、それで夫婦となった。
 ああ、なんて簡単なことだろう。

(結婚というのは、式を挙げ、盛大に祝われると聞いていたけれど……いいえ、いいえ、わたくしがそのようなことを願うのはいけないことね、きっと)

 しかし、聞き間違いでなければ神父様がおいでになる直前、あの方は『愛してくれるのか』とわたくしに問いかけなかっただろうか?

 いいや、きっとわたくしの聞き間違いか何かだろう。
 実際、彼は婚儀の書類を書き終えると仕事が残っていると王城へと戻っていったのだから。

 結婚したというのに、今、わたくしは一人きり。
 
 本当は、敗戦国とはいえ一国の王女が嫁ぐのだから……と一応輿入れの際は突いてきてくれた侍女たちだったけれど、やっぱり『災厄の娘』の傍にはいたくないのだろう。
 送り届けたことで自分たちの役目はここまでだと去って行った。

(……あの方のことは、これからなんとお呼びすれば良いのかしら)

 普通であれば、結婚したのだから旦那様? それともあなた・・・

  結婚。
 そうよね、結婚したんだわ、わたくし。

(これから、どうなるのかしら)
 
 まるで実感がないのは、書類で結ばれた関係だからというだけでなく……たった一人で馬車に乗り、新居に向かっているからなのだと思う。

(もし、わたくしを殴ったりして憂さ晴らしをなさりたいならば、旦那様などと呼ばれたくはないでしょうし……お名前で呼ばれるのはもっとお嫌かもしれないわ)

 そもそも、新居で共に暮らすとも限らないのだわ。
 結婚は両国での取り決めであって、わたくしたちの感情は一切関係ないのだから。

 あの方だって、わたくしが『厄災の娘』であることはご存知でしょう。
 ならばこの結婚は、望んでのことではないはず。

(……せめて、わたくしが、子供の頃のように他の人々の不幸を受け入れられたなら)

 役に立っていた頃のように、周囲は優しく、この結婚を祝福してくれただろうか?
 わたくしが、『厄災の娘』として生まれなければ違ったのだろうか。違ったのでしょうね。
 
 この白い髪も、薄いグレーの瞳も、強い日の光に当たるだけで赤くなってしまう肌。これらはすべて、『厄災の娘』である証だもの。
 それでも両親はわたくしをきちんと育ててくれた。
 けれど、思ってしまうの。
 お姉様のように両親そっくりの、金の髪に明るい紫の瞳があって太陽の下を自由に闊歩出来る健康な肌であったなら、わたくしはどう育っていたのだろうと。

(……だめよ、そんなことを考えては)

 ふるりと首を左右に振って、自分の中に生まれた良くない感情を追い出した。
 そして、ようやく馬車が止まっていることに気がついてどうしたのかと思ったところでドアの外から声をかけられる。

「奥様?」

「えっ?」

 奥様ってだぁれ?
 そう思ったけれど、すぐに自分のことだと思い出した。
 この馬車は、あの方が自宅に向かわせるためにとご用意しくださったものなのだから、わたくしが主の結婚相手であると知っていて当然だった。

「ご、ごめんなさい。ぼうっとしていて……」

「さようでしたか。では、扉を開けますのでよろしければお声をくださいませ」

「いいえ、もう大丈夫。ありがとう、気を遣わせてしまいましたね」

「……とんでもございません」
 
 返事に少しだけ間があったのだけれど、やはりわたくしが嫁いできたのを良く思っていないのかもしれない。
 馬車を開けてくれたのは……たしか、御者のデンゼルと名乗っていたはず。
 優しくわたくしをエスコートして馬車から降ろしてくれて、歓迎されていないとわかっていても嬉しかった。

「こちらが本日から奥様の暮らす邸宅となります。まもなく、ゼノン将軍もお戻りになるかと思いますが……」

「ありがとう、デンゼル」

「えっ」

「えっ……あの、お名前を間違えてしまったかしら」

「いえ! 合っております。……たかがこの短い道程を務める御者の名前を覚えてくださっているとは、思いもよらず失礼いたしました」

「良かった」

 間違えていなくてほっとした。
 私はデンゼルが開けてくれた門扉から、足を進める。

 ヴェールで日の光を避けているとはいえ、少しでも早く室内に行きたい気持ちがある。
 この体が憎らしいなんて思ってはいけない、わたくしの体は災厄を引き受けてこのようになったのだから。
 国のために、役立ったのだから。
 そして、これからも役立たねばならないのだから。
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