10 / 21
9
しおりを挟む
(……結局、今度も最後まではしてくださらなかった……)
ゼノン様がお仕事に行かれた後、わたくしはため息を吐き出すばかり。
送り出す時は勿論笑顔でお見送り……という、妻としての役割は出来ていると思うのだけれど、それでも一人の時間になると考えてしまいます。
(わたくしの体のためだと仰るのはわかるし、……慣らさねばならないこともわかるわ)
体格差もあるし、ゼノン様の、その、男性の象徴は逞しかったもの。
他の方を知らないからなんとも言えないけれど、わたくしの体にあれを納めるとなると、慣らさなければきっと痛んでわたくしは泣いて喚いて、興が削がれてしまうでしょうもの。
でも……それでは、いつまでゼノン様をお待たせしてしまうのかしら。
「あんれまあ! 奥様ったらまァた、ため息なんぞ吐いて……幸せが逃げちまいますよう」
「エヴリン」
日中はエヴリンが来てくれて掃除や料理の作り置きをする傍ら、わたくしの相手もしてくれる。
気さくで朗らかなその人柄は、とても好ましいと思うし、彼女に少しずつ料理を教わって最近ではわたくしも食べられるものを作れるようになってきたのです。
いつかは、ゼノン様に召し上がっていただけたら、嬉しい。
そう思ってはいますけれど、お出ししても良いものなのかしら。
ゼノン様はお優しいから、きっと無下にはなさらないと思うけれど……。
「エヴリン、今日はわたくしがお茶を淹れてみたの。上手に出来ているか、見てもらえるかしら……」
「あんれまあ、嬉しいですよう。奥様はお姫様だったっていうのに掃除も料理もできているから、あたしゃ驚いてばかりですよう」
「まあ! ……塔にいた頃は、自分でやるしかなかったものだから……それでも、できているかと問われると困ってしまうわ。料理なんて、エヴリンが教えてくれてびっくりするばかりだもの」
「あんれまあ! 塔で暮らしてたんですか、お姫様が!?」
目を丸くするエヴリンにわたくしは苦笑する。
そうだった、この国では『厄災の娘』は『慈愛の人』。
大切にされてしかるべき存在……彼女からしてみたら、そう思っているに違いない。
「ごめんなさい、国によってどうも違うようで……わたくしのように色素の抜けた人間を、この国では『慈愛の人』と呼び、大切にしているのよね?」
「そうですよう、あたしも長いこと生きてますけど、奥様でお二人目ですとも。……ですけど、変ですねえ」
「え?」
「もともと『慈愛の人』というのは、奥様の生まれたインフォルトニ王国から始まった呼び名だとあたしゃ幼い頃に聞いたことがありますよう」
「えっ……!?」
いそいそと座って美味しそうにお茶を飲んだエヴリンが不思議そうにそんなことを言うから、わたくしは動揺してしまった。
インフォルトニ王国でも『慈愛の人』と呼んでいた?
じゃあ、どうして家族はわたくしのことを『厄災の娘』と呼び、あのように折檻を繰り返したの?
(ああ、でもそうだわ。歴史書を見ても、わたくしのような存在の人間について記されたページは切り取られていた)
今思えば不自然だった。
あの頃は、それが当たり前だと思っていたけれど……ゼノン様と結婚して、こうして日々を誰かと共に過ごすうちにわたくしの世界は、酷く狭いモノであったと気づいてしまった。
(それじゃあ、どうして)
エヴリンはお茶を飲み終えて、にっこりと笑っていた。
その笑顔は、わたくしに向けられたもの。
……ああ、こんな笑顔を向けられたのは、いつだった?
それすら思い出せないだなんて!
(どうして今の今まで、忘れていたのかしら)
十歳の頃までの記憶は、まだ明るかったように思う。
だけど、思い返してみればいつだって両親はお姉様に愛を注いでいらして、わたくしのことは二の次だった。
塔に入ってからは――ああ、どうして。
「美味しゅうごぜえましたよ、奥様。まァた腕を上げられて、もうあたしゃ必要ないんじゃないですかねえ」
「そんなことはないわ!」
「……奥様?」
「エヴリンには、……エヴリンにはこうして来てもらって、教えてもらわないとわたくし、まだまだなにも出来ないもの。ゼノン様の妻として、わたくしは……その、ほら。他国から嫁いできたこともあって、慣習やそのほかに疎いものだから、エヴリンには迷惑をかけてばかりだと思うけれど、いてくれると本当に助かるの。ダメかしら」
「そりゃあ遠いところを嫁いで来られたんですから当然ですよう! 奥様にそんな風に言っていただけて、あたしゃ嬉しいですとも。こんなばあさんでよけりゃあこれからも尽くさせていただきますからねえ」
「……エヴリン、ありがとう」
いささか不自然だったかしら。
けれど、気づいてしまった自分の歪さを誤魔化す理由もあったけれど、エヴリンに言ったことは全て事実だ。
わたくしは塔に閉じ込められて、時折気まぐれに運ばれる食事と飲み物以外に差し入れられる食料を、申し訳ない程度に備え付けられていた調理器具を使ってなんとか食いつないでいたのよね。
塔の中にある書物が助けになったけれど、今思えばアレは異常だった。
お姉様が時折訪れて、わたくしのことを使用人のようだと笑っておられたのはきっと、正しい。
わたくしは、インフォルトニ王国にあって、王女であって王女ではなかった。
(……厄災の娘とは、なんなの……? わたくしは、一体、なんなの!?)
