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第2話「採寸」
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馬車に揺られること1日、私はうつけ男爵様がいるというグランドール領にやってきました。
“テオル・グランドール様“
それが私の旦那様となる殿方のお名前。
窓から外の様子をのぞき込むとお屋敷の前にはメイドや執事の方がずらりと並んで
私が到着するのをいまかと待っています。
「⋯⋯(どうしましょう緊張して参りました。いまさら結婚はやっぱり無理だなんて言えないですし⋯⋯)」
うつけというのはどんな方なのでしょう⋯⋯
妹からはあれこれ吹き込まれて悪い印象しか残っていません。
『うつけって言われるくらいだから、きっとお腹がたるんでいて醜い体型をしてるわ。
しかも不潔で体臭はキツそう。それでいて鼻息を荒くしながらいやらしい目つきでお姉様を見るのよ。
女性にだらしないようですからお姉様も気の毒。しかもお顔なんか油ぎっているでしょうから
それを近づけられると思うとわたくしなら身震いしちゃう』
『殿方のことはずいぶんと詳しいのですね』
『ふふん。殿方とあまり接したことのないお姉様に殿方の手解きを教えてあげましょうか』
「穢らわしい⋯⋯」
思わずハンナとのやりとりを思い出してはしたない言葉を口に出してしまいました。
馬車がお屋敷の玄関の前に止まり、扉が開く。
私がステップ降りはじめると屋敷の中から殿方が飛び出してきました。
「待っていたぞ」
「え?ええ⋯⋯」
その殿方は黒髪のショートヘアにメガネかけられていてクールなお顔立ち。
背も非常に高くスマート。
そして金の装飾が施された華やかなネイビーの貴族服が目をひきます。
ハンナのおっしゃっていた想像のうつけの方とはとうてい似ても似つかない。
「ほっ⋯⋯(安心しました。私はハンナにからかわれていただけなのですね⋯⋯)」
「よくぞ参られた。さっそく俺の部屋に来てくれ!」
「⁉︎ いきなりですか!」
***
なんでしょう⋯⋯ここはとても狭いお部屋ですがここが本当に男爵様のお部屋なのでしょうか?
なにやら道具も置いてありますし正直物置小屋のような⋯⋯
「ラーナと言ったな」
「はい」
「さっそくだがそのコルセットはずしてくれ」
「ひっ⁉︎」
「何をしてる? 急いでいるから俺がはずすぞ」
「⁉︎(はやっ)」
「何を巻いているのですか?」
「測っているんだウェストのサイズを」
「ウェスト⁉︎」
「次は股下だな」
「えっえ⋯⋯」
「スカートが邪魔だな。抜い、ん? どうした顔が赤いぞ」
「うっ⋯⋯」
「なぜ涙目だ」
「テオル、失礼ですよ」
誰でしょうこの殿方は⋯⋯
テオル様と色違いの黒い貴族服を着ていて、凛々しく長髪でとても落ち着いたお方。
「そうなのか?」
「申し遅れました。グランドール家では主人(あるじ)の軍師(ブレーン)を任されておりますフレディ・リュークと
申します」
「はぁ⋯⋯(こんなに一度に素敵な殿方を見たのはじめて。酔いそう」
「申し訳ございませんラーナ様。テオルのこれはテオルなりのもてなしでして⋯⋯」
「もてなし?」
「俺はこの屋敷で働くもの全員に服をつくってあげているんだ。見ただろメイドたちや執事の服。
あれも全部俺がデザインしていちから仕立てた」
「テオル様がですか⁉︎」
たしかに胸に大きなリボンがついていてあまり見かけないメイド服でした。
「俺を支える側近たちにはお揃いの制服を着せて統一感を出させている。側近はフレディのほかに3人。
全部色を分けているんだ」
「またのちほどご紹介いたします」
「はぁ⋯⋯」
「まぁこのもてなしのせいでテオルに対するよからぬ噂が生まれてしまっているのですが⋯⋯」
「俺はかまわないぞ」
「ワタシはかまいます。それにラーナ様のこのご様子。その噂を耳にしてこちらに参られたのですね」
「⁉︎ そ、それは⋯⋯その⋯⋯」
「なんだかすまなかった」
「い、いいえ。その⋯⋯つまりテオル様は私に服を⋯⋯」
「そうだ。せっかく嫁いでくれたラーナのためにドレスをつくりたいと思っている」
「ドレスを?」
「俺とラーナの結婚式で披露するドレスだ。そうだ!これも着てみないか?どれも俺がつくった服だ」
