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Julie(ジュリーとの出会い)

[I spilled my cafe au lait(カフェオレをこぼしてしまい……)]

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「はい、おまたせ」

 セーヌ川に架かる橋を渡り、公園にあるカフェのガーデンに置いてある椅子に腰かけていると、ジュリーがカフェオレとバケットサンドを持って来てくれた。

「いいのか、短いお昼の休憩を俺なんかに使って」

「アナタと使いたいの」

「俺と……」



 ジュリーの思わぬ一言に俺の魂の中に居た天使は体から離れて天国へ飛び発とうとしてしまい、持ち上げていたカフェオレのグラスを持つ手が緩む。



「あら、大変‼」

 天使を呼び戻したのはジュリーの声。

「えっ、なに!?……わっ、なんだコレ‼」



 傾いて落ちそうになっていたグラスから、残っていたカフェオレが服に零れ落ちていて、いち早く気付いたジュリーが慌てて真っ白なハンカチでそれを拭おうとしてくれている。

 液体は重力に素直だ。

 座った姿勢で服に零れ落ちたカフェオレは、急流を下る様に一気にズボンに駆け下り、ジュリーのハンカチがその行く手を阻む。

 彼女は押さえつけた手でハンカチのダムを作り、吸い取れずに浸み込んで逃れようと企む零れたカフェオレを撃退するため、俺に応援を要請した。


「ルッツ、ハンカチを頂戴!」


 彼女が構築したダムは、流れを堰き止める位置としては最良の場所だったが、人体的には(特に男性にとっては)最悪(最高?)の位置だった。

 何故なら……(賢明な読者様の事ですから、もうお分かりの事と存じますので敢えてその部位の名称は割愛させて頂きます)

「早く!」

「ジュ、ジュリー」

「なに!?早くしないと、浸み込んでしまうわ‼」

「そ、その手を除けてくれないか」

「手!?……!あら、やだ私ったら、御免なさい!」

 自分の手の位置に気付いたジュリーが、押さえていた手を慌てて除ける。

 ようやく緊張していた気持ちが緩む俺。

 だけど2人とも、肝心な事を忘れていた。

 液体は重力に素直だと言うこと。



 ジュリーの手で堰き止められていた液体が、股の中に進入する。

 一瞬暖かくなり何故かホッとする不思議な感覚の後、急に冷めて来た液体が俺の魂に後悔を促す。

 忘れていた懐かしい感覚。


 あれはまだ幼稚園に行き出す前、メーデーの日。

 その日は久し振りに家族そろって街に遊びに行く朝の事だった。

「S'il vous plaît prêtez-moi un téléphone!」

 俺がボーっとしている間もジュリーは躍動的に動いてくれていた。

 カフェの電話を借りて先ず仕事場に連絡し、トラブルがあり午後からの勤務が遅くなることを伝え、その後は叔父さんのお店に連絡している様子だった。



「行くわよ!」

「行くって、どこに?」

「叔父さんの家よ」

 行きと同様に、ジュリーに手を引っ張られて走る俺。

 首に掛けている騎士十字章は、彼女の前では何の威厳も効果もない。

 叔父さんの店に着くと、叔母さんが出迎えてくれた。


「Tante, je suis désolé!(おばさん、ごめんなさい)」

「C'est bon. Je suis prêt, alors emmenez-moi tôt(構わないわよ、用意はできているから、早く連れて行ってあげなさい)」

「Je vous remercie(ありがとう)」


 ジュリーは叔母さんに何かを頼んでいたらしく、会話の最後に有り難うと言って抱き着いてビズを交わしていた。(※ビズ=相手の頬へキッスの仕草をして、挨拶や感謝の意を表すフランス独特のコミュニケーション)

 ビズを終えたジュリーは、またしても俺の手を強引に引いて2階への階段を駆け上がり、俺はまたしても無力に引かれるまま着いて行った。

 連れていかれた先はバスルーム。



「さあ脱いで!」

 そう言うと、いきなりジュリーは俺が着ている戦闘服のボタンを外しだした。

 どういうことか分からない。

 ひょっとしたら、さっきの一件で欲情してしまったのか?

 何にしても、据え膳食わぬは何とやらだ。

 そう思って、俺も彼女の服を脱がせに掛かると、ピシャリと手を叩かれた。



 “えっ!なんで??”



「着ている物は脱いだら外に出しておいて頂戴。直ぐに洗濯をするから」

 “あ~、そう言うことか”

 言い終わるとジュリーは直ぐに、部屋から出て行った。

 ジュリーはセーヌ川沿いのカフェからここへ電話を掛けて、お風呂の用意を頼んでいたのだ。

 言われた通り脱いだ服を外に出してバスタブに浸かると、季節はもう7月中旬だというのに、お湯の暖かさが体に染みわたり溜まっていた疲れを癒してくれる。



 お湯に浸ってのんびりしていると更衣室のドアが開きカフェオレで濡れた服ごと、脱いだものをジュリーが持って行った。

「メルシー(ありがとう)」とフランス語で感謝を伝えると「とりあえず着替えを置いておくから、散歩でもして洗濯物が乾くまでゆっくりしてて」と言い残し、彼女が足早に階段を降りて行った。



 階段を踏むジュリーの心地よいステップを聞きながら、風呂に入るのは何日ぶりだろうと考えた。

 とりあえず記憶の中を探っていても渡河のために川を泳いで渡ったり、土砂降りの雨の中をずぶ濡れになりながら行軍したりした記憶はあるものの、こうして部屋の中でゆっくり湯船に浸かった記憶はあの日以来1カ月以上もない。

 そう。

 あの忌わしい6月6日以降からだ。
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