はかい荘のボロたち

コダーマ

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第2話 美少女!?ラッ教祖サマ誕生

背後にピタリと

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 そんなオレの思いが聞こえたかのように、妖精がクルリとこちらを向く。
 一瞬焦ったが、しかしオレを見たわけではないようだ。

「マズイぞ!」

 妖精がものすごい形相になってその場にしゃがみこんだ。

「ボンジュールちゃん、ダメだよ!」

 店の中から男が走り出てきたのだ。『クラブ・ワールド・Fカップ』の雇われ店長である。妖精の腕をとって、建物の中に連れて行こうとしている。
 妖精はすごい声で「イヤだよ。イヤだよ。休みたいヨ! 腹痛いナリ!」とわめいていた。

 ちょっと待てよ。オレはそこで気付く。
 ボンジュールって……この子の名前なのか? フランス出身ってことだろうか。
 適当にもほどがある命名だ。
 どうやらオレが行っていない間に入った『クラブ・ワールド・Fカップ』の新人ちゃんらしい。

「ワタシ……ワタシ実はクリスチャンで、日曜日はどうしても働けないノデス。キビシイ戒律によって!」
「何言ってんだよ。今日は水曜だろ。ダメだよ。急に休みたいなんて。店戻ってよ、ボンジュールちゃん」
「デモ、デモこの前の日曜日にうっかり働いてしまったノデ。代わりに水曜を休みにしろと神サマがお告げで……つまり、キビシイ戒律によって!」
「何だよ、うちは土日は休みだろ」

 家でソウジした。ツマリ働いたということ。
 ボンジュールちゃんはそう言った。
 最近の若いヤツはこういうこと堂々と言うから嫌なんだよ、と店長はボヤいている。

 とにかく店先で騒いじゃマズイからと、彼女を建物の中に連れて行こうとした店長の頭を、ボンジュールちゃんは突然、拳で殴った。
 ゴンと音した。

「イテッ!」

 チンピラあがりの、まだ若い店長は頭に血が昇ったようだ。
 ボンジュールちゃんの腕をガシッとつかむ。

「店に戻れってんだよ! 一瞬でも働く意欲みせろよ。このナマケモノ! 給料ドロボウ!」

 オレはビビってその場で身を縮めた。

「痛ぇな、コラ!」

 しかしボンジュールちゃん、怯まず店長をぶん殴る。
 倒れたそいつの前に仁王立ち。

「何しやがんだ、コラ! 火のついたタバコ、尻のアナにねじ込んでやんぞ、コラ!」

 聞いただけでオレは尻の穴がキュンと縮まるのを感じた。
 店長も倒れたまま内股になって「あぁん」とヘンな声をあげている。
 そんな店長を、ボンジュールちゃんはポカポカ叩いて、あげく外国語で悪態──らしき言葉を吐いて駆け出した。
 オレはポカンと口をあけて、見送るだけ。

「よせ、嫌がってるじゃないか」

 颯爽と現れて悪徳店長をのして、妖精のボンジュールちゃんを助けるオレ──なんて、どうだろう。
 夜の街を二人、手をつないで逃げていく──なんて、どうだろう。
 オレはそんな空想にニヤつきながら、コソコソと彼女の後を付いていった。

 現実とはそんなものだ。
 ボンジュールちゃんは、ごきげんな様子でスキップしながら商店街を駆け抜けていく。
 実際、後を付けているというつもりはない。はかい荘と方向も違うが気にするな。

 リストバンド中崎が、お前はストーカー気質があるからダメだと言っていたことを思い出す。
 いや、違う。彼女がどこに住んでいるのか、一応知っておきたいと思っただけだ。

 オレはストーカーでもマゾでもヘンタイでもビンボウでもない。
 中崎を始めとして、たまにそういうことを言うヤツがいるが、絶対そんなことはない。

「オイ、コラ!」

 突然、声をかけられオレは我に返った。
 うつむいて自分の考えに閉じこもっている間に、いつのまにかボンジュールちゃんは人気のない夜の公園へ入り込んでいたのだ。
 やば……完全に無意識で付けていた。