「も、もったいないです。こんな地味な私がそのような素敵な服を着るなんて⋯⋯」
「聞いたかフレディ⋯⋯ラーナが俺の服を素敵だと褒めてくれたぞ」
「それはよかったですね」
「ラーナ。これからフレディにグランドール領内を案内させる。
今日のところはこの服を着ていけばいい。サイズもさっき測って確認したからピッタリなはずだ」
「ひっ!」
「どうした顔がまた赤いぞ」
「だ、大丈夫です」
「ならよかった」
「⋯⋯」
「どうした? 着替えないのか?」
「あの⋯⋯殿方の前ではちょっと」
「はは、そうだった」
「⋯⋯ワタシは外に出ています」
「うう⋯⋯」
「なんだ俺もか?」
「う⋯⋯⋯」
「わかったよ」
***
殿方の視線がはずかしい⋯⋯
「よくお似合いですよ。ラーナ様」
「うむ。サイズもピッタリだ。さすが俺の採寸」
「ひっ」
「テオル」
「すまんすまん」
「それにしてもさわやかなレモン色。今日の天気にピッタリですね」
「だろ? ワンピースだからゆったり歩くのにもちょうどいい」
「あ、あのこんな見た目の私がこのような格好しても笑われないでしょうか。
こういった素敵な格好は妹みたいな華のある女性がするべきだと⋯⋯」
テオル様とフレディさんは目を見合わせてパチクりとしました。
「そんなことはないぞラーナ。俺の服だってちゃんと喜んでる。そうだったラーナに頼みがあるのを思い出した」
「頼み?」
「俺にダンスを教えてくれ」
「ダンス? 私がテオル様にですか?」
「ダンスは得意だと聞いたぞ」
「あ、はい⋯⋯でも⋯⋯その⋯⋯妹に比べたら劣りますが一応は⋯⋯」
「なら大丈夫だ。これは俺の夢なんだ。自分のつくった服を着て舞踏会でダンスを踊る」
「で、ですが⋯⋯テオル様のようなお方なら私よりお上手なのでは?」
「心配するな。こればかりはどうしても下手でな。さんざん父に罵倒された。
だからこの機会にどうしても覚えたい。ラーナ、俺のつくった衣装でファーストダンスを踊ろう」
「⋯⋯」
このお方はどうして自分ができないことをこうも堂々とおっしゃることができるのでしょう?
不思議です。これがうつけというものなのでしょうか⋯⋯
私ならお父様、お母様、ハンナからの傷つく言葉がこわくて言えない⋯⋯
「⁉︎」
テオル様が私の顎のあたりを指で触れてクイッと顔を引き寄せます。
「心配するなラーナ、君は魅力的だ」
「え、え⁉︎ 」
「俺がもっと自信を与えてやる」
「⁉︎⋯⋯」
つづく
“テオル・グランドール様“
それが私の旦那様となる殿方のお名前。
窓から外の様子をのぞき込むとお屋敷の前にはメイドや執事の方がずらりと並んで
私が到着するのをいまかと待っています。
「⋯⋯(どうしましょう緊張して参りました。いまさら結婚はやっぱり無理だなんて言えないですし⋯⋯)」
うつけというのはどんな方なのでしょう⋯⋯
妹からはあれこれ吹き込まれて悪い印象しか残っていません。
『うつけって言われるくらいだから、きっとお腹がたるんでいて醜い体型をしてるわ。
しかも不潔で体臭はキツそう。それでいて鼻息を荒くしながらいやらしい目つきでお姉様を見るのよ。
女性にだらしないようですからお姉様も気の毒。しかもお顔なんか油ぎっているでしょうから
それを近づけられると思うとわたくしなら身震いしちゃう』
『殿方のことはずいぶんと詳しいのですね』
『ふふん。殿方とあまり接したことのないお姉様に殿方の手解きを教えてあげましょうか』
「穢らわしい⋯⋯」
思わずハンナとのやりとりを思い出してはしたない言葉を口に出してしまいました。
馬車がお屋敷の玄関の前に止まり、扉が開く。
私がステップ降りはじめると屋敷の中から殿方が飛び出してきました。
「待っていたぞ」
「え?ええ⋯⋯」
その殿方は黒髪のショートヘアにメガネかけられていてクールなお顔立ち。
背も非常に高くスマート。
そして金の装飾が施された華やかなネイビーの貴族服が目をひきます。
ハンナのおっしゃっていた想像のうつけの方とはとうてい似ても似つかない。
「ほっ⋯⋯(安心しました。私はハンナにからかわれていただけなのですね⋯⋯)」
「よくぞ参られた。さっそく俺の部屋に来てくれ!」
「⁉︎ いきなりですか!」
***
なんでしょう⋯⋯ここはとても狭いお部屋ですがここが本当に男爵様のお部屋なのでしょうか?