ゼノン様がお仕事に行かれた後、わたくしはため息を吐き出すばかり。
送り出す時は勿論笑顔でお見送り……という、妻としての役割は出来ていると思うのだけれど、それでも一人の時間になると考えてしまいます。
(わたくしの体のためだと仰るのはわかるし、……慣らさねばならないこともわかるわ)
体格差もあるし、ゼノン様の、その、男性の象徴は逞しかったもの。
他の方を知らないからなんとも言えないけれど、わたくしの体にあれを納めるとなると、慣らさなければきっと痛んでわたくしは泣いて喚いて、興が削がれてしまうでしょうもの。
でも……それでは、いつまでゼノン様をお待たせしてしまうのかしら。
「あんれまあ! 奥様ったらまァた、ため息なんぞ吐いて……幸せが逃げちまいますよう」
「エヴリン」
日中はエヴリンが来てくれて掃除や料理の作り置きをする傍ら、わたくしの相手もしてくれる。
気さくで朗らかなその人柄は、とても好ましいと思うし、彼女に少しずつ料理を教わって最近ではわたくしも食べられるものを作れるようになってきたのです。
いつかは、ゼノン様に召し上がっていただけたら、嬉しい。
そう思ってはいますけれど、お出ししても良いものなのかしら。
ゼノン様はお優しいから、きっと無下にはなさらないと思うけれど……。
「エヴリン、今日はわたくしがお茶を淹れてみたの。上手に出来ているか、見てもらえるかしら……」
「あんれまあ、嬉しいですよう。奥様はお姫様だったっていうのに掃除も料理もできているから、あたしゃ驚いてばかりですよう」
「まあ! ……塔にいた頃は、自分でやるしかなかったものだから……それでも、できているかと問われると困ってしまうわ。料理なんて、エヴリンが教えてくれてびっくりするばかりだもの」
「あんれまあ! 塔で暮らしてたんですか、お姫様が!?」
目を丸くするエヴリンにわたくしは苦笑する。
そうだった、この国では『厄災の娘』は『慈愛の人』。
大切にされてしかるべき存在……彼女からしてみたら、そう思っているに違いない。
「ごめんなさい、国によってどうも違うようで……わたくしのように色素の抜けた人間を、この国では『慈愛の人』と呼び、大切にしているのよね?」
「そうですよう、あたしも長いこと生きてますけど、奥様でお二人目ですとも。……ですけど、変ですねえ」
「え?」
「もともと『慈愛の人』というのは、奥様の生まれたインフォルトニ王国から始まった呼び名だとあたしゃ幼い頃に聞いたことがありますよう」
「えっ……!?」
いそいそと座って美味しそうにお茶を飲んだエヴリンが不思議そうにそんなことを言うから、わたくしは動揺してしまった。
インフォルトニ王国でも『慈愛の人』と呼んでいた?
じゃあ、どうして家族はわたくしのことを『厄災の娘』と呼び、あのように折檻を繰り返したの?
(ああ、でもそうだわ。歴史書を見ても、わたくしのような存在の人間について記されたページは切り取られていた)
今思えば不自然だった。
あの頃は、それが当たり前だと思っていたけれど……ゼノン様と結婚して、こうして日々を誰かと共に過ごすうちにわたくしの世界は、酷く狭いモノであったと気づいてしまった。
(それじゃあ、どうして)
エヴリンはお茶を飲み終えて、にっこりと笑っていた。
その笑顔は、わたくしに向けられたもの。
……ああ、こんな笑顔を向けられたのは、いつだった?
それすら思い出せないだなんて!
(どうして今の今まで、忘れていたのかしら)
十歳の頃までの記憶は、まだ明るかったように思う。
だけど、思い返してみればいつだって両親はお姉様に愛を注いでいらして、わたくしのことは二の次だった。
塔に入ってからは――ああ、どうして。
「美味しゅうごぜえましたよ、奥様。まァた腕を上げられて、もうあたしゃ必要ないんじゃないですかねえ」
「そんなことはないわ!」
「……奥様?」
「エヴリンには、……エヴリンにはこうして来てもらって、教えてもらわないとわたくし、まだまだなにも出来ないもの。ゼノン様の妻として、わたくしは……その、ほら。他国から嫁いできたこともあって、慣習やそのほかに疎いものだから、エヴリンには迷惑をかけてばかりだと思うけれど、いてくれると本当に助かるの。ダメかしら」
「そりゃあ遠いところを嫁いで来られたんですから当然ですよう! 奥様にそんな風に言っていただけて、あたしゃ嬉しいですとも。こんなばあさんでよけりゃあこれからも尽くさせていただきますからねえ」
「……エヴリン、ありがとう」
いささか不自然だったかしら。
けれど、気づいてしまった自分の歪さを誤魔化す理由もあったけれど、エヴリンに言ったことは全て事実だ。
わたくしは塔に閉じ込められて、時折気まぐれに運ばれる食事と飲み物以外に差し入れられる食料を、申し訳ない程度に備え付けられていた調理器具を使ってなんとか食いつないでいたのよね。
塔の中にある書物が助けになったけれど、今思えばアレは異常だった。
お姉様が時折訪れて、わたくしのことを使用人のようだと笑っておられたのはきっと、正しい。
わたくしは、インフォルトニ王国にあって、王女であって王女ではなかった。
(……厄災の娘とは、なんなの……? わたくしは、一体、なんなの!?)
6
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
旦那様の愛が重い
おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。
毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。
他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。
甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。
本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる