愛情をひとかけら、幸せな姫の物語

玉響なつめ

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(……結局、今度も最後まではしてくださらなかった……)

 ゼノン様がお仕事に行かれた後、わたくしはため息を吐き出すばかり。
 送り出す時は勿論笑顔でお見送り……という、妻としての役割は出来ていると思うのだけれど、それでも一人の時間になると考えてしまいます。

(わたくしの体のためだと仰るのはわかるし、……慣らさねばならないこともわかるわ)

 体格差もあるし、ゼノン様の、その、男性の象徴は逞しかったもの。
 他の方を知らないからなんとも言えないけれど、わたくしの体にあれを納めるとなると、慣らさなければきっと痛んでわたくしは泣いて喚いて、興が削がれてしまうでしょうもの。

 でも……それでは、いつまでゼノン様をお待たせしてしまうのかしら。

「あんれまあ! 奥様ったらまァた、ため息なんぞ吐いて……幸せが逃げちまいますよう」

「エヴリン」

 日中はエヴリンが来てくれて掃除や料理の作り置きをする傍ら、わたくしの相手もしてくれる。
 気さくで朗らかなその人柄は、とても好ましいと思うし、彼女に少しずつ料理を教わって最近ではわたくしも食べられるものを作れるようになってきたのです。

 いつかは、ゼノン様に召し上がっていただけたら、嬉しい。
 そう思ってはいますけれど、お出ししても良いものなのかしら。

 ゼノン様はお優しいから、きっと無下にはなさらないと思うけれど……。

「エヴリン、今日はわたくしがお茶を淹れてみたの。上手に出来ているか、見てもらえるかしら……」

「あんれまあ、嬉しいですよう。奥様はお姫様だったっていうのに掃除も料理もできているから、あたしゃ驚いてばかりですよう」

「まあ! ……塔にいた頃は、自分でやるしかなかったものだから……それでも、できているかと問われると困ってしまうわ。料理なんて、エヴリンが教えてくれてびっくりするばかりだもの」

「あんれまあ! 塔で暮らしてたんですか、お姫様が!?」

 目を丸くするエヴリンにわたくしは苦笑する。
 そうだった、この国では『厄災の娘』は『慈愛の人』。

 大切にされてしかるべき存在……彼女からしてみたら、そう思っているに違いない。

「ごめんなさい、国によってどうも違うようで……わたくしのように色素の抜けた人間を、この国では『慈愛の人』と呼び、大切にしているのよね?」

「そうですよう、あたしも長いこと生きてますけど、奥様でお二人目ですとも。……ですけど、変ですねえ」

「え?」

「もともと『慈愛の人』というのは、奥様の生まれたインフォルトニ王国から始まった呼び名だとあたしゃ幼い頃に聞いたことがありますよう」
 
「えっ……!?」

 いそいそと座って美味しそうにお茶を飲んだエヴリンが不思議そうにそんなことを言うから、わたくしは動揺してしまった。
 インフォルトニ王国でも『慈愛の人』と呼んでいた?
 じゃあ、どうして家族はわたくしのことを『厄災の娘』と呼び、あのように折檻を繰り返したの?

(ああ、でもそうだわ。歴史書を見ても、わたくしのような存在の人間について記されたページは切り取られていた)

 今思えば不自然だった。
 あの頃は、それが当たり前だと思っていたけれど……ゼノン様と結婚して、こうして日々を誰かと共に過ごすうちにわたくしの世界は、酷く狭いモノであったと気づいてしまった。

(それじゃあ、どうして)

 エヴリンはお茶を飲み終えて、にっこりと笑っていた。
 その笑顔は、わたくしに向けられたもの。

 ……ああ、こんな笑顔を向けられたのは、いつだった?
 それすら思い出せないだなんて!

(どうして今の今まで、忘れていたのかしら)

 十歳の頃までの記憶は、まだ明るかったように思う。
 だけど、思い返してみればいつだって両親はお姉様に愛を注いでいらして、わたくしのことは二の次だった。

 塔に入ってからは――ああ、どうして。

「美味しゅうごぜえましたよ、奥様。まァた腕を上げられて、もうあたしゃ必要ないんじゃないですかねえ」

「そんなことはないわ!」

「……奥様?」

「エヴリンには、……エヴリンにはこうして来てもらって、教えてもらわないとわたくし、まだまだなにも出来ないもの。ゼノン様の妻として、わたくしは……その、ほら。他国から嫁いできたこともあって、慣習やそのほかに疎いものだから、エヴリンには迷惑をかけてばかりだと思うけれど、いてくれると本当に助かるの。ダメかしら」

「そりゃあ遠いところを嫁いで来られたんですから当然ですよう! 奥様にそんな風に言っていただけて、あたしゃ嬉しいですとも。こんなばあさんでよけりゃあこれからも尽くさせていただきますからねえ」

「……エヴリン、ありがとう」

 いささか不自然だったかしら。
 けれど、気づいてしまった自分の歪さを誤魔化す理由もあったけれど、エヴリンに言ったことは全て事実だ。

 わたくしは塔に閉じ込められて、時折気まぐれに運ばれる食事と飲み物以外に差し入れられる食料を、申し訳ない程度に備え付けられていた調理器具を使ってなんとか食いつないでいたのよね。
 塔の中にある書物が助けになったけれど、今思えばアレは異常だった。

 お姉様が時折訪れて、わたくしのことを使用人のようだと笑っておられたのはきっと、正しい。

 わたくしは、インフォルトニ王国にあって、王女であって王女ではなかった。

(……厄災の娘とは、なんなの……? わたくしは、一体、なんなの!?)
 
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