なにやら道具も置いてありますし正直物置小屋のような⋯⋯
「ラーナと言ったな」
「はい」
「さっそくだがそのコルセットはずしてくれ」
「ひっ⁉︎」
「何をしてる? 急いでいるから俺がはずすぞ」
「⁉︎(はやっ)」
「何を巻いているのですか?」
「測っているんだウェストのサイズを」
「ウェスト⁉︎」
「次は股下だな」
「えっえ⋯⋯」
「スカートが邪魔だな。抜い、ん? どうした顔が赤いぞ」
「うっ⋯⋯」
「なぜ涙目だ」
「テオル、失礼ですよ」
誰でしょうこの殿方は⋯⋯
テオル様と色違いの黒い貴族服を着ていて、凛々しく長髪でとても落ち着いたお方。
「そうなのか?」
「申し遅れました。グランドール家では主人(あるじ)の軍師(ブレーン)を任されておりますフレディ・リュークと
申します」
「はぁ⋯⋯(こんなに一度に素敵な殿方を見たのはじめて。酔いそう」
「申し訳ございませんラーナ様。テオルのこれはテオルなりのもてなしでして⋯⋯」
「もてなし?」
「俺はこの屋敷で働くもの全員に服をつくってあげているんだ。見ただろメイドたちや執事の服。
あれも全部俺がデザインしていちから仕立てた」
「テオル様がですか⁉︎」
たしかに胸に大きなリボンがついていてあまり見かけないメイド服でした。
「俺を支える側近たちにはお揃いの制服を着せて統一感を出させている。側近はフレディのほかに3人。
全部色を分けているんだ」
「またのちほどご紹介いたします」
「はぁ⋯⋯」
「まぁこのもてなしのせいでテオルに対するよからぬ噂が生まれてしまっているのですが⋯⋯」
「俺はかまわないぞ」
「ワタシはかまいます。それにラーナ様のこのご様子。その噂を耳にしてこちらに参られたのですね」
「⁉︎ そ、それは⋯⋯その⋯⋯」
「なんだかすまなかった」
「い、いいえ。その⋯⋯つまりテオル様は私に服を⋯⋯」
「そうだ。せっかく嫁いでくれたラーナのためにドレスをつくりたいと思っている」
「ドレスを?」
「俺とラーナの結婚式で披露するドレスだ。そうだ!これも着てみないか?どれも俺がつくった服だ」
「も、もったいないです。こんな地味な私がそのような素敵な服を着るなんて⋯⋯」
「聞いたかフレディ⋯⋯ラーナが俺の服を素敵だと褒めてくれたぞ」
「それはよかったですね」
「ラーナ。これからフレディにグランドール領内を案内させる。
今日のところはこの服を着ていけばいい。サイズもさっき測って確認したからピッタリなはずだ」
「ひっ!」
「どうした顔がまた赤いぞ」
「だ、大丈夫です」
「ならよかった」
「⋯⋯」
「どうした? 着替えないのか?」
「あの⋯⋯殿方の前ではちょっと」
「はは、そうだった」
「⋯⋯ワタシは外に出ています」
「うう⋯⋯」
「なんだ俺もか?」
「う⋯⋯⋯」
「わかったよ」
***
殿方の視線がはずかしい⋯⋯
「よくお似合いですよ。ラーナ様」
「うむ。サイズもピッタリだ。さすが俺の採寸」
「ひっ」
「テオル」
「すまんすまん」
「それにしてもさわやかなレモン色。今日の天気にピッタリですね」
「だろ? ワンピースだからゆったり歩くのにもちょうどいい」
「あ、あのこんな見た目の私がこのような格好しても笑われないでしょうか。
こういった素敵な格好は妹みたいな華のある女性がするべきだと⋯⋯」
テオル様とフレディさんは目を見合わせてパチクりとしました。
「そんなことはないぞラーナ。俺の服だってちゃんと喜んでる。そうだったラーナに頼みがあるのを思い出した」
「頼み?」
「俺にダンスを教えてくれ」
「ダンス? 私がテオル様にですか?」
「ダンスは得意だと聞いたぞ」
「あ、はい⋯⋯でも⋯⋯その⋯⋯妹に比べたら劣りますが一応は⋯⋯」
「なら大丈夫だ。これは俺の夢なんだ。自分のつくった服を着て舞踏会でダンスを踊る」
「で、ですが⋯⋯テオル様のようなお方なら私よりお上手なのでは?」
「心配するな。こればかりはどうしても下手でな。さんざん父に罵倒された。
だからこの機会にどうしても覚えたい。ラーナ、俺のつくった衣装でファーストダンスを踊ろう」
「⋯⋯」
このお方はどうして自分ができないことをこうも堂々とおっしゃることができるのでしょう?
不思議です。これがうつけというものなのでしょうか⋯⋯
私ならお父様、お母様、ハンナからの傷つく言葉がこわくて言えない⋯⋯
「⁉︎」
テオル様が私の顎のあたりを指で触れてクイッと顔を引き寄せます。
「心配するなラーナ、君は魅力的だ」
「え、え⁉︎ 」
「俺がもっと自信を与えてやる」
「⁉︎⋯⋯」
つづく
応援ありがとうございます!
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