「オイ、コラ! キサマ! ワタシのアトをつけているナ。ゴウトウか!」
「え、いや、オレは……」

 オレは立ちすくんだ。
 ボンジュールちゃん、仁王立ちでオレに向かって拳を振り上げる。

「ゴウトウかってんだよ、コラ!」
「ひぇぇ……こ、こわいぃぃ」

 聞こえないよう呟いて、オレは慌てて首を振った。
 ボンジュールちゃんはボクサーのような構えで俊敏にこちらに近付くと、至近距離からオレの顔をにらみ付ける。

「ご、強盗じゃないっス。後つけてたわけでもないです。許してください。ボンジュールちゃん。尻を舐めますから」
「何故キサマ、ワタシの名を知ってる?」
「い、いや、あの……」

 オレが何か言うより先にボンジュールちゃんの足が翻った。
 アゴを蹴られ、オレはうめく。

「アアアンッ!」

 ヘンな声の悲鳴出た。

「き、気持ち悪いナ! まぁいいヨ。いくらもってる? サイフだせ。金を出セってんだよ、コラ!」
「え……?」

 強盗? え、逆に強盗?
 妖精とか一目ボレとか……そんなイメージがガラガラと音立てて崩れる中、ボンジュールちゃんはオレの上着から勝手に財布を抜き取った。
 分厚いようでいて、中にレシートしか入っていないと分かり「チッ」と地面に放り捨てる。そのまま凄い目つきで睨まれた。

 ヒィ……殺されそうだ。
 オレは突然怖くなった。
 こんな女、付けて来るんじゃなかった。

「い、家に帰ったら、あ、あるかもしれません」
「ホントウか?」

 連れてけ、と命じられてオレは夜の街をはかい荘へ歩いた。
 ボンジュールちゃんがピタリと背後に張り付いている。
 別に銃を突きつけられているわけでもないのに、すっかり命を握られている気になってしまっていた。

 十分ほど歩き、着いた先。
 今にも崩れそうなはかい荘の外観を見て、ボンジュールちゃんは憐れむような目でオレを見た。

「ヒサンな家だな、コラ!」

 ほっといてくれよ。
 いや、悲惨でも家があるだけマシです。オレには住む所もない。なんてことは何も言えず、リストバンド中崎の部屋へと進む。
 勝手にこんな女を連れて帰って……ヤツは怒るに違いない。
 廊下の床板が腐っている場所を無意識で避けてから振り返る。

「気を付けてください。床が……」

 バキッ!

「ギャッ!」

 けたたましい悲鳴をあげて、ボンジュールちゃんが、片足を木材の破れに突っ込んでその場に転がった。

「オ、オノレ~!」

 クワッと顔を上げてオレを睨みつける。

「ヒッ!」

 オレは中崎の部屋に走った。ドンドン扉を叩く。
 後ろを振り返ると、金髪を振り乱して、色の白い女が迫ってきた。

「助けてー!」

 とっさに叫んでから思い直す。
 オ、オレはヘビメタだ。ヘビーメタルの男だ。情けない言葉なんて吐けないだろ。

「た、助けろー!」

 ガチャガチャ音がして扉が開く。

「何だよ、うるっさいな」

 中からロウソクを手にした中崎が顔を出した。目をこすっている。

「もう寝てたのかよ。まだ十時すぎだぞ!」

 思わず突っ込んだものだから、中崎は憮然とした表情でこちらを見る。

「九時以降は電気使えないんだよ。お母さんが決めたきまりなんだよ。お前も守れよ」

 その目がスッと細くなった。オレの背後を凝視している。

「……何その女。ユウレイ?」

 首筋にハァハァと生暖かい息がかかり、オレは正直生きた心地がしなかった。

「ユ、ユウレイじゃなくて……」

 何と言ったものだろう。妖精? 強盗? 追いはぎ?

「ワタシ、ボンジュールちゃん! 別の世界から来た。サービスするヨ、コラ!」
「ふーん……」

 中崎はフッと息をかけてロウソクの炎を消す。
 ロウがもったいないと呟いた。

「まぁいい。ふたりとも、入れよ」

 ハーイと言ってボンジュールちゃんは暗くて汚い空間に入っていく。
 おい、そんなアッサリと……。
 オマエ、この女はな。止めにかかろうとした時だ。
 ──ラッ教祖にいいかもね。
 中崎が呟く声を、オレはしっかり聞いてしまったのだ。

 長くなったが、これがオレたち三人のなれそめってやつだ。
 オレは頭が悪ぃし文才もない。
 こいつらのことをもっと面白く書けたらいいんだが、出来事をそのまま作文みたいに書くことしかできねぇ。
 オレたちの──不本意ながら、オレたちの──ラッ教としての活動を、これから少しずつ紹介していくとしよう。